忍人ルートED及び那岐ルートのネタバレ有り
捏造ネタな上に死にネタなので注意
ついでに言い訳でしかないのですが4をやったのが半年前な上
本編貸し出し中なので用語とか間違ってたらすみません
いきなり景色が暗転した。
そして細く薄暗く長い洞窟のようなところにただひとり立っていた。
「何だ?」
忍人は言った。
「……どうなったんだ?」
忍人は言った。
問いかける言の葉はどこへ響くでも届くでもなく、ただ足元にころりと落ちる。
何もなかった。さっきまで自分がどこにいたのかも最早思い出せない。
不思議と記憶はなかった、不思議と不安もなかった。
ここはとても、立ち会ったことのないほどのおどろおどろしい雰囲気だというのに不思議と恐れはなかった。
……こんな場所へ立ち入った事はないけれど、どうも身近にこの気配を感じていたような気さえする。
全く知らないものではなかった。
それでも長い間の癖で、忍人は腕を交差させながら腰のあたりに手を伸ばす。
いつもそこに携えている対の刀。なのに、そこにはなにもなかった。
そうして初めて忍人は辺りを注意深く見まわした。
彼は細く薄暗く長い洞窟のようなところにただひとり立っていた。
どうしようもなく暗い空間。それに今更立ちすくむ。
「ここは?」
改めて忍人は言った、けれどやはり言葉は沈み、かわりに脳裏に遠き声が蘇る。
「破魂刀は命を削る」
年若い声は不釣り合いな程に淡々とただ事実を告げる。
知った音だった。それに重ねて驚いた。
「どうせ知りもしないで使っていたんだろ? あの刀は持ち主の魂を……大切なものを蝕んでいくっていうのに」
しゃらりと玉が揺れる音と共に影がゆらりと現れた。
暗き中にぼんやりと、静かに浮かぶ淡き金色の髪。こんなところでも白さを湛えていて随分と、けして彼の姫君とよく似た色だから、なんていうわけではなく、ただ美しい。
「でも、そのおかげで生き長らえて、そのおかげで中つ国は千尋の手に戻ったし、僕ともこうして顔を合わせることになった訳だけど、僕にとってそれがよかったのかどうなのか…そんなのは関係ないか」
面倒くさい、と、見知った少年は、気だるげに口にする。
なのにその声は暗闇に、忍人に随分とはっきり届いたのは幾度と耳にした言葉だったからだろうか。
「あんた自身以外に捧げるものなんてないだろ? 強いていうなら千尋なんだろうね、でも千尋は龍神と中つ国のものだから、闇の眷属にはもう手出しができない」
彼の姿はどことなく清浄で、それこそかの姫にとてもよく似ていたけれど、こちらを見あげる瞳や口調が二人を徹底的に別離する。
彼の言葉はそれ自体が既に呪文のようだった。
「だから、何も持たないなら、本当はこのまま朽ちてゆくのだろうけれど……持ち物を増やしてあげることはできるんだよね」
じゃらり、と再び勾玉が音をたてた。その音は妙に場に響く。それは鮮やかささえも含んでいて、違和感を生む。
「……どうしてここにいる?」
忍人は何が起こっているのか全く理解していなかった。それでもここが常人のいていい場所ではないくらいは分かった。
問えば、目前の少年は息を吐き、本当に……本当にあの姫とは似つかぬ、彼らしい感情の欠けた表情で忍人を見上げる。
「……本当、察しが悪いんだね。千尋も見る目がなさすぎるよ。簡単だろ? あんたが僕と出会って生きながらえるようにそう、僕にも千尋がいたから。そういうこと」
「いや、分からない」
彼の説明はずれていて、結局忍人にはわからない、けれど分からないなりに、彼がとんでもないことをしようとしているのは分かる。
見つめれば、彼は少しばかりその目を細めた。そして懐かしいものを見るような眼で忍人を見上げて、
「……さあね、それ以上なんてどうでもいいよ。とにかく、千尋が泣くのをやめないんだ、責任とってよ」
今度こそ勾玉を差し出した。
術を使うのかと思ったら首に掛けられた。
呪いの言葉も何もなかった。
ただ、ただそれだけで目前の少年の顔色が変わった。
見てわかるほどにはっきりと、青を通り越し白くなる、彼から一切の色彩が、瞳の緑とか、髪の細い金色とか、そういったものが消える。
後にはただ、掴まれたままの勾玉の緑。
息をの呑んだ。その感覚が、自分のことだというのに妙に生々しくて、ますます驚いた。
「……那岐、ここはどこだ?」
言葉を紡いだ。けれど紡ぎ切る前に景色が揺れた。
ぐるりと、それはまるで渦のように目の前の彼を真中に揺らめいて、溶けて、ざあっと横に落ちる。
まるで窓から風塵を眺めるよう。
音もなく、気配すらなくただ、静かにただ、すべてが白へ帰って行った。
それは遠き記憶を蘇らせる。
夜の森、大地を焼き払う炎に追われた追いつめられたそこでひたすらに走るしかなかった忍人が、それすらままならずに倒れた、その目前にあった一対の金に輝く刀。
そうそれは今消えた少年の鮮やかな髪色のように、
そして、かわるように目の前に現れた姫君の、麗らかな髪色のように。
「忍人さん」
声がした。
目をあけると、そこは色とりどりの見知った景色があった。
彼の取り戻した中つ国の、主のすむべき宮の中庭。視界の多くは空の白。どうやら倒れているらしかった。
眩い光、けれどそれよりも目前に金の髪の姫君……否、女王が、その装束を汚すことなど気にもとめぬ振る舞いで、横たわる彼の片隅に膝を折り、涙をこぼしていた。
「……千尋? 君はどうして」
確か式典の最中ではなかったか、なのに目の前に彼女がいる。
驚いたが、彼女が
「ううん、なんでもないの、なんでもないの、忍人さん」
と涙をたたえ満面の笑みで言うから、きっとそうなのだろうと、らしくなく納得した。
ゆっくりと立ち上がる。周りは彼を止めたがなんてことはなく、忍人はごく普通に立ち上がった。
そう何もなかったかのように、風は柔らかに流れて目の前の少女が微笑む。髪は光で鮮やかに五の色で飾られる。いつにもまして美しい。それはまさに、
『中つ国と龍神のものだから』
そう、そう言ったのは誰だったか、彼女に手を取られたまま、忍人はくるりとあたりを見回す。
欲しかった人影は見当たらない。
「千尋、那岐はどうした?」
問うと、彼女はとても不思議そうに首をかしげて、
「ナギ? ナギならそこに」
と言った。
その白く華奢な指の先はただ、ナギの木がただ静かに揺れていた。
(05/06/2009)