※小話入るので本当にお急ぎの方は一番下まですっ飛ばしてください



「うーん、折角ですが、あまり時間がないのでまた今度にします」

 そう、弁慶が断ると、突然、それでもゆっくりとあたりが白けはじめた。
 眩しさに目をつぶる程ではない、朝の光のような白色。
 その向こうに景色がうっすらと見えはじめ、さっきまでの景色がすっかりと戻っていた。
 なんだったのだろう、と思いながらも景時の家にあがり、庭の見える皆の好きな場所まで行くと、秋の青空と対照的にくっきりと赤や緑が鮮やかな庭を背に、みるからにがっかりとした顔の望美と有川兄弟、そしていつでも楽しそうな白龍が弁慶を迎えてくれた。
「折角のエイプリルフールだったのにー」
「だったのにー」
 目が合うなり、望美が言った。真似をして白龍までが言うが、昔ならともかく今の大きな白龍にそう言われても、弁慶はただにこりとするしかない。
「やっぱり、望美さんが関わっていたんですね。えいぷりるふーる、とは、いったい何の事です?」
「俺たちの世界では、嘘をついても許される日なんですよ。……それでいつもだと、俺がこの二人に騙されてるんですけど」
「嘘をつくのも結構大変なんだぜ?」
 嘘をついてもいい日。そんなものがあると九郎あたりが知ったら、不謹慎だとか騒ぎ立てそうだと思っいつつ、素直に思う。
「それは僕にとってはとてもいい日ですね」
「四六時中嘘をついてる奴だったら、逆に嘘禁止の日とかになったら面白いかもな」
 とはいえ、ヒノエや九郎ならともかく、面識の浅い将臣にそう言われてしまったら、ますます笑みを返すしかない。
「ひどい言われようだな」
「褒めてるんですよ、弁慶さん」
「よかったね、弁慶」
「……」
 真面目な譲が一人で沈黙していて、彼の毎年の苦労がうかがえるような気さえした。
「ところで、望美さんは一体僕にどんな嘘をついてくれる予定だったんですか?」
 改めて弁慶が望美に問うと、
「嘘って程じゃあないんですけど、ちょっと弁慶さんで遊ぼうと思ってました」
と、潔く望美は言った。本当に歯に絹着せぬ物言いに、譲はいよいよ複雑そうにしていたけれど、弁慶は彼女の潔さに目を細めてしまう。
「まっすぐに言いますね」
「すみません……でも、最初は、白龍に手伝ってもらって、ちょっと幸せな嘘でもついてみようかなって思ってたんですよ」
「そうそう、皆で俺たちの世界に着いちまったとか、源氏と平家が和平をしちゃった、とか、な」
「でも、多分白龍は神様だから、嘘ってものが分からなかったみたいで」
「そうなんです。私が『試しに八葉の体を入れ替えたりできない?』とか頼んでみたら、なんか難しい話が始まっちゃって、最初はちゃんと聞いてたんだけど……、」
「でも、『試しに体を入れ替える』というのはよく分からなかったけれど、神子の望みをかなえたい、と、願ったら、それができたよ」
 よく分からない、多分知らない方が幸せそうな一連の話の後、白龍は弁慶の腰のあたりを指差したので、弁慶が懐を探ってみると、そこには白くて鱗のような……まるで、目の前で無邪気に微笑む白龍の喉元にある逆鱗のようなものがあった。
 でも、はっきりとこれはまがいものだと分かる。白龍の加護と比べれば、段違いだ。
「……凄いですね」
「一日限定フリーパス、ミニ白龍の逆鱗です」
「神子が望めば私はなんだってできるよ」
 白龍は胸を張って、とても嬉しそうに答える。事情を全く分かってないのだろう白龍は無邪気だ。
 が、龍神を滅した自分もたいがいだが、龍神を使ってそんな意味不明な事をする彼らも本当に大したものだ。
「望美のただの思いつきでとんだ白龍の力の無駄遣いになったな」
「将臣くんだってかなりノリノリだったじゃない」
 とはいえ、白龍にそこまで力が戻った事は、弁慶にとっては喜ぶべき事だった。弁慶はきらきらと光る白いミニ白龍の逆鱗を見つめる。
「……見事なものですね。一日限定らしいことが残念ですが」
「流石に、白龍はまだそこまでの力を取り戻してないらしくって。早く怨霊を封印しようね、白龍」
「うん、神子」
「そうですね、頑張りましょうね、望美さん」
 すっと『ミニ逆鱗』を見つめていたからだろうか、微笑んだ弁慶に、今度は将臣が問いかける。
「…なんだよ弁慶、そんなにそれが気になるのか?」
「ええ、そうですね、これで何をすることができたのか、ということは気になりますね」
「それで、時空が超えられるんですよ」
「……時空が?」
 望美の言いだした話は唐突で、にわかに信じがたい。挙句、それほどのことを、
「はい、そうなんです! 弁慶さんの過去だって覗けちゃうんですよ!」
と、あっさりというから、ああ、嘘なのだろうな、と、思った。
 それは遊んでからのお楽しみ、と言いたいのかもしれない。
 それにしても、
「嘘をついていい風習なんて、面白いですね」
ミニ逆鱗をちゃっかりしまいながら、弁慶が微笑むと、白龍はなおも弾む声で言う。
「うん、神子の世界の事は面白い。それに今日はヒノエの生まれた日なんだよ」
「ヒノエくんの?」
「ヒノエの生まれは、確か春だったと思いますが」
 今は秋だ。現に目の前で景時の庭の紅葉が鮮やかに散っている。
 けれど白龍は首を振る。
「うん、そうなんだけど、別の時空で今は4月1日」
「ふーん」
 全く意味が分からなかったけれど、白龍が言うならばそうなのだろう。
「そうか、じゃあ今日はパーティーだな」
 ぱーてぃ、とは確か宴の事だったか?
「誕生日は祝うものなんですか?」
「そうですよ! おいしいもの一杯食べるんです。私、何か作ってあげようかな」
 優しい望美がそう、柔らかそうな唇に指をひとつあてて呟いた途端、凄い形相で譲は言う。
「だっだ、駄目です!先輩の手料理をヒノエに食べさせるなんて!」
「おいおい譲、それどっちの意味だよ?」
「勿論……ヒノエなんかに先輩の料理は勿体ないってことだよ」
 楽しそうに将臣は言い、譲は言葉を濁すが、弁慶には真意が分からない。が、推測はつく。
「それには僕も同感ですね」
「そうか?案外丁度いいと思うけどな」
「将臣くん、なんかひどいこと言おうとしてない?」
「事実だろ、事実」
 いつものことだが、仲睦まじい三人は、その後も弁慶が見守る中で、よく分からない言いあいを続けている。が、終始笑顔で楽しそうだ。
 ……エイプリルフールという風習が、実際にこの世界にあったら、きっと弁慶はろくな嘘をつかないだろう。けれど、きっと彼らは違うのだろう……そんな風に、ふと思ったら、気が変わった。
「望美さん、やっぱり僕、望美さんに遊ばれてみたくなったんですけど、まだ間に合いますか?」
 すると、彼女たちは似たように驚いて、揃って弁慶を見上げた。
「……どうしたんですか?」
「無理しなくてもいいんだぜ? あんたじゃなくても、なんだったら九郎で遊べばいいし」
「兄さんあのな……」
「別に、深い意味はないですよ。ただ、可愛い望美さんの願いを断ることが、間違いだったのかなって思って」
 譲だけは弁慶の浮ついた言葉に少し怪訝な顔をしたけれど、それも一瞬だった。
 弁慶の申し出に、彼らは三人顔を見合せた後、やはり似たように、満面の笑みを弁慶に返した。
「ヒノエくんの誕生日パーティまでには戻ってきてくださいね!」
「はい。わかりました」
 それには遠く及ばないかも知れないけれど、弁慶も微笑んでから、さっきの小さな逆鱗を握りしめた。




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改めて企画ページに時空跳躍