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ゼロ・フォーチューン
オマケ  

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春、うららかな。そんな感じの、三月だった。


「マルス、入るぞー」

こんこん。と、軽いノックの後で、ロイはドアを開けた。
相変わらず殺風景な部屋だが、普段から見慣れているので、別段なんとも思わない。
部屋をぐるっと見渡してみると、マルスはベッドに腰掛けていて。
ああいたいた、とかなんとか言いながら、そちらへ向かう。

「よ、マルス」
「……ロ、ロイ。……うん」
「何か、プリンに、マルスが呼んでるーって言われたんだけど。呼んだ?」
「……あ、ああ……。」
「そっか。で、何か用事?」

呼び出すなんて、珍しいよな。
軽い気持ちでそう言って、ロイは笑う。
マルスはといえば、ベッドに腰掛けたままの姿勢でかたまっていて。
真っ直ぐに背筋を伸ばして、ずっと下を向いている。
……真っ直ぐに、というか、緊張して、強張っている、という方が正しかったが。

「……マルス?」

自分の部屋で、何で緊張なんか。
さすがに疑問に思い、ロイは少し、身体をかがめる。
大人が、子供にやるような。
心配だったのだ。

「……っ!!」

そんな。
ロイの気持ちの隙をついて。

「……え……っ」

マルスは突然、顔を上げる。
伸ばした両腕で、ロイの頭を抱え込んだ。
ぐいっ、とそのまま、引かれて。
ああ、マルスの目は綺麗だなあ。と、思う暇も無かった。





「………………」
「……っ……。」





マルスに倒れこむように、くずれた身体。
持ち前の反射神経で、マルスの肩にしがみついて、もう片方の手はベッドについて。

何、だろう。
何が、起こってるんだ?
頭が少しだって、はたらかなかった。



ただ、やわらかいなあ、とか、あったかいなあ、とか。



「………………っ、」
「……え……っ……、」



唇が。
はなれていった、と、思ったのも、つかの間。



「……ええええええええぇぇぇっ!!!??」







   マルスが、ロイに、キスをした。と、いうことだ。







「……な、……ん、えっ…… ……っの、……マル、ス……?」
「……今日……って……、その、……二月に、バレンタインデー、って、あっただろ……」

瞬間的に、顔を真っ赤にする、ロイの、目の前。
マルスは、視線をそらして、ぽつぽつと言い訳を、口にする。
よく見なくても、マルスの頬は赤かったが、
それに気づく心の余裕は、無かった。

「……それ、で……今日って、ホワイトデー……だったかな……。
 ……バレンタインデーの、お礼をする日だって……きいて……」

ホワイトデー。
バレンタインデーの、お礼をする日。
ああそうだ確か、マリオさんとかが騒いでたなあ。
頭のどこかが、丁寧に解説してくれる。

「……ロイに……あ、の……。……もらった、だろ? ……チョコレート、それで……。
 ……でもっ、お礼とか、用意できなくて…… ……って、
 こんなこと、で……、……ごまかそうとか、そういうわけじゃないんだけど、そのっ……、」
「……あの、でも、俺、マルスに、ケーキもらった……けど……」
「……で、でもっ、僕ももらっただろ!? だからっ……、」

あくまでも、もらった、という事実が重要らしい。
マルスは口元を手で押さえて、更に言い募る。
   どうやら、死ぬほど恥ずかしいらしいが。

「……だから、僕……、……そ、そのっ……。……」
「…………、」

顔はまだ、真っ赤なままだが。ようやく、心の端が、おさまっていく。
バレンタインデーの、お礼。
それが、マルスからの、キス。

冷静に考えるのは、とても大変だったが、なんとか考えた。
その事実が持つ、価値とか意味とか、難しいことはわからなかったが、
残ったのは、ただ、



「……マルスッ……!!」
「えっ!? ……う、うわっ……!!」



どうにもならないほどの、
   嬉しさと、幸せだけだった。



どれほど説明すれば、この気持ちを伝えられるのかわからない。
だから、とりあえず、抱きしめておく。

「ロ、ロイ……っ、」
「……や、うん、……あーもう、すっげー嬉しい……、……どーしよ。
 ……俺たぶん今、世界でいっっっちばん幸せだ、……うん」

マルスを抱きしめたまま、込み上げてくる笑いも抑えない。
ちょっと苦しそうだったけれど、気にしてる余裕なんか無い。
どれだけ。
どれだけ伝えれば、伝えられるだろう。

「……ありがとなっ、マルス」
「……う、うん……。」

だから。
抱きしめて、髪を撫でて。額に、お礼のお礼、のキスをする。
マルスがくすぐったがったが、構わなかった。
どれだけ伝えても、きっと、伝えきれない。
春のあたたかい花みたいな、気持ち。



喧嘩なんかも、したけれど。
確実に、二人の距離が、縮まったこと。
やっと、わかった。





最大級の幸せそのままに、マルスを抱きしめて。
ロイはしばらく、マルスを、けっして放そうとしなかった。


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