〜第四幕〜 |
「……困ったな……」 ここは、森の中。 深い森、木の葉の間からやわらかな光の降り注ぐ中を、 一人の人が、右足を引きずりながら歩いていました。 青い髪に、藍い瞳をしていました。瞳の色と同じ、マントを羽織っていました。 中性的な顔立ちをしていましたが、声からして、おそらく男性でしょう。 男性にしては妙に身体の線が細く、肌の色素が薄いような気がしましたが。 とても綺麗な顔をしたこの人は、とある国の王子様でした。 「……こんな足じゃ……、一人で森を抜けるなんて、とても……」 どうやら馬に乗って狩りに出てきたらしいのですが、 途中馬が木のねっこにつまづいて、投げ出されてしまったようです。 右足首を挫いて、とりあえずこの王子様は、歩いてきたのでした。 まさかこんな森の中に人は住んでいないだろうと、それでも王子様は歩きます。 「…………、……ん……?」 その、『まさか』が起こったみたいです。 ―――誰か、見つけました。 ****** 今日も小人さん達は、白雪姫のところにやってきていました。 白雪姫はガラスの柩の中で、相変わらず穏やかに眠っています。 小人さん達は柩のまわりに集まると、悲しげな顔をしました。 「……やっぱり、……起きないんだね」 「……仕方ないよ、ナナ。……仕方ない」 「でも……、あのビン、ホント何だったんだろうね」 「うーん……。ボクじゃちょっとわからないー」 「……」 「……ピチュー、大丈夫?」 「……ぴちゅ……、」 うるうると、黒い瞳に涙をいっぱい溜めているピチュー。 ピチューはここへ来ると必ず泣いてしまうので、 お兄さんの立場として、ピカチュウはあまりここへ来たくありませんでした。 誰も何も言えません。 ただ、風がざわざわと、木々の間をすり抜けていきます。 「…………」 ……ふ、と。 「……誰……?」 「……え? ……誰、って? 誰かいるの?」 ピカチュウの耳が、何か、気配を捉えました。 「……うん。いる。……誰だろ……」 ピカチュウが向いた方向は、深い森の方角でした。 皆が一度に、同じ方角を見ました。 「……あ……、」 「…………」 そこに、いたのは―――綺麗な顔をした、青い髪の王子様でした。 王子様が見つけた『誰か』というのは、小人さん達のことだったのです。 「……人がいる、のか……。……こんな森の中に」 人じゃないのも混ざってますが。 「……王子さま……?」 「……え……、……?」 とことこと、ピカチュウが、続いてピチューが、王子様のもとへ歩きました。 王子様はちょっとびっくりしましたが、やがて自分も歩き出しました。 やがて、お互いの声がしっかりと聞こえる距離で、ぴた、と立ち止まりました。 王子様が見下ろした先では、ピカチュウが王子様を、じっと見上げていました。 ピカチュウの身体に隠れるようにして、ピチューも王子様を見上げます。 「……王子さま、王子様なの?」 「え? ……ああ、……多分、職業的には……」 言っている意味が一瞬わからなかた王子様。 でも自分は一応王子様なので、その通り答えました。 するとピカチュウの瞳が、うるうるっ、と悲しげに緩みます。 一体どうしたのでしょう。 「……王子さま、お願いがあるんだけど」 「お願い? ……何だ?」 「……白雪姫を、助けてほしい……」 「……? ……しらゆき、ひめ……?」 人の名前でしょうか。 「姫」というのだから、おそらくお姫さまなのでしょう。 疑問を抱いている王子様を、ピカチュウは誘(いざな)います。 ピカチュウの導くとおりに歩くと、そこには、 「…………、」 小人さん達と、それから、 赤い髪のお姫さまの入った、ガラスの柩がありました。 「……。……これは……死んでる、……のか?」 ただ純粋な疑問を、王子様は尋ねました。 小人たちは順に頷きました。 「……。……そうか……」 「……でもね、まだ生きてるみたいでしょう? 正直、死因がわからないの。私達にも」 「……確かに、死んでる……にしては、随分身体が綺麗すぎる気がするが……」 両腕を組んで、ガラスの柩を覗き込む王子様。 死んでる人間を助けるなんて、できないぞ? と、王子様は小人さんに尋ねました。 そうです、確かピカチュウは王子様に、 白雪姫を助けてほしい、と、そう言ったのです。 もし白雪姫が怪我をした―――とかなら、助けることもできるでしょう。 けれど、死んだ人間を助ける……つまり生き返らせるなんて、 王子様でなくても、人間である以上、絶対にできません。 ……くどいようですが白雪姫はただ深く深く眠っているだけなので、 助ける方法はあるとは思うのですが。 やや怪訝そうな顔で、王子様は小人さんの顔を見ました。 するとピカチュウは、神妙な面持ちで、言ったのです。 「うん。あのね、それが、助けられる方法があるんだよ」 「……え……、」 「死因がわからないって、ナナさん言ったけど、僕ちょっとだけわかるんだ。 白雪姫の傍に、こんなビンが落ちててね」 どこからかごそごそとビンを取り出すピカチュウ。 どこから出したのなんて気にしちゃいけません。 そのビンには、赤い滴が付着していました。あんまり飲みたくない色です。 「話の展開上、多分白雪姫は、コレを飲んだんだと思うんだよ」 「……展開上?」 「細かいことは気にしないの。うん、で、それでね? この赤いのみものについて、僕ちょっと調べてみたんだ。チナミに本で」 「……はあ……」 「そしたらね、この赤いの、りんごの果汁に魔王とカメの血を足して作ったものらしいんだよ」 りんごジュースというのは一応正しかったらしいです。 今更ですが。 りんごの果汁に魔王とカメの血を足した飲み物、を想像してしまったのか、 王子様が顔を青くして、嫌そうな顔をしました。 「本当は半透明になるハズなのに、完璧に不透明なのは…… たぶん、別の何かが混ざっちゃったんだろうな……」 「……。……それはもういいから……、……で、僕は何をすればいいんだ?」 「ああうん、そうそう。王子様はね、」 本当に白雪姫のことに関して悲しんでいるのでしょうか。 ピカチュウはにっこりと笑い、そしてきっぱりと言いました。 「白雪姫に、たった一回キスしてくれればいいんだ」 「……。……」 あまりにも無邪気に言い放った先、王子様が目を大きく見開いて、ピカチュウを見ました。 「……キ、ス?」 「うんそう。キス。ありがちでしょう?」 ありがちって言うな。 「……」 王子様が、ガラスの柩の中で眠っている、白雪姫をちらりと見ました。 ……そして、 「……断る」 低い声で、ぼそ、と呟きました。 すっごく意外そうに、ピカチュウは悲しそうに、可愛らしく首を傾げます。 「……えー? どうしてー?」 「死人にキスするような危ない趣味は持ち合わせていないんだ」 至極真っ当に聞こえることを、王子様は言いました。 ……それを聞いて、黙り込んでしまったのは、ピカチュウです。 「……。……王子さま……」 「……っ、……そ、……そんな目で見られても、嫌なものは嫌なんだ! 悪いが、誰か他の人間を当たってくれ。とにかく、僕は絶対に嫌だ!」 「……嫌、……とかじゃないでしょ。何ぜいたく言ってるの……」 何だかピカチュウの声が、異常に低いです。 「……贅沢……?」 「……何さ『嫌』って。王子様なんてお姫さまにキスすることだけが仕事なのにさ、 それを断ったら王子様なんて全然まっっったくいらない存在なのに、 何自分の出番の少なさをかえりみずに無責任に嫌なんて言えるんだろうねこの王子さまは…… ていうか王子様ってたった一回キスするだけで全てをハッピーエンドにできる、 とんでもない人だよねぇ。 どーせならお姫さまが死ぬ前に助けてみろっていうんだよ、まったくもう」 「……あの……、……何、ぶつぶつ言って……」 声色から不穏な気配を感じ取ったのでしょうか。 ちょっとびくびくしながら、王子様はピカチュウに話しかけました。 「……ていうかいい加減話もずるずる長引いてきちゃったし、 僕がこーやって愚痴言ってる間にだって容量はどんどん増えていくんだよ? 1バイト2バイトがどんなに重要だかわかってるの、王子さま……。 第一ここで貴方が嫌って言ったら、脚本が変わっちゃうでしょ!!」 「……脚本?」 「細かいこと気にしてると長生きできないよ!! ……ああああ、もうっ!! もう何も言わなくていいから、あなたはっ……」 ピカチュウが柩の留め具をはずし、白雪姫の身体を覆ってた屋根を取り外しました。 白雪姫の髪が風にさらされて、さらさら揺れました。 その小さな身体のどこにそんな力があるのか、ピカチュウはなんと、 王子様の背中に、思いっきり体当たりをしました。 華奢な王子様の身体は、簡単に、前に傾いていきます。 その先には、白雪姫の身体が眠っていて。 「えっ、……わ、ちょっ……!!」 「……キスでも頭突きでも体当たりでも、何でもしてくれればいいの――――――ッッ!!」 ピカチュウの怒涛の叫び声が辺り一帯に響きました。 小鳥たちが、ばさばさと飛び立って、 そして。 ごづっ。 ………………。 「……いっ……、……た……ッッ」 白雪姫の身体に覆い被さるような形になっていた体勢から、王子様は、 ふらふらとその身体を起こしました。 柩のすぐ近く、お花畑の中にぺたんとしゃがみ込んで、両手で額を押さえています。 泣きそうな顔で地面を見ている王子様。 ……どうやら、かなり強く額を打ち付けたらしいです。……白雪姫と。 「……ああ、本当に頭突きになっちゃった」 「〜〜〜っ、何が、頭突きになっちゃったって……!!」 へらり、と笑っているピカチュウをぎっと睨む王子様。大人気ないです。 「いきなり、何するんだっ!!」 「だって王子さま、キスするの嫌なんでしょう?」 「だからって、こんなことする必要があるのか!?」 「うん、おおあり」 「っ……」 キッパリと返され、答えに詰まってしまった模様です。 どうでもいいけど、白雪姫はどうなったんでしょうか。 「だから王子さまが何かしないと、脚本が変わっちゃうんだよ」 「だから、脚本って、何のっ……」 「………………いっ……、……ってぇ〜〜ッ……」 なにやら、懐かしい声が聞こえました。 ……その場にいた人と動物その他が一斉に、その声の方を向きました。 強烈な頭突きで眠気も覚めてしまったのか、 「……ってーなもう、誰だよ人に頭突きなんてしたヤツはッ…… ……そうだ! あのトリはっ……!!」 ―――白雪姫が、上半身を起こして、毒づいていました。 「……!」 「……あれ……? ……そういえば、俺、何でこんなとこに寝て……」 「「―――お姫さま〜〜〜〜っっっ!!!」」 「え? ……っ、おわぁっ!!」 真っ先に飛びついていったのは、ピチューにプリン、そしてカービィでした。 起こした上半身が倒れそうになるのを何とか腕で支え、 白雪姫は、3匹の顔をまじまじと見つめます。 今の今までずっと眠っていたのですから、白雪姫には、眠ってた間の記憶が無いのです。 なので、どうしてこんなに懐かれている(?)のか、さっぱりわからないわけで。 「な……、何だよ急に、脅かすなよー」 「うわああぁん、ひどいよロイ勝手に死んじゃうなんてーっ!!」 「……は? ……俺が死んだ?」 「お姫さま、どうして死んじゃったんでちゅかっ……ピチュー、心配、しっ……」 「……死んだ? おい、俺この通り生きてるだろ、何なんだよ!」 「生き返らなくて良かったのに……」 「何物騒なこと言ってんだ、そこ!!」 「お姫しゃまのばかばかばかばか〜〜っっ!! 何で死んじゃうんでしゅかー!!」 「だから、死んでねーだろ俺!! 生きてるってば、 ……おいっピカチュウ!! どうなってんだよコレ!!」 カービィをぶん投げてプリンを背中に押しやってピチューの頭を撫でながら、 白雪姫がピカチュウに食って掛かります。 ピカチュウは、うーん、と可愛らしく首を傾げると、やがてへらりと笑って言いました。 「死んじゃってたんだろうねえ」 「だからそうじゃねーっつってんだろーがッ!!」 なんだか堂々巡りです。 しかし、堂々巡りでは話が終わりません。 「……ったく……、」 自分の身の上に起きたことが全ては理解できず、 でもまあ死んでたと言われるし、 そういえば何だかあのトリに何かやられた時、妙に眠かった気もするしで、 白雪姫が出した結論は、 随分長い間、寝てたか死んでたかしてたんだろ、……ということでした。 そしてそれを、誰かが何とかして助けてくれたことも。 白雪姫は屋根なし柩からゆっくりと立ち上がると、きょろきょろと辺りを見回しました。 「……ん……?」 そして、―――お花畑の一人、うずくまっている王子様を、見つけてしまったのです。 背中を向けて額を両手で押さえているため、顔は見えませんでしたが。 「……」 「ああ、そうだ。お姫さま、あのね、あの王子様が、助けてくれたんだよ」 「僕は何もしてないっ! お前がっ……」 へらりと呑気に言うピカチュウに、王子様はぐるっとこっちを向いて反論しました。 当然、隠れていた顔が、はっきりと見えます。 「……っ……!」 指通りのよさそうなさらさらの青い髪の下に、細やかな白い肌が覗いています。 意志の強そうな藍の目は、長い睫毛で飾られていました。 剣を腰に携えたその体躯は細く、思わず守ってあげたくなるほどの美人さかわいさでした。 憎まれ口をたたくところも素適です。 ようするに白雪姫は、たった今この瞬間、王子様に恋をしてしまったのでした。 「……あんた、」 「……?」 ずんずんと、白雪姫は、お花畑の中を王子様に向かって一直線に歩きます。 お花畑の中に座り込んだままの王子様の前で、 白雪姫は跪(ひざまず)きました。両手で王子様の両手を、しっかりと握り締めます。 「あんた、名前は?」 「……え? ……マルス、……だけど」 「マルスか。……へぇ、いい名前だな」 「……それはどうも」 「じゃあマルス。俺を助けてくれて、ありがとう。 で、いきなりぶしつけで悪いんだけどさ」 不思議そうに、やや怪訝そうに白雪姫を見る王子様の目の前で、 白雪姫は、にっこりと笑いました。 「俺の、お嫁さんになってくれ!」 「……は?」 にこにこうきうきと言った白雪姫の顔を、王子様は今度こそ怪訝そうに、 思いっきり睨むように、見ました。 自分だって、王子様です。男です。 だのに、 お嫁さん……? 「……ちょっと待て、バカ」 「俺は本気だぞ!」 「……普通それは、僕がお前に言う台詞じゃないのか?」 「言ってくれるのか!?」 「誰が言うか」 「だろ?」 「……って、そうじゃない!!」 白雪姫の手を思いっきりふりはらって、王子様は怒鳴りました。 「どうして僕が、お前にそんなことを言われなきゃいけないんだ!」 「俺がマルスをお嫁さんにしたいから」 「第一僕は王子だからっ……、勝手にそういうことは決められないんだっ」 「だーいじょうぶ! 俺、一応姫らしーし! 俺とあんたが結婚すれば、俺の国とあんたの国が仲良くなって、オッケーだろ!」 「そういう問題じゃないっ!!」 「つーか、もう決めた。 絶対、マルスを俺のものにしてやる」 なんというわがままなお姫さまでしょう。 それともお姫さまたるもの、わがままでなければいけないのでしょうか。 嫌がる王子様をぎゅうっと抱きしめて、白雪姫は嬉しそうに言いました。 「仲良くやっていこーな、マルスv」 「〜〜〜〜〜ッ、ふざけるなっ、バカッ!! 第一、そんな口約束じゃ、どうにもっ……」 「…………口約束?」 今までさんざんうるさかった白雪姫が、ふ、と静かになりました。 正面からマルスを覗き込んで、きょとん、とした目で見つめます。 「……そっか。口約束なのか、これって」 「当然だ。……お前も(信じがたいが)一応姫なんだったら、知ってるだろ? 国同士の約束には、書状とか……物的証拠が必要なんだ。それが婚姻なら、なおさらだ」 「……そうか……、」 しゅん、と項垂れ、白雪姫は王子を抱きしめていた腕の力を、 段々弱くしていきました。 王子様はやれやれと溜息をつき、ようやく解放される―――と、 安堵の色を顔に浮かべました。 が、 「……じゃ、仕方ねーな」 「……え?」 白雪姫は、とても往生際が悪く、即断即決な人でした。 「証拠があればいーんだよな。証拠が」 「……あ、の……?」 「じゃー仕方ない。手っ取り早い証拠、作ろっか」 王子様の華奢な肩をそれぞれ押さえて、白雪姫は、 その身体をゆっくりと、お花畑の中に押し倒しました。 当然(?)自分は、その上に覆いかぶさって。 ああそうか。 そういうことですか…… 「っ……、な、何がっ」 「今この場でやっちゃえば、とりあえず既成事実は作れるよな。うん」 「は!?」 「駄目だぜーマルス。そんな無防備じゃー」 「……え……っ」 少し離れたところでは、 ポポとナナが慌ててカービィとプリンの目を手で覆い、 子リンクは何故かずるいー、などと言って、 ピカチュウはそれを、ピチューを後ろへ押しやりながら、咎めておりました。 もちろん全員、 さりげなーく、後退しながら。 「ちょっ、……ど、どこ行くんだっ!?」 「恋人同士の邪魔はするなって言われててねぇー」 「誰が恋人同士だって!?」 「俺とあんたがv」 「お前には訊いてない!!」 「あーもううるっせーなー、あんまり暴れると痛いコトするからな?」 「っ……」 王子様の顔を超至近距離で覗きこんで、 白雪姫は、にーっこりと笑います。 ええそれはもう、とてもとても嬉しそうで、楽しそうな顔でした。 「…………ッ…………!!」 王子様の顔から、さぁーっと血の気が引いていきます。 そして。 王子様の叫び声が、森全体に響き渡った、ような気がしました。 果たして白雪姫が無事に王子様をゲット☆ できたのか、 それは私の知るところではありませんが、 とにかくこのお話は、ここでおしまい。 めでたしめでたしv 終わっとけ。 |
第三幕 |