しらゆきひめ・りみっくす
〜第一幕〜


「……そりゃあ確かに可愛いとは思うわよ? 何か微妙に可愛いとは違う気もするけど。
 でも納得いかないわ、何であんな乱暴でガサツでお姫さまらしくないあの子が、
 あんなに好かれるのか……!!」

ここは、どこかの世界の、とあるお城の大きなお部屋。
可愛らしい女の人の声が、こんなとこまで聞こえてきます。

金髪青い目にピンクのドレス、可愛らしい女の人の前の壁には、大きな鏡。
どうやらこの人、鏡に向かって話しかけてるらしいです。おかしいです。

『……貴女はただ単に、最近、王が浮気してるらしいのが気に入らないだけなんじゃあ……』
「うるさいわねフォックス! いいのよ建前なんかどうでも!」

とか思ったら鏡が喋りました。フォックスとゆー名前らしいです。
そして『王』という単語が聞こえてきましたから、多分この人は女王様。
随分若い女王様です。

「……あーもう気に入らないわ! 何より暇だわ刺激が無いわ!
 誰か……、ああ、そこのキノピオ!!」

きょろきょろと辺りを見回し、一人のキノコ兵を引っ捕まえました。
そして、言います。

「……あの忌々しい白雪姫を、私の前に呼んできてちょうだい!! すぐよ!!」

怯えた顔したキノピノの心情なんかまったく無視して、
女王様は言いつけました。



   ****** ******



あるところに、赤い髪をしたお姫さまがおりました。
このお姫さまは活発すぎる気があり、肌も何も全然白くないのに、
何故か白雪姫と呼ばれていました。
この辺は突き詰めていけば大して深くない事情に辿り着くのですが、
まあ気にしないことにしておきましょう。

で、ある日のこと。
白雪姫は、義母である女王様に呼び出されてしまいました。
城のステンドグラス割ったことかなーとか、
中庭の花壇にうっかり立ち入っちゃったことかなーとか、
白雪姫には呼び出されるべき理由が山ほど思い浮かびましたので、
白雪姫はぶっちゃけ行きたくねぇなぁめんどくせーなぁとか思いました。
が、
あの女王様は怒らせるととんでもなく恐いので、仕方なく行くことにしました。
何よりここで断ると、
どういう命令のされ方だったのかひどく怯えた目をしたキノピオが可哀想だったのでした。
まあ白雪姫的には、前者の言い訳の方がかなり重要でしたが。


そんなわけで今ここには、

「……で、話って何ですか、女王様」
「可愛くないわね相変わらず。お母さま、とか呼べないわけ?」

ピーチという名の女王様と、ロイという名の白雪姫がいます。

「実の母親でない人間を母上、なんて呼ぶ気ありませんね。
 ……で? 用が無いなら俺は帰りますけど」
「失礼ね。用ならあるわよ、ちゃーんと」

何でこんなに会話がトゲトゲしているのでしょう。
女王様は白雪姫を睨むように見下ろしながら、やたらえらそうに胸を張りました。

「あなたはこれから、奥の森のお花畑に、お花を摘みに行くのよっっ!」

びしっ、と指をつきつけ、堂々と言い張る女王様。
どうでもいいけど人を指差すのはあんまり良くないです。
一方白雪姫は、

「……花……?」
「ええそうよ。花」

やはり怪しんでいるのでしょうか、信じられないような目で女王様を見ています。
が、次の瞬間、

「……ってことは、外出てもいいってことかっ!?」

ぱぁっと明るい笑顔になって、女王様に言いました。
女王様はにこにこ笑ったまま、そうよ外に出てもいーのよ、とか言ってます。
腰の辺りでこっそりガッツポーズをしているのですが、白雪姫は気づきません。
かなり嬉しそうに、白雪姫は女王様に詰め寄ります。

「本当なのか? 本っ当に外出てもいいんだな!?」
「そうよー、嬉しいでしょー」
「だっていつもいつも外に絶対出るなって言われるから!
 姫なんて不便で不自由な職業だよなー、……本当なんだな!?」
「そうよ。……あ、でも、お供は一人つけるからね」
「ああ! わかった、じゃあ支度してくるっ!!」
「ええ。いってらっしゃい、門の前にお供を置いておくから、彼のとこに行ってね」
「はーい!」

うきうきとその場から離れ、おそらく自分の部屋に向かったのであろう白雪姫。
女王様は白雪姫の背中に手を振って、そして、にやぁ、と笑います。

白雪姫からは死角となる場所で、『お供』がその話を、ずっと聞いていました。
……これから向かうべきところは門かと、大きく溜息をつきました。


   ******


「……っあー、外はやっぱり気持ちいーなーっ!!」

お姫さま用のマントを羽織り、腰には大きな剣を提げ、
白雪姫はお花畑の中で、大きく伸びをしました。
見上げた先には森の向こうまで広がる、青い青い空。
森の向こうには、どんな国があるのでしょうか。白雪姫には想像もつきません。

「……で、わざわざ悪いな、俺の為にこんな遠出までしてもらっちゃって」
「いや……。……これが、オレの仕事ですから……」

くるんと振り返り、お供に声をかけた白雪姫。
いかにも仕事用だと言ったような顔と声で、つまらなそーにお供が答えました。
お供の名前は、リンク、と言いました。
長い金髪を一つに縛った、中々に男前な顔立ちをした青年です。

「(……何でこんな時ばっかり、オレが借り出されるんだか……)」

白雪姫にばれないように、小さーく溜息をつくお供。
背中の剣が、小さく音をたてました。

今回、このお供に下された命令は、ふたつありました。
一つは、白雪姫の護衛、なのですが。
もう一つが問題でした。


 『白雪姫をその剣でばさっと倒して、気絶してるとこをカメラに収めてらっしゃい!』


「……何でオレが……」

ほとほと困り果てているらしく、今度は大きく溜息をつきました。
何と言うか実に苦労性の人のようです。
ちなみにこの世界にカメラなんてあるのかっつーことですが、
そこはそれこの世界の名前は『スマデラ』ですから。
4Pにコントローラーをつなげばバッチリです。

「……はあ……。」

三度目の溜息。
そんなお供の様子には目もくれず、白雪姫はお花畑のあちこちを走り回っています。

正直言ってお供は、白雪姫に剣を向けたりなんてしたくありませんでした。
自分は王家に剣を捧げた剣士であって、
そんな自分が、仮にも王家の一族である白雪姫に、まさか攻撃なんてできるはずがありません。
その辺は、普通の人にはよくわからないかもしれない、騎士の誇りというものがありました。
ですが、

「……」

あの女王様に逆らうのは、何となく恐いのです。恐ろしいのです。
命令を破ったら、どんな恐ろしい目に遭うことでしょう!
リンクはもちろん王家のことは大切でしたが、自分の都合も大切でした。

「……白雪姫、」
「ん? 何だ?」
「走り回るのも程ほどにして……、女王様とのお約束を果たされてはどうですか?
 花を摘んで来い、とのことではありませんでしたか?」
「えー……? ……ああ、そーだっけ。……めんどくせー……」

でもまあ折角外に出してくれたんだし、そのくらいしてやるか、と、
白雪姫はお花畑にしゃがみこみました。
お花を摘むという行為がここまで似合わないお姫さまが果たしているのでしょうか、
……なんて思わず思ってしまうくらい、お花とお姫さまが似合ってません。

ですがそんなこと、お供には関係ありませんでした。
とりあえず、しゃがんで自分に背中を向けてくれればオッケーだったわけです。

「……」

背中の剣をすらっと抜いて、もう一度、深く深く溜息をつきました。
胸の前で右手を軽く握り、どっかの誰かさんにお祈りを捧げました。
ふ、と目を開け、白雪姫を見据えます。
白雪姫は既に飽きてしまったのか、お花の葉っぱで草笛作りなんてしてました。

ゆっくり、ゆーっくりと、お供は剣を片手に近づいていきます。
なるべく足音をたてないように、ゆっくり、ゆっくり。
幸いにも今日は風が吹いていて、しかも周りには木がいっぱいあったので、
お供の小さな足音は、風がたてる木々の葉の擦れる音に消されていきました。

「……」

白雪姫の真後ろで、ぴたっ、と立ち止まって。
すぅっと息を吸い込んで、口元を硬く結びます。

「……白雪姫……、」
「あ? 何か、用っ……   

白雪姫が振り向くより先に、お供は剣を振り上げました。
風を切る勢いで、思いっきり振り下ろします。

     はああぁッッ!!」
「っっ!!? なっ……!!」



――――――がっきいいいぃぃィィんッッ!!!


……。

「……」
「……ったく……、」

一瞬だけ静まり返った森の中、ばさばさばさと鳥達がどこかへ逃げていきました。
するどい金属音の響いた先、お供は顔をしかめて、悪態をつきます。

「……お前が剣を持っててよかったよ。
 そうじゃなきゃ、書き手が楽をするだけだもんな……」

何の話ですか。

「余計なことは気にしなくていいんだよ、……おい、大丈夫か?」
「……なっ……、な、……」

背中の鞘に剣をしまい、お供は白雪姫に話しかけました。
今だ呆然と、お供を見つめる白雪姫。
   なんとこのお姫さまは、あの一瞬の合間に、自分も剣を抜いて、
不意打ちで降りかかってきた剣を受け止めたのです。何ということでしょう。

「……っにすんだよ、危ねーだろ!!」

危ないとかいう問題じゃないと思うんですけど。

「仕方ねーだろ命令だったんだから。……でも別に剣なんて使わなくても、
 できるよな、あんなことくらいは」
「命令……!? ……て、女王のか?」
「ああそーだよ。女王様とお前のせいで、わざわざオレが借り出されたんだ」

思い切り嫌味を込めて、お供は座り込んだままの白雪姫を見下ろしました。
その喉元に、鞘ごと剣をびしっ、と突きつけて言います。

「あのな、女王様がオレに出した命令っていうのは、
 お前を倒してこの森に置き去りにするってことだったんだよ」
「……ああ、うん」
「でも仮にも王族に剣向けるなんてできないから。
 ……剣にかける、ってことはしない。……だからもう、城には戻るな。いいな」
「……別にいいけどよーそれくらい……」
「この森の奥に、オレの親友がちょっとした大所帯で暮らしてる。
 そこに辿り着けば、生きていくのに苦労はしないと思う」
「……森の奥……?」
「いいな? ……わかったら、オレはもう帰るからな。
 妹姫様の護衛もあるし」
「……ハイ。わかりました」

何だかよくわからないお供の妙な気迫に負け、素直に頷く白雪姫。
お供はもう何回目かわからない大きな溜息をつくと、
鞘ごと剣を背中に取り付けました。
じゃあな、と白雪姫に別れを告げ、くるっと踵を返しました。

が。

「……あ、忘れてた……」

もう一度白雪姫の方に向き直るお供。

「? ……『忘れてた』?」
「ああ。命令」
「え? ……だって命令って、俺がこの森の奥に行けばいいんじゃ、」

不思議そうにお供を見つめ、ただ純粋に疑問をぶつけようとした、白雪姫。
しかし、

すっ、


……という鈍い音とともに、疑問をぶつけようとした声は、消えてしまいました。

「とりあえず、気絶させてカメラに収めなきゃいけねーんだよな。証拠に」

お花畑に、うつぶせで倒れている白雪姫。
労わる気持ちは無いらしい、がさがさと袋を漁り始めるお供。
さっきの音はどうやらお供が、白雪姫の頭を思いッきり強く蹴った音らしいです。
剣じゃなければいいんですか貴方。

「え……っと。……カメラ、は……と」

4Pにコントローラーをつないでください。

かしゃ。

「……ん、これでよし。じゃあ、オレは行くな」

じゃあな、と再び声をかけて、今度こそ白雪姫に背中を向けるお供。
白雪姫は頭に大きなこぶを作ったまま、その場でうつぶせに倒れたままでした。

せめて介抱してから行けやと思うかもしれませんが、
とりあえず第一幕はここで終わり。

続きます。



第二幕

SmaBro's text INDEX