僕らのラブソング
I will wish your eternal happiness.



屋敷のメンバー全員で催されたクリスマス・パーティーも、夜九時を切りに、
ようやく一段落した。
子供達はサンタクロースを待つ為に寝床につき、
そして大人達は、二次会だ、宴会だ、と、実に様々な種類のお酒を持ち寄ってくる。
ルイージとゼルダが、ラム酒入りのケーキを作り上げたのと同じくらいに、
乾杯っ! ……と、マリオの声が響いた。
ガラス製のグラス同士がぶつかりあう音と、シャンパンがはじける音とが、
ブドウの香りと共に、リビング中に広がる。

その様子をマルスは、少し離れたソファに腰掛けて、ぼーっと見ていた。
こんな時間に寝れるような歳ではなく、
かと言ってあの喧騒に入り込む気にもなれず、仕方ないのでこうして、
子供用に、と作られたケーキの残りを少しづつ口に運びながら、事の次第を見守っている。

ケーキの上のいちごを口に放り込み、飲み込んだ後で、小さく溜息をついた。
これからどうしよう、と、そんな感じである。
と、

「マルスは、飲まないのか?」
「……ああ」

後ろから声と共に、こつん、と頭をこづかれた。
ブドウ色のお酒の注がれたグラスを持ったリンクが、いつもと変わらない様子で立っていた。

「お酒は、あまり得意じゃなくて」
「へえ……? ……そうなんだ」

たいしたザルであるリンクが、意外そうな顔をした。
その顔を苦笑気味に見て、そんなに意外か、と尋ねる。

「あー……うん、まあ……な、だってお前、『王子』だろ?」

マルスのティアラを見ながら、リンクはぽつぽつと言った。
そんなリンクの言葉を聞いて、マルスはああ、と、理解したかのように呟いた。
再び苦笑い、マルスは静かに言う。

「……まあ確かに、他国との交流なんかの時には、飲めた方がいいんだけどな」
「どうしてたんだ?」
「そんなに強くないのを、選んでもらってたんだ」
「へえ……、」

自分の手のグラスを傾け、そんなに悪い味はしないけどな、と、リンクは呟く。
そのすぐ後リンクは、ふと思いついたように、その場から離れ、
大人達が酒盛をしているテーブルへと近づいた。
マルスはその様子を、視線で追う。

やがて戻ってきたリンクの手の中には、グラスがもう一つ。

「はい」
「え……、」

そのグラスを、ずい、と渡される。
思わず受け取ったグラスには、半透明の薄いオレンジのお酒が注がれていた。
驚いた顔で、グラスとリンクの顔を交互に見ていると、リンクが、にこりと微笑んだ。

「それ、あんまり強くないから」
「……。いや、リンク……。僕はお酒、そんなに好きってわけじゃ」
「知ってるよ」

くす、と軽く笑う様が、何だかいつもの彼らしくない気がする。
もしかして酔っているんじゃないだろうか、なんて、思ったり。

「でもほら、少しくらい飲んでおかないと、
 ……サムスさんに酷い目に遭わされるから」
「……。……ああ……」

ふっと遠くを見たリンク。……何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
突っ込むのはやめておいた。

グラスを覗き込んで、宝石みたいな色だな、と思う。

「……じゃあ、ありがたく頂いておく」
「ん。クリスマスだからな、一杯くらい飲んでも、いいだろ」
「……そうだな、……ありがとう、リン……、」
「……おーいっ、マルスーッ!」
「!」

二人で穏やかに話してる中、ドア付近から、マルスを呼ぶ声が聞こえた。
子供達を寝かしつけていたロイが、帰ってきたのだ。

「……じゃ、オレは別のとこに行くな」

ロイがこちらへ来るのを見、リンクはマルスに微笑んで言う。
ここにいたら駄目なのか? というマルスの問いに、
折角のクリスマスに、恋人達の邪魔なんて野暮な真似する気無いよ、と答えると、
マルスが真っ赤になるのが面白くて、つい声に出して笑ってしまった。

「メリークリスマス」

去り際に、マルスのグラスに、自分のグラスの端を軽くぶつけて。
マルスが驚くのに笑って答えて、軽く手を振って離れていく。
その後ロイが、マルスに何か話しているのが見え、
ちょっと残念だったが、……今更仕方の無いことだ、と、軽く苦笑した。

「……頑張ったねぇ……めずらしー」
「まーな」

扉付近で待っていたピカチュウが、そんな言葉を投げかけてきたのに、
少しだけ、安堵感を覚えた。







「……リンクと、何、話してたんだ?」
「お酒を貰ったんだ。……僕でも飲めるらしいから」
「ふーん? 何か、やたらご機嫌だったよなぁ」
「そうだな。……クリスマス、だからじゃないか?」

ピカチュウを頭の上に乗せてやっているリンクを見ながら、
ロイとマルスが、こんなことを話す。
マルスはリンクに貰ったお酒を、少しだけ口につけた。
……香りは甘い。味もそんなに悪くない。甘いし。
が、少し苦い。

「……」

マルスがちょっと嫌そうに顔をしかめる。

「……嫌なら飲まなけりゃいいのに」
「……でも、貰ったものだし……、……いいよ、そんなに飲みにくいわけじゃない」

宝石のような色のお酒を、ゆっくりと飲むマルスの様子を、
ロイはソファーの背もたれに身体を預け、じぃっと見つめる。

「……」

それが気に食わなかったらしい、

「……だから、人をじろじろ見るんじゃない……」

中身が半分くらいになったグラスを傾け、
マルスはロイを、困ったように見た。

「……前も言っただろ」
「いいじゃんいいじゃん、マルス綺麗だしかわいーし」
「……だから、」
「マルスだから楽しいんだぞ?」
「……」

まったく悪びれる様子も無く、
ロイはにこにこと嬉しそうにマルスを眺めている。
反論も先回りして畳まれ、
言っても無駄だ   とマルスは溜息をついた。
グラスを傾け、中のお酒が、きらきら光るのをずっと見ている。

やがてマルスが、そんなのを見ているのにも飽きてきたころ、
ロイが、ふと言った。

「なぁ、マルス。今から、ヒマ?」
「……は?」

暇も何も。
まさかこんな夜に、入浴を済ませて寝ること以外、やることもないだろうに。
何のつもりなんだろう、と疑問に思いながらも、
マルスは返事をする。

「……ああ」
「そっか! あのさ、マルス」

ぱぁっと嬉しそうに顔をほころばせ、
ロイはマルスの耳に、そっと囁いた。

「今から、ちょっと出かけねえ?」
「……、……え?」

一瞬固まった後、驚きで目を大きく見開いて、ロイを見る。
行動は予測済みだったらしい、ロイはにっこりと笑顔のままで、
もう一度、言う。

「だから、出かけようって。クリスマスデート」
「……で……、……っ、何がデートだこのバカ!!」

両手で持っていたグラスを左手に持ち替え、
マルスはロイの顔に、思いっきりクッションを投げつける。
半ば条件反射化しているその動きは、実に素早い。

「だっ!!」
「まったく……、」

クッションを顔でしっかり受け止めたのを見て、
マルスはグラスを再び両手に持ち替える。

「……ひでー」
「お前が悪い」
「……クリスマスなのにー」
「だからどうした。元々、僕の“世界”には無い祭りだ」
「……ムードもへったくれもねーな」
「ムードがいるのか?」
「……」

相変わらずの冷ややかな口調に、ロイはちょっとだけ肩を落とした。
わかってはいたが、イベントごとというのが何かと通用しない人だ。

……まあ、そんなところも好きだし。

そう、頭の中で冷静に、言い聞かせて。

「……で、マルス」
「何だ?」
「……出かけよーって」
「……ああ」

今思い出した   とでもいうように、マルスは呟く。

そして、グラスの残りを、ぐい、と飲み干した。

「あ」

マルスがお酒に弱いのを、ロイは知っている。
いくら弱いお酒だといっても、一気に飲むと、まずいんじゃないだろうか。

「……マルスー? 大丈夫か?」
「ああ」

恐る恐る訊ねるロイに、マルスは返事をした。
そして立ち上がり、ロイを見下ろし、ふ、と微笑む。

「……じゃあ、行こうか」
「……え」
「お前が言ったんだろ」
「……あ、……ああ、うん」

言うなりすたすた歩き出してしまうマルスの後を、
ロイは戸惑いつつも慌てて追った。
どこに行くんだよ、と尋ねると、

「コートを取ってくるんだよ。……僕は、凍死したくはないから」
「……そぉですね……。」

いつもの無表情で、こう返された。


   ******


「出かけるの?」
「ピカチュウ」

コートを着て、ロイは更にマフラーを巻いて、
さあ行こう、と玄関まで来た瞬間に、
ロイは「忘れ物」と言って、部屋に走って戻っていった。
手袋でも忘れたのだろうと、玄関でボーッとしていたところを、
ピカチュウに見つかる。

にこ、と微笑んで、マルスはピカチュウに言う。

「ああ。……ロイが、出かけようって」
「ロイさんが? ……なぁんだ、『でーと』か」
「違うっ!!」
「違うの?」

思いっきり反発したマルスに、ピカチュウはきょとん、とした表情を返した。
可愛らしい、としか言えないその顔を見て、思わず脱力しそうになる。
そんなマルスの心の内を知ってか知らずか、ピカチュウは淡々と続ける。
いつもの口調、いつもの調子で。

「まあ、クリスマスだもんねぇ。どこに行くのか知らないけれど……。
 ……今なら中央区の公園に、おっきなツリーがあったかな」
「ツリー? ……へぇ……」
「マルスさん、いつも行くのは東区の公園だもんねぇ。
 綺麗だよ、きらきらしてて」
「そっか。……じゃあ、そこかもな」
「そうかもねぇ」

のんびりゆったりとしたピカチュウの話し方は、嫌いじゃない。
ついついこちらまでゆったりとしてしまいそうだ。
マルスはピカチュウを微笑ましい気持ちで見ながら、
ふと、靴箱の上に飾ってある、電飾付きの小さなツリーを見る。

その飾りの中には、真ん中に小さなガラス玉の埋め込まれた、
十字架が、あった。

「……クリスマスって、……聖誕祭、なんだっけ。ピカチュウ」
「うん? ……ああ、そうらしいねえ。
 どこかの神様の、お誕生日パーティーなんだって。よく知らないけど」
「……誕生日のお祝いなのに、
 ……十字架を飾るんだな。……罪の象徴か」
「……マルスさん」

ふ、と自嘲気味に微笑む横顔を、ピカチュウは見上げる。
……このお祭りは別に、ツリーを飾る日でもなければ、ケーキを食べる日でもなかった。

「……なんて、……こんな日に、言うことじゃないな」
「……まーね」
「ごめんな。……そうだピカチュウ、これ」
「なぁに?」

マルスはコートのポケットを漁ると、何かを取り出し、しゃがんだ。
そして、ピカチュウの手に、その何かを渡す。

「……なぁに? これ」
「リンクにプレゼント。お酒のお礼だ、って言っておいてくれないか?」
「……別にいいけど、どうして僕なの?」
「これから出かけなくちゃいけないから」
「……ああ、そっか」

ピカチュウの手の中にあるのは、
藍色の生地に、銀色の糸で刺繍のしてある、リボンだった。

「綺麗だねぇ……」
「今日のパーティの、貰ったプレゼントの包装に使われてたんだよ。
 ……僕は使わないけど、リンクはこういうの、使うかなって」
「……そうだねぇ。髪、長いし。
 じゃあ、わかった。渡しておくね」
「ああ。ありがとう」
「うん。……あ」

ぴくん、とピカチュウの耳が揺れる。

「マルス! お待たせー」
「ロイ」

ロイの足音を、聞き取ったのだった。

「ごめんな! じゃあ、日付変わる前に行こ」
「うん、……あれ?」
「? どうしたんだよ」
「……手袋は?」
「は?」

戻ってきたロイの手には、手袋ははめられていなかった。
ロイがめいっぱい疑問を含んだ顔で、マルスを見る。
マルスは慌てて首を振った。

「ごめん、なんでもない」
「ならいーんだけど。……じゃ、さー出発だ!」
「いってらっしゃい。……あ、ねえマルスさん」
「?」

玄関から出て行こうとする二人を、
呼び止める。

へらり、と、呑気に微笑んだ。

「変質者とロイさんに気をつけてね」
「どーいう意味だッッ!!」

意味がいまいちわかっていないらしい、きょとんとしているマルスと、
一歩前に出て思いっきりピカチュウを怒鳴りつけるロイ。
あはは、と笑うとピカチュウは、玄関を出、門を出て行く二人を、
視線で見送った。



やがて二人が見えなくなったころ、
ぽつり、と呟く。

「……はっぴーくりすますー、……なんて」

扉を閉めようとして、ふと、空を見上げた。

「……あ」

ふわりと鼻先に、ひとつぶ、落ちてくる。

「……雪だぁ」


やがて扉は、静かに閉められた。
騒がしいイルミネーションの街が、やがて静かになっていく。


後半へ


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