BGM?

僕らのラブソング
I promise you eternal love.



Silent night, holy night.
All is calm, All is bright.

I pray and promise his happiness.
Therefore, please do not wound him.

I love him more than anything in the world.


You will...




出かけてすぐ降りだした雪は、思いのほか強くて、
すぐに地面や、木々を、薄っすらと白く染めた。
マルスが転んで怪我なんてしないようにと、ロイはマルスの腕を引っ掴んでいる。
マルスもそれについては、大して言うこともないらしく、
ロイの腕を振り解こうとか、そういうことはしなかった。

途中立ち寄った商店街は、見事にクリスマス一色だった。
ショーウインドウにはトナカイとそりの絵柄が白く抜かれているし、
街灯同士は金銀のモールで繋がれ、
街路樹は、すっかりクリスマスツリーと化している。

明日、クリスマスが終わってしまえば、きっと商店街はまた違った色に染まるのだろう。
鮮やかで、使い捨てのクリスマスを、マルスはぼーっと眺めた。
途端、ロイに腕を、ぐい、と引っ張られる。

「何余計なこと考えてんだよ」
「……余計って、」
「クリスマスは、ケーキ食ってプレゼント貰っていちゃいちゃする日なんだよ!
 それでいーのっ」
「……」
「何だよ、その目は」
「……別に……。」

お前は気楽だな   と、マルスは声には出さず、小さく溜息をつく。
溜息は白く残り、それでようやく、身を刺すような寒さを思い出した。
コートの袖から出た白い手の指先が、赤みを増している。
右腕はロイに掴まれている為、自由な左手だけを口の前まで持っていって、
そっと息を吹きかけた。

「……ごめん、寒いよな」
「え?」

それに気づいたロイが、マルスを見上げて、心配そうに言った。
暑いより平気だから、と、マルスは微苦笑して答えた。

「本当?」
「嘘なんかついてどうするんだ」
「……ならいーんだけど、……あ」

マルスを引っ張るように歩いていたロイが、急に立ち止まる。
それに合わせて止まったマルスに、ロイは、いーこと思いついた、と笑う。
不思議そうな顔をするマルスの、掴んでいた右腕をぱっと放した。
そして今度は、
ロイの左手とマルスの右手を、何の気兼ねも無しに絡み合わせる。

「っ!!」
「……うわ、マルス手冷たー」
「ロッ……、な、ちょ、ロイッ!!」
「ああでもあれだよな、マルス」
「ロイってばっ……」

人がこんなにいるのに、と抗議するマルスをまったく無視するロイ。
子供のように笑って、言う。

「手が冷たい人って、心があったかいって言うしな」
「……」

いきなり、事も無げにこういうことを言うから、

……すぐ、頼ってしまうのだろうと、認めざるを得ない。

「……このバカ」
「は?」
「……お前はバカだって言ったんだ」
「えー!? 何でだよ、別にそんなこと言われるよーなこと、
 ひとっつも言ってないぞ、まだ!!」

手をつないだまま一生懸命話すロイを見て、ふ、と微笑む。

それが珍しかったらしい、ロイは喋るのを止め、
マルスをじっと見つめた。

「……マルス?」
「ん? どうした?」
「……いや……。……機嫌いいな」
「そうか?」
「クリスマスだからかなー。……あ、そうだ行かなきゃ」

日付が変わる、と言って、ロイはつないだ手を引っ張る。
引きずられないように、ロイの歩幅に合わせて歩き出すマルス。

「……そういえば、ロイ」
「んー?」

つないだ手があたたかくて、忘れかけていたけれど、

「……結局、どこに行くんだ?」
「ああ。……検討ついてるとは思うけど、中央区の公園」

大きなクリスマスツリーと、綺麗な街並みが見れるよ、と。
ロイはそう言った。

「……昼に来ちゃ、いけなかったのか?」
「夜の方が綺麗だから」

くるっと振り向いて、にっこりと笑う。

そしてまた、あたたかい手に、引かれて。


   ******


目当ての公園は、マルスがよく行く公園とは違い、
地面も何もかもしっかりと舗装された、近代的な公園だった。
噴水と水場が中央にあり、その周りには、計画的にオブジェと木が植えてある。
木は今はやはり、立派なクリスマスツリーになっていた。
金に光る電球がコードに結わえられ、規則的に点滅していた。

徐々に積もり始めた雪と相成って、人工的に作られた公園は、
金と白銀の、幻想的な雰囲気に包まれていた。

「……なるほど、な……」

ロイに手を引かれ、そんな公園の中を歩くマルスは、
辺りを見回して溜息をついた。
雪が淡く照らす闇夜の中、ひときわ明るく輝く電飾の木は、
綺麗、としか言い様もない。

「な? 外出てみて、良かっただろ」

手を引くロイが、歩きながら振り向いた。

「あんた冬は、滅多に外出ないからさ。知らないかなと思ったんだ」
「……ああ……、」

寒いのが嫌とか言ってると、こーいうのが見れなくなるんだ、と、
ロイはどこか楽しそうに言う。
積もった雪をさくさくと踏み歩きながら、マルスは思わず苦笑を漏らした。
また、小さく溜息をついて、ふと空を見上げる。

金のイルミネーションと、雪あかりの中。

「……綺麗だな」

ふわりと微笑んで、小さく呟いた。

「……喜んでくれた?」
「……ああ」
「そっか。良かった」

それを見てロイも、にっこりと笑う。

「……そうだ、マルス。あのさ」
「?」

ずっと歩いていたロイがいきなり、一本の木の隣で立ち止まった。
手をつないでいるマルスももちろん、立ち止まる。
ロイは、ちょっとごめんな、と、つないでいた手をぱっと放した。
今までずっとつないでいたぶん、外気にあてられた手のひらが、ひどく冷たい。

ロイはコートのポケットに手を突っ込み、さぐると、
何か、小さな箱を取り出した。

イルミネーションに照らされる、淡い青色の包装紙に、夜の色のリボン。

右手でマルスの左手を取ると、その手のひらに、
小さな箱を、そっと置いた。
マルスの手が、少し重たくなって、
ロイは、それらしくなく、優しく笑う。

「あの場じゃ、渡しづらくてさ。
 俺から、クリスマスプレゼント」
「……え?」

優しく笑むロイと、手の中の小さな箱を交互に見、
マルスは目を、大きく見開いた。

「……どうして、」
「今日のパーティー、俺、あんたにあげられなかっただろ?
 くじ引きではずれたから」

二十数人分のプレゼントを一人で用意するのは、かなり厳しい。
よってあの屋敷では、一人が三人分、プレゼントを用意する決まりだった。
その三人は、パーティーの十日前に、くじ引きによって決められる。
不平が何も無いように。

そしてロイはマルスに、ついでに言えばマルスもロイに、
プレゼントをあげる役は、まわってこなかった。

開けてよ、と目で言われ、マルスは少しためらいながら、リボンの端を引く。
ほどいたリボンを手のひらにのせたまま、包装紙を丁寧にはがす。
出てきた白い箱を、ゆっくりと開けた。

「……」
「……言ってたろ。それ、好きだって」
「……オルゴール……、」

それは、グランドピアノの形をした、小さなオルゴールだった。
白銀色のフレームに、ガラスがはめこまれている。
中のしかけが、透けて見えた。

ロイが、オルゴールに、手を伸ばした。
片手で器用に、小さなネジを巻いた。

「……この、曲」
「商店街でかかってるやつだろ? ……俺は、気に留めもしなかったのにな。
 マルスには、そーいう繊細さがあるんだな」
「……」

鈴にも似た小さな音が、ゆっくり、ゆっくりとメロディをつくっていく。
雪で静まり返った夜に、その小さな音は、どこまでも響いた。

短いメロディが終わって、そしてまた、はじめから。

「……そーいうところがあるから、余計なことも、考えるんだろうけどな」

銀色の小さなオルゴールをじっと見つめているマルスの、
空いている手を、そっと両手で、包み込んだ。

マルスが、顔を上げる。

「……『天に召します我が神よ』、」
「……?」

オルゴールの音を背景に、ロイが目を閉じて、ゆっくりと言った。

「『静かな夜、聖なるこの夜に、全てのものは穏やかに、そして輝いて』」

ふ、と目を開ける。
やんわりと、微笑んで。

「……俺はこの人の幸せを祈り、誓います。
 だからどうか、この人を傷つけないで下さい。
 誰かが傷つければ、俺はこの人を守ります」
「……」
「俺はこの人を、世界中の何よりも、誰よりも、愛しているから」
「……ロイ、」

オルゴールの音が、段々遅くなっていく。

「……『聖なる夜に、祈りを』」

そして、……ぷつりと、その音は止んだ。

「……俺の、神様へ。」
「……」

動揺と、少し切なげな顔で見ているマルスに、
ロイはにっこりと笑う。
マルスが羨んでやまない、子供らしい強い笑みに、

惹かれて、やまないのだと、
認めざるを得ない。

ふい、と顔を横に逸らす。
顔が赤くなるのを、どうしても隠したかった。

「……このバカ」
「……えー」
「……こんなもの……、……それに、」
「何だよー。……いいじゃん、俺、マルスのこと好きだもん」
「……でも僕は……、」
「また余計なこと考えてる。
 ……いーんだよ、俺が勝手に、あんたを守るって決めたんだから」

本人はいたって真面目だったらしく、ロイはマルスの手をぎゅうっと握っている。
逸らされたマルスの目を真っ直ぐに見て、そして。

「だから!」
「……」
「マルスが泣きそうになったら俺が無理にでも笑わせるし、
 怪我してたら俺が勝手に手当てでも何でも、してやるからな!」
「……そっか」
「そーだよ」
「……、」

マルスが、呆れを含んだ苦笑を漏らした。
いちいち、やることが馬鹿みたいなのだ、この少年は。
なのにその、単純な行動に、
いつも救われる思いがするのは、どうしてだろう。

思わず笑ってしまっても、……仕方ないだろう?

「……はは……っ、」
「……何、笑ってんだよ! 俺は真面目なんだからな!」
「うん……。……そうか、ありがとう」
「信じてねーだろ!! ……ああもうっ、もう帰るぞ!! 寒い!!」
「え、……ま、待てロイ!!」

ぐい、とマルスの手を引っ張ったロイを、マルスは慌てて止める。

「何だよ」

やや不機嫌そうに、ロイが振り返った。
止まったオルゴールを片手にのせたまま、マルスが困り顔をしていた。

「いや……。……ロイ、何か欲しいもの、ないか?」
「……。……は?」
「だって……、」

オルゴールをちらっと見て、マルスは更に困り顔をする。

「……これの、……お礼」
「……え、」
「……貰ったんだから、お礼、しなきゃいけないだろう?」
「……いや、別にいいし俺が勝手にあげたんだから」
「……でも……」

すっかり困り果てた様子のマルスを見て、
ロイははああぁぁっ、と大きく溜息をついた。
どうしてこう、ロマンチックに決めさせてくれないんだか、この人は。

そーいうとこも好きだけどな、と、ちょっと肩を落とす。

「……ったく……。……そーだなぁ、……マルス、とか」
「それは却下」
「……。……何だよー」

冗談だったのに、と言ったら、冗談に聞こえない、と返された。
内心ぎくりとしつつ、ロイは考える。

「……あ」

決まったらしい。

「マルス、ちょっとこっち来て」
「え?」

何かを企んでいる、いたずらめいた顔をしながら、
ロイはマルスをぐいぐいと引っ張る。
引きずられるように歩いた先にあったものは、
一つのベンチだった。

ベンチの雪を一人ぶん、掻き分けて、
ロイはマルスを、そこに座らせる。
目線の高さが、逆になった。

「……ロイ?」
「オルゴールのお返し。決まったよ」
「うん……、……それは、いいんだけど……」
「あのさ、
 ……キス、してもいい?」
「……」

顔を近づけてそう尋ねると、マルスがまた、驚いた顔でロイを見つめる。
思考が一時停止したような、そんな顔だった。

「……キ、ス?」
「うん、そう。キス」
「……何で」
「オルゴールのお返し。いいだろ?」
「……別に……、駄目じゃ、ない……けど……」

いつもはもっと、断ったりせずにしてくるくせに、と、
マルスはそんなことを言う。
ロイはいい加減うんざりしてきたらしく、
こーいう場の雰囲気ぐらい読め! と、かなり機嫌は悪い様子だ。

「一度さ、やってみたかったんだよ。
 マルスより目線の高いところで、ちゃんとしたキス、っていうの」
「……。……バカか、……お前は……」

顔を逸らしてしまったマルスの両肩に、ロイが、そっと手を置く。
額をこつん、と合わせ、ロイは、マルスの名前を呼んだ。

マルスがゆっくりと、目を閉じたのと同じくらいに、
ロイはその唇に、自分の唇を重ねた。
瞬間、マルスの指が、ぴくん、と震えたが、
その手の中にはまだ、オルゴールが残っていて。


闇夜の中、淡い雪がわずかに光る。

星の代わりに雪の降る聖夜、
金色のイルミネーションの中に、
神様の祝福を   ……。




前半はリンクに、
後半はロイに、
メリークリスマスです。……一日遅れですが。
構想段階ではオルゴールが出張っていたのに、大して大きな存在になりませんでした。
残念だ……。

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