例えばそんな日。/その1



商店街から屋敷に戻るには、小さな公園を横切るのが、一番早い。

「……あーっ、ねえねえロイーッッ!!」
「え?」

夕飯の買い物を終え、ロイとカービィが並んで歩く。
……カービィは、歩くというよりは浮遊しているという感じだが。
そんな風にして公園を横切ろうとした時、ふいに、自分を呼ぶ声がした。ネスの声だった。
声のした方を向くと、そこには確かにネスがいて。
何やらひどく慌てた様子でこっちを見ているので、カービィと顔を見合わせた後、
カービィを自分の頭に乗せ、歩きながら大声で訊いた。

「ネス、どーしたんだーっ?」
「それがね……、ああもう、とにかく来てっっ!!」

ぱたぱたと手を振りながら、ネスが言う。
頭の上のカービィが落ちないように気を配る、……なんていう芸当はロイにはできないので、
とりあえず買った卵が割れないようにだけ気をつけながら、走った。

ネスが来て来て、と言ったのは、そこそこに高い木の根元。
そこにはゼルダがいて、心配そうに上を見上げていた。

「ゼルダ」
「あ……、……ロイ君。ごめんなさい、その……」
「……?」

うろうろと視線が定まらないゼルダ。
何事かと、ゼルダが見上げていた方を見る。

「……あ」

一番高いところの枝、
そこには、……一匹の子猫がいた。どこにでもいそうな、茶色と白のまだらだ。

「さっきからあの子が、ずーっとあそこで鳴いてるんだよ。
 でも、僕もゼルダ姫も、木登りできなくってさあ……」
「あー……はいはい、なるほどね。……じゃ、コレ持ってて」

ロイが、両手に提げていたビニール袋をネスに手渡す。
頭の上に必死に捕まったまま、カービィが言った。

「ボクが行こうか?」
「おまえじゃあの猫、背負って降りれないだろ。まさか吸うワケじゃねーよな?」
「吸っちゃダメなの?」
「ダメに決まってんだろーがっ!! 消化しちまうぞあのネコ普通のネコなんだから!!」

カービィに軽い説教をした後、
カービィを引っ掴み、ゼルダに手渡し、軽い足取りで木を登り始める。
ミシミシと、木のきしむ音が聞こえる。
葉の擦れる音を多少耳障りに感じながら、ロイは一番上まで登った。

怯えている子猫を、じっと見つめる。
慎重に慎重に、自分も子猫も落ちないように、そぉーっと近づいて……、

「……っ、もうちょっとッ……」

ロイがゆっくりと手を伸ばす。
初めは怯えていた子猫が、そーっと歩いてくる。
……そしてやがて、ロイの手の中に収まって、

「……っよしっっ!! おーいネス、ゼルダ、これで良っ……」
「っあ!! ……ちょ、ロイッ!! あぶなっ……」

下にいるネスとゼルダに笑いかけた瞬間、
自分を支えていた片手が、ずる、と、細い木の枝からずり落ちた。

「!!」
「き、きゃっ……!!」

支えを失ったロイの身体は、もちろん重力に引っ張られて    
……子猫をかばったロイは、
右足捻挫、腰と背中を強く打ちつけ、あちこち打撲。

慌てて屋敷に戻ったカービィがつれてきたヨッシーの背中に乗せられて、
ロイと子猫は、帰路に着いた。


   ******


「……本当にごめんなさい、ロイ君。……私があんなこと頼んだりしなければ……」
「いーですって。安心して油断してた俺も俺だし」

次の日、ロイの部屋。
珍しい人物が、ロイのベッドの隣のイスに、座っていた。……ゼルダだ。
昨日のことが自分の責任だと感じたらしく、
真面目なゼルダは、自分がロイの看病をすると言って。

「……にゃあ……、」
「……あ」
「ゼルダがそんな顔してると、こいつが悲しみますよ?」

にっ、と笑い、寝たままゼルダの方に腕を突き出すロイ。
……その手に掴んでいるものは、昨日、ロイが助けた子猫。……の、首根っこ。
どうやらロイにすっかり懐いてしまったようだ。
綺麗な見掛けに惚れたのか、ゼルダにも懐いて。

名前でもつけますか、などと適当なことを言って笑いあっていたところで、

ばんっっ!! ……と、
部屋の扉が、かなり乱暴に開く。

「あ」
「……元気そうだな……」

そこにいたのは、  マルス、だった。
手には、ロイの分なのだろう朝食の載ったトレイを持って。

「マルスー! おはよーっ」
「……朝から騒ぐな、バカ」

はぁ、と小さく溜息をつき、マルスが部屋に入る。
ベッド脇のテーブルにトレイと牛乳ビンを機械的に置くと、さっさと踵を返してしまう。
その背中を、慌ててロイが声で止める。

「あっ、待ってよマルスッ」
「何だ? 何か足りないものでもあったか?」

マルスが振り向き、呟く。
……何故だか、えらく不機嫌そうだ。

しかしそのことに、『繊細』とは対称の場所にいるロイは気づかない。

「そうじゃなくてさー」
「用が無いなら呼ぶな。……まだ食べて無いんだ、朝ごはん」
「マルスもここで食わねぇ?」
「嫌だ」

いつも以上にきっぱりと言い放つ。

「……ゼルダ姫、貴女は朝食は?」
「え? ……あ、そうですわ、まだいただいてませんでした」
「……じゃあ、持ってきますから。いいですよ、ロイのところにいて」
「……そうですか? ……お願い、します」

すぐ持ってきますね、と、やはり機械的に言いながら、
マルスがその扉を閉めた。……やはり、妙に乱暴に。
いつもの彼からは、ちょっと想像できない荒っぽさだ。

そんなマルスの閉めた扉を、ロイとゼルダ、二人で不思議そうに見ながら。

……その後、ゼルダに朝食を届けに来たのは、サムスだった。


   ******


「……ルスさん、マルスさんってば!!」
「えっ……、……あ、」

少年のような声で、自我を取り戻す。

「……」

手元のフライパンを見ると、  もはや何が調理されていたのかわからないほど、
その中は真っ黒く焼け焦げていた。
……確か自分は、ウインナー入りのスクランブルエッグを作っていたような記憶があった。

「……あーあ……、……作りなおしだねぇ……」
「……ごめん……」
「いや、僕に謝られても。ソレ、僕のじゃないし」
「どうしたんだ? ……わ、すごい臭いっ……」

フライパンを持ったままぼーっとしているところ、台所にリンクが入ってくる。
顔でも洗ってきたのだろう、水滴の落ちる前髪を、タオルでがしがしと拭きながら。
おはようリンク、というピカチュウの声に、リンクがおはよう、と返す。
いつまでもフライパンを見つめているマルスを見、リンクが怪訝そうに顔を歪め、
そのフライパンを覗き込んだ。
次いで、マルスの顔も。

「あーあ、……ったく、……どうしたんだ? そんなに焦がして」
「……」
「……マルス? ……おーい、マルスー?」
「……あ、……あ、おはようリンク……」
「……遅いよ、マルスさん」

流し台の縁に座って、事の次第をじっと見ていたピカチュウが、びしっと一言。

「……」
「どうしたの、マルスさん。何かヘンだよ今日」
「……ああ……いや、……何でも無い……から」
「そう?」
「……ああ……」
「……何でも無いんならいいんだけどさ、マルスさん。
 朝ゴハン、ルイージさんに作ってもらいなよ、……ルイージさんには悪いけど」
「え? ……どうして」
「そのままじゃ、また焦がしそうだからだよ。
 食べ物無駄にすると、食費云々ってマリオさんが言い出すから」
「……。……わかった」

まだどこかふわふわとした声で、マルスが答えた。
薄青色のエプロンをはずし、慣れない手つきで畳む。

「……」

かなりゆっくりと台所を出て行った後、

「……っ、」

そのまま壁に激突した。

「……マルスさん、大丈夫?」
「……ああ」

自分の身に何が起こったか、さっぱりわかってないようだ。

ボーッとした目つきのまま、とりあえずリビングのテーブルに着いた。
一応これで、壁にぶつかるということは無くなった。一安心。

「……何があったんだ、……アイツは……」
「……ロイさんの……せいじゃない? ……多分だけど」

台所に残った二人……一人と一匹が、マルスの様子を見ながら、こそこそと話す。
ピカチュウの返答を聞き、リンクは少しだけ驚いたように、目を丸くした。

「へえ。……あのマルスが、ロイを心配、ねぇ……」
「へ? 心配?」
「……え。違うのか?」
「心配じゃないと思うよ。……まあ、それも入ってるんだろうけどさ、」

ピカチュウが、ふ、と天井を見上げる。
ピカチュウは早起きなので、今日の朝の会話は、全部聞いていた。
そして、その会話を聞いていた人達の反応も全部、
覚えている。


  『私の所為なんです、……だから、私にロイ君の看病をさせてください』


こんなセリフを聞いたときの、マルスの反応。
……こう言っては悪いのだが、ちょっとだけ面白かった。

「流石だねえ、マルスさんって」
「何が」
「えっと……、……“乙女度”?」
「……。」



ロイとゼルダの元へ行ったマルスが、妙に不機嫌そうだったのも。
ありえないくらいものを焦がす程ボーッとしていたのも、ぜんぶ。

自分の中で、いろんな感情が渦をぐるぐると描いているのだ、きっと。
その中には、
迷いとか、苛立ちとか、怒りとか。

……あのマルスが、まさか素直に認めてくれるわけは無いであろうが。
つまり。


「……マルスさんでも、やきもち妬いたりするんだねぇ。びっくりしちゃった」
「……」



「……きゃーっ、ちょっとマルスっっ!!?」
「えっ……、……あ」

今度は何があったのかと、リビングの方を見てみると、
……水差しから水を汲もうとしていたのだろうか、しかしその水は、
コップを見事に外れて、マルスの手をばっちり濡らしていた。
ピーチが慌てて水差しを奪い取り、マルスにタオルをよこしている。


その光景をじっ……と見ながら、
リンクとピカチュウは、顔を見合わせ  深く深く、溜息をついていた。


つづく。



その2

開き直って、乙女度全開で爆走しようかと思います。
何故か続きます。猫ってかわいいと思います。


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