050:写真のネガ(前)




僕達は、きっと幸せにはならないだろうと、
知っていた。
でも、だからこそ、
今、僕達が一緒にいるこの瞬間、せめて幸せでいようと、
懸命に、頑張っていたつもりなんだ。

いつも、誰かを探していた。
誰かを、モノクロの思い出に透かして見ていたんだ。



   ******



「…え?」

ロイが、ふいに告げたことに、マルスは一瞬、耳を疑う。
ゆっくりと二回、瞬きを繰り返して、
マルスはロイを、じっと見た。少し、不安げな顔をしている。

「…だから、」

赤い髪をがしがしと掻き乱して、ロイはさり気なく視線をはずす。
やや、居心地悪そうに、ロイはゆっくりと息を吐いた。
もう一度、言う。

「…俺の“世界”から、急用だって、さっき手紙が来て。
 …今すぐ、帰んなきゃいけないんだ。
 …一週間か、十日くらい、戻ってこれないかもしれなくて…」
「……そんなことは、わかってるけど」

今度は、マルスが溜息をつく。
ロイの額を、手の甲でこつん、と小突くと、
呆れ気味に、もう一度、問う。

「そんなこと、どうしてわざわざ、僕に言うんだ?
 …急用なんて、いつものことだろ。
 それが、ちょっと期間が、いつもより長いからって」
「…っ。
 …べ、別に、いいだろっ!? 寂しがったって!!」

ロイは、小突かれたところを押さえながら、ムキになって言った。
自分の背の低さを意識してしまうから、
ロイは、額をこういうふうに小突かれるのは、嫌いだった。

「…寂しい、って…。」
「何だよー、マルスは寂しくないのかよっ!?」
「……。
 …ゆっくり、読書の時間が取れて、嬉しい」
「…ひっでーッッ!!」

うわああんっ、と大げさに壁に泣きついて、ロイは肩を落とした。
愛が薄いぞマルスー、なんて呟いているところ、
くすくす、と、小さな笑い声が聞こえて、マルスの方を向く。

「…冗談、だよ」
「冗談でもひでー…」
「…そりゃあ、少しは、…寂しい…、けど…、」

少し、視線を逸らして。マルスは、ぽつぽつと呟く。
…頬が微妙に赤らんでいるのに、ロイが気づかないわけがない。

「……。
 …へぇー」

にやにやと、ロイは笑う。

「…ッ、な、何、だっ!! 笑うなッ!!」
「こーんなにマルスがかわいいのに、笑わずにはいられないだろー」
「男にかわいい、なんて言うな!!」
「いーだろ、褒めてんだから。
 …そっか、うん、寂しいんだな! 俺も寂しいー」
「〜〜〜〜〜ッッ…!!」

子供のようににっこりと笑って、ロイはマルスに、ぎゅっと抱きついた。
いつまでも埋まらない、身長差。
真っ赤な顔をして、ロイの服の裾を軽く掴むマルスの首筋に、
嬉しそうに、頭をすり寄せる。

「………」

一瞬、ふ、と止まって。

「…ロイ?」
「…マルス、」

ロイは、笑って顔を上げた。
伸び上がって、軽く、触れるだけのキスをする。

「っ!!」
「それじゃーな、行ってくる!! すぐに帰ってくるから!!」
「…っ、ロイッ!!
 この、バカッ…!!」

マルスの身体から、するりと手を離して、ロイは駆け出した。
カバンを一つ持って、それなりに使い慣れた剣を腰に提げて、
玄関を、跳び出していく。

扉を閉める直前に、ロイはマルスに、大きく手を振った。

「……っ…、」

不意打ちのキスをされた、
唇を、そっと、右手で覆う。

「…あの、バカ…。」
「…マルス?」
「…え、」

突然、名前を呼ばれた。

振り向いた先には、

「…リンク、ピカチュウ」

少し、驚いたような顔でこちらを見ているリンク。
その頭の上に、いつものとおり、ピカチュウがいた。

リンクは、ゆっくりとマルスの隣に歩いて、ぴた、と止まる。
先程、ロイが出て行った玄関の方を見た後、マルスを見下ろした。

「何、廊下の真ん中で、ボーッとしてるんだ?」
「…っ。
 …い、…いや、何でも…。」
「…?
 …ところで、マルス。ロイは?」
「え? …あ、ああ、ロイなら」

ややしどろもどろになりつつ、マルスは玄関に、目を向ける。
そんなマルスの様子を、ちょっと不思議に思いながらも、
リンクはマルスが示した、玄関の方を向いた。

「…手紙が来て、急用だったらしくて。自分の“世界”に帰ったけど…」
「…え?」

マルスが、自分の知っているとおりに言ったことに、
リンクとピカチュウが、一瞬、虚を突かれたように、言葉を切る。

「……急用…」

二人で、顔を見合わせる。
マルスが言ったことを、頭の中で、ゆっくりと反復しながら。
納得がいかないらしい、リンクとピカチュウの顔を見ながら、
マルスが不思議そうに、小首を傾げる。

「…どうしたんだ?」
「……。」

マルスの顔を、じっと見て。
やがて、ピカチュウが、にっこりと笑った。

「…ううん、何でもないよ。そっか。帰っちゃったんだね」
「ああ。…何か、用事だったのか?
 …しばらく、帰って来れないみたいなんだけど…」
「うん。ちょっとね…。…大したことじゃないから、大丈夫。
 ね、リンク」
「……。ああ。…大丈夫」

ピカチュウにつられるように、リンクも微笑んだ。
すれ違いざまに、マルスの肩を、ぽん、と軽く叩く。

「ありがとな。…じゃあ」
「散歩か?」
「ああ。夕飯までには帰ってくるよ」
「うん。行ってらっしゃい」

ふわりと微笑んで、マルスはリンクを見送った。
じゃあな、と言ったリンクの頭の上で、ピカチュウが、手を振った。

二人の影が、見えなくなる。

「………。」

その、微笑みを、崩さないまま。

「…………わかってるよ…。」

マルスが、悲しく呟く。


   ******


「……手紙なんて、届いてない」
「ああ…」

少し錆びた鉄製の門。
取り付けられた郵便受け。

リンクとピカチュウが、遠く、空を見る。

「……どういうことだ?」


   ******


ロイが、自分の“世界”に帰ってから、一週間。

ロイからは、一つの連絡も無く、それでもまだ、「十日」を越えていないと、
屋敷の住人達は、いつもと変わらない生活を送っている。

ただ、ひとつ。

マルスが、元気が無いのを、除いては。

いつも一緒だった、ロイがいなくて、少し寂しいだけだろうと思っていた。
だけど、四日、五日と経つうちに、それだけではないと、気づく。
寂しい、というだけで。
部屋に一日閉じこもって、ずっと、浮かない顔で考え事をしている、なんて。
おかしいような気がした。

今日で、一週間。
そして。

「…マルス?」

こんこん、と、今日も、リンクは、マルスの部屋の、扉を叩く。
頭の上に、ピカチュウを乗せて。

「マルス。…起きてるか?」
「リンク? …入って、いいよ」

扉の向こうから声が聞こえ、リンクはそっと、扉を開けた。
部屋の中に入る。
ベッド脇の、サイドテーブルの上を除いては、基本的に必要なものしかない、
いつ見ても殺風景な部屋。
白いシーツをかけたベッドの上に、マルスは腰掛けていた。
昨日とまったく同じに。

険しい顔をして、リンクはマルスの目の前まで、近づく。
リンクが目の前に来たのと同時に、マルスは顔を上げた。
にこ、と、軽く微笑んだ。

「…マルス…、」
「リンク。…ピカチュウも。…あのな、ちょっと、聞いてくれないか?」

どこか疲れたような微笑み。
ガラスの細工物みたいに、綺麗な顔のかたち。
リンクが、静かに頷く。

マルスは、膝の上で手をぎゅっと握って、静かに話し出した。

「…ロイの、こと、なんだけど…。」
「………」

マルスの口から、問題の名前を聞いて。
リンクが思わず、口の端を結ぶ。

次の瞬間、マルスの声で、確かに告げられた言葉は、


「…もう、ここには帰ってこないんじゃないかな」


リンクとピカチュウを、間違いなく、困惑させた。


「……。
 …何、で」
「手紙なんか、来てないんだろ?」

マルスは微笑んだまま、さらりと言う。
リンクとピカチュウは、顔を強張らせたまま、
マルスの言葉の続きを、待っている。

何で、知っているんだろう。
何を、わかってるんだろう。

「…ロイは…。
 …自分の意志で、自分の“世界”に帰ったんだ。
 …それで、帰ってこない」
「……そ、…んな、わけがあるかっ!!」

落ち着いた、マルスの声を遮るかのように、
リンクは、怒鳴った。
そんなわけがない、と。
リンクが怒鳴った勢いで、ピカチュウが頭からずり落ちる。
ぽて、と、床に、お腹から着地した。

ロイが。
どうして。
マルスのいる場所へ、帰ってこないのか。

肩で息をするリンクを、マルスは真っ直ぐ見つめて。
体勢を立て直したピカチュウは、リンクを見上げた。

「…リンク、」
「………」
「何で…っ、どうして、そう思うんだ!!
 どうして、ロイが…っ、」
「……わからないわけじゃ、無いんだ」

それは、ロイが、帰った、帰らない、理由が。

ロイと僕は、似ているかもしれないからと、
マルスは悲しそうに微笑む。

「ロイも、“世界”に帰れば、民をまとめる立場になる予定の人間だろ?
 ロイが、帰る、って言ったとき、ロイ、少し、焦ってた。
 …多分、何か、あったんだと思う。
 …ロイが、その役目に、就かなければいけなくなるようなことが」
「………」

たくさんの人を、まとめるような立場になれば、
本当は、こんなところに、来ている暇は無い。
マルスが、ここにいるのが、ほとんど、奇跡に近い状態であるように。

だから、帰らないんじゃないかな、と、マルスは言った。
リンクが、困惑した表情で、マルスを見つめる。
信じられない、といったような、顔だった。信じたくないみたいに。

「……どう、して…」
「…僕だって、必要になれば、帰らないよ…。
 …それが、僕の…。
 …ロイの、やるべきこと、だと思うんだ」

人より、少し違う立場にいて。

「…みんなが、幸せになるためにね」

マルスが、微笑む。

どうして、微笑んでいられるのか、リンクにはそれが疑問だった。
リンクの足元のピカチュウが、マルスを睨む。

「…幸せ?」
「うん。…そうだよ」
「…うそつき」

うそつき。

そう言った、ピカチュウの方に、マルスは目を向けた。
ピカチュウは、静かな藍い瞳を、真っ直ぐに睨む。
そんなピカチュウと、少し目を伏せたマルスを、リンクは交互に見る。

「…嘘じゃ、ないよ」
「うそつき。…そんなの」
「………」
「そんなの、うそだ。
 マルスさんが、幸せじゃない」
「………。」

そっと、目を閉じる。
長い睫毛が、少し震えていた。

「……いいんだよ。
 ……僕は、大丈夫」
「…どこ、が…!!」
「…ピカチュウ」

言い募るピカチュウの口を、リンクは後ろから、塞いだ。
そのまま抱き上げて、両腕の中で、ピカチュウの頭を撫でる。
リンクは、ピカチュウの顔を、自分の肩に抱え込んだまま、
マルスをじっと、見つめた。

「………」

答えるように、マルスが、目を開く。

「………」
「…大丈夫、だ。…僕は、平気。
 …ただ…、」

泣きそうな顔なのに。
笑っているのは、どうして。

「……少し、驚いてるだけだから…」
「…驚く?」
「……ロイが…。
 ……ロイが、もう、ここにはいない、って思って…、」

認めていた。
探していたんだ。



「………こんなに、寂しく、なるんだな、って…。」



   ……。」


…きっと、幸せになれる場所を。



ベッドに腰掛けて、下を向いて、俯いたマルスを。
リンクは、ただ、見つめていた。
ピカチュウが、リンクの腕から脱出して、頭の上に移動する。
同じように、伏せられた藍い瞳を、見下ろした。

ロイが、マルスを、必要としているんだと、思ってた。
それは、外れてはいない。
けど、足りてもいない。
おそらくはきっと、マルスも気づいていない。
マルスも、ロイを、必要としているんだと、いうこと。

「……信じて、やれよ」

その、お互いの気持ちを。

…これ以上、何も、言えることがない。


そっと、背中を向ける。
何か言いたげなピカチュウの視線に、気づかないふりをして、
リンクは、ピカチュウを連れて、部屋を出て行った。


自分以外、誰もいない。
静かな部屋。
考えないわけがない。
信じてないわけじゃない。


ロイは、帰ってくる、と言ったから。


「……約束、したから…、」


一人にしない、と。
「俺のお嫁さんになってくれ」、なんて、いつか、言ってた。
一緒にいよう、と。
約束した。


「…………信じてないはず、ないだろ…。」


泣かないと、決めている。


「………あの、バカ…。」


呟きは、時計の針が動く音に、消えた。



   ******



あれから、更に、一週間が過ぎて。
つまり、ロイが、自分の“世界”に帰ってから、十四日。

約束は、とうに過ぎている。

…マルスが、元の様子を取り戻すことも、当然あるはずがない。

「………」

今日もリンクは、マルスの部屋に、向かっていた。
いつものように、頭の上に、ピカチュウを乗せて。

毎日、誰かが必ず、二人連れで向かう。
そうでもしなければ、マルスは、
食事さえも、眠る時間でごまかそうとするからだ。
…眠っているだけ、まだ、マシなのかもしれないが。

誰かが必ず、二人連れで、話をしに行く。
マルスを支えるために。

そして。
今日は、リンクとピカチュウが来た。

「………、」
「…リンク…」

扉の前で、手を軽く握って、リンクは扉をじっと見つめた。
おそらくは、その向こう。
帰ってはこない、と、言ってはいたけれど。
待っている。

ロイのことを、信じて。

「………くそ、」

扉を、じろ、と睨みつけて、リンクは溜息をついた。
複雑そうな顔で、視線を泳がせる。
悪態をついた理由が、なんとなく読み取れて、
ピカチュウもまた、小さく溜息をついた。

「……オレなんかが、いたって…」
「…違う、ものねえ」

仕方もないけど。
ぽつりと、呟く。

「………」

扉をもう一度、睨みつけた。
ドアノブに、そっと手をかけて、

「……駄目、だ…。」

はあぁ、と、再び溜息をついた。
出直そう、と、思ったのだろうか。
後ろを振り向いた、
瞬間。

「何が、駄目なんだ?」
「っ…、う、わっ!!?」
「…あ」

目の前に、誰かが、いた。

気配も無く背後に近づいてきたらしい。
まったく予期していなかった存在に、肩が跳ねるほど、驚く。

「…ダークさん」
「ダーク…っ。
 …あのなー、お前なー」
「…?」

自分の行動の何がいけなかったのかが、よくわからないらしい。
相変わらずの無表情で、少しだけ首を傾げる。
やたらと子供じみたしぐさにほだされたのか、それともどうでもよくなったのか、
リンクは呆れたようにダークリンクを見ると、
まあいいか、と、苦笑した。

「…で? お前は、オレに、何か用事か?」
「ああ。…手紙だ」
「手紙? …誰から、」

ダークリンクが、すっ、と左腕を上げる。
その手には、二通の、白い封筒があった。

「…どっちも、オレの?」
「いや。…違う、んだが…」

手紙を受け取って、裏返す。
ピカチュウが、頭の上から身を乗り出して、こっそりと覗き込んだ。

差出人の名前を、確認したのと同時に、

「…どちらも、…ロイ、からだ」

「………!!」

目を、大きく見開いた。
思わず落としそうになった手紙を、慌ててしっかりとつかまえる。
二通の、白い封筒。
片方は、リンク宛で、
もう片方は、マルス宛だった。

「…ロイ…!」
「…片方は、王子のものだろう?
 …王子に渡すつもりだったのだが…」

手紙を凝視するリンクの目の前で、ダークリンクは、やりきれない顔をする。
それに気づいたのは、ピカチュウで。
リンクの頭の上から、ピカチュウはダークリンクに、話しかけた。

「ダークさん。…『だったのだが』、どうしたの?」
「…いや…。
 …どう言えばいいのか、…わから、ない、んだが…」

ダークリンクは、マルス宛の手紙を、じっと見る。

「……王子に…。
 …直接渡しては、いけない、…気が、して…。」
「……?」

二通の、白い封筒。

しっかりと握って、リンクは、ダークリンクに言う。

「…わかった。
 …じゃあ、オレ宛の手紙を、読んだ後で、
 マルス宛の手紙をどうするかは、決めるよ」
「……ああ」
「届けてくれて、ありがとな」
「…ああ…、」

リンクが、自分の部屋に向かうために、踵を返す。
ピカチュウはそれと同時に、リンクの頭の上から、床に跳び下りた。
あれは、リンクへの手紙だ。ピカチュウが読むものではない。

「じゃあ、後でな。ピカチュウ」
「何かあったら、教えられる範囲で、教えてね」
「ああ」

部屋は、マルスの部屋の、二つ隣。
リンクが、自分の部屋に入った後の廊下には、
ピカチュウと、ダークリンクが残された。

「………」
「………」

リンクの部屋。
隣の、ロイの部屋。
その更に隣の、マルスの部屋。

何があったんだろう。

幸せになるために、といった、マルスの微笑みが、忘れられない。

「…ねえ、ダークさん…」
「…何だ? …ピカ、チュウ、」

最近、ダークリンクは、ようやく、人の名前を呼ぶようになった。
時間は、流れて。
変わるものと、変わらないものがある。
感情の無い、ダークリンクが、少しずつ変わっていくように。
廊下の静けさが、少しも変わらないように。

「…幸せって、なに?」
「……『しあわせ』?」

ダークリンクが、首を傾げる。
肩より少し長い、銀色の髪が、肩の前まで下りてくる。

ピカチュウが、俯く。
これが、ロイとマルスの『立場』だと言うんなら。
人間というのは。
…特別だと、いうのは。

「…ピカチュウ、にも、わからないものが、あるのか?」
「……あるんだよ。
 ……何にも、わからない……。」

幸せには、なれないのかもしれないから。


…幸せの定義が何なのか、きっと、誰にも、わからないのだろうけど。


   ******


「……。
 …水を一杯。…窓の鍵。…それから、マルスに。
 この、手紙…。」

リンクは、ロイからの、手紙を読んでいた。
それは、けっして綺麗だとは言えない字で、丁寧に書いてあった。
ロイから、リンクへの頼みごとが、
三つばかり、書いてある。

水を、コップに一杯。
今日…正しくは明日だ…、真夜中の一時に、リンクの部屋の窓の鍵を開けておくこと。
それから、マルスに、マルス宛の手紙を渡すこと。

ただし、マルスには、何も言わずに。
ただ、手紙を渡してほしい、と。

「………」

白い便箋を、折って畳む。
封筒に戻して、ベッドマットの下へ。
誰かが見つけてしまわないように。

「……ロイ…。」

マルス宛の手紙を、手に持つ。
深く、息を吸って、吐いた。

窓の外。
遠いどこかを見た後で、


部屋を、後にする。



幸せ、という言葉を、いろいろな意味で使ってます。

続きます。 →後編へ