真理

 マルスの問いかけを受け止めたロイは、碧色の瞳を大きく見開いた後、一拍置いて、深い深い溜息を吐いた。そんな仕草に、何か悪いことを訊いたのだろうか、とマルスが肩を竦めると、ロイは慌てた様子で、そんな意味じゃ無えよとはっきり言う。その言葉に胸を撫で下ろしたが、直後ロイが、俺ってそんなに愛が足りないかなあ、と呟いたので、多少の罪悪感については、どうしても覚えざるを得なかった。
「だからさあ。別に、そんなに深く考えなくても」
「……だって……」
 自分の肩より低い位置から、ロイの腕が伸びてくる。成長真っ只中にある手のひらが、髪をやわらかく撫でていく。頬をくすぐるような体温にも、いつのまにか、すっかり慣れてしまった。
「だったら、言うけど」
「……うん」
「この髪がさ、青くて、さらさらで、さわるの、すっごい好きだから」
「…………。」
 きっぱりと。何の迷いも無く告げられる。もとより答えの予想などしていなかったが、それでもそんな答えは、マルスの思考の範囲外だ。
 呆れたように、まじまじとロイの顔を見下ろして。マルスは、小さく息を吐く。
「……あのな……。……それって、つまり、」
「それから、手首とか足首とか、細いから、頼り無くて見てられないし」
「…………。」
「顔もな。
 俺、美人好きだし。女顔だから、勘違いも多くて、危なっかしいし」
「ッ……悪かったな! 女顔で!」
「何だよ! あんたが言えって言ったんだろ!? それから、」
 事実なのだとわかっていても、未だに認めたくない現実に、マルスは思わず反応した。だけど、ロイの言葉が続くから、続きの反論を飲み込んだ。
 ずっと髪をさわっていたロイの手のひらは、頬の横を下りて、華奢な肩を抱きしめる。
「女顔ってからかったら、そんな時ばっかり、すぐ怒るとことか。
 何か知んねーけど、俺ばっかり殴るとことか。
    あ、ちゃんとわかってるから。それはマルスの愛情表現だもんな」
「違う!」
「……って、そーいう、ぜんっぜん素直じゃないとことか」
 抱きしめられる、というよりは、抱きつかれている、と言ったような。だけど助けられ、守られているちぐはぐな関係にだって、いつのまにか、すっかり慣れている。
 マルスの、意味の無い抵抗を押さえながら、ロイの答えは、まだ続く。
「怒った顔とか、ちょっと寂しそうな顔とか、笑った顔とか。
 ……俺が何かして、それで、笑ってくれることが嬉しいから、とか……」
「…………」
「いつもは、ちょっと冷たくって、そういうこと、全然言わないのに。
    いきなり、あんなこと、訊いてみるとことか」
 マルスの問いかけを受け止めたロイは、碧色の瞳を大きく見開いた。今更、聞く間でも無いだろうと思っていたことだったからだ。
 マルスは、白い頬をほんの少し赤く染めながら。思いきり気の進まない様子で、ロイに訊いたのだ。『どうしてそんなに、大切にしてくれるんだ』、と。
「大切にされてる、って自覚が出来たんなら、良いんじゃねえの?
 そういう、いつまでたっても、脆くて儚くて、
 ……だけど本当は、めちゃくちゃ強いとことか、かな」
「……。
 ……ロイ。それって……、」
 もっといっぱいあるんだけど、と言って、長い長い答えを無理矢理打ち切ったロイは、マルスの肩に顎を乗せて、子犬のように頬に摺り寄った。くすぐったいのだろうか、マルスは赤い頭を掴んで肩を竦めたけれど、ロイは強固に離れない。
 些細なやはり抵抗に、やはり意味は無いらしい。早々に諦めたマルスは、代わりのようにぽんぽんと髪を撫でながら、小さな声でひっそりと尋ねる。
「ん?」
「……ずいぶん、長い答えだったけど……。……結局、どういうことなんだ?」
「何だよ、あれでもかなり省略したのに。ほんと、変なトコで鈍いよな、あんた。
 だからさ   
 マルスの身体を一度だけ離して、けれど手だけは肩をしっかり捕まえたまま、ロイはマルスを真っ直ぐに覗き込む。
 初めて出会った頃は、本当は。この真っ直ぐな碧色の瞳が、たまらなく不安で、嫌いだった。
 いつのまに、こんなふうに絆されたのだろう。マルスは目の前の少年が、あの頃と何も変わっていないことに、今更ながら、気づいて。

 初めからそうだった。
 ロイはいつも、マルスを。ふたつの瞳、ひとつの心で、ずっと思っていた。

「マルスが、マルスなら、それで俺の気持ちの全部になるってこと。
    信じてくれた?」
 マルスの思考の隙間を縫うように、念を押すロイ。返答、というか、返す屁理屈に詰まり、はっきりと頬を赤くして俯くマルス。
 ロイはそんなマルスを嬉しそうに見ながら、夏のような子供っぽい顔で、にっこりと笑った。


真っ直ぐな心と、その強さが、ロイ様がロイ様たる所以なのです。

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