ブランコ

 キィ、と音をたてて、目の前でブランコが揺れている。子ども達のためにと、マリオとルイージが作ったものだ。見渡す限り芝生が広がるこの庭には、同じ理由から生まれた遊具が他にもいくつか置いてある。シーソー、木馬、すべり台。ベンチに座りながらそれらを順番に確かめ、リンクはふと空を見上げた。春の暖かな青と綿雲が、視界を端まで染め上げる。
 楽しげな笑い声を耳に留め、ブランコに視線を戻す。遊んでいるのは、ピチューとピカチュウ、リンクから見たらとても小さな兄弟だ。木の軋むやわらかな音をたて、ブランコは前後に揺れる。
「……ちゅ、ぴーちゅ! ちゅうー!」
「ん、100回数えたね。えらいえらい」
「ぴいちゅー」
「だめだよ。この後、ロイさんとマルスさんのお手伝いをする約束なんでしょ?
 自分で決めたことは、ちゃんと守る」
「ぴちゅ……」
「マルスさんを待たせると、ロイさんに怒られちゃうよ」
「ちゅ。ぴちゅー!」
 特に悪気は無く、リンクは二匹の話を聞いている。リンクにはどうもピカチュウが一方的に喋っているように聞こえるのだが、あちらにとってはそうでもないようだ。
 ピチューが芝生に飛び降りてから、ピカチュウも隣に着地する。その弾みではねたブランコは、やがて、リンクの見ている前で止まった。
「ぴちゅー!」
「はい、いってらっしゃい。……、よいしょっと」
 嬉しそうに駆けていったピチューを、短い腕を振って見送ったピカチュウは。弟の姿が館の向こう側へ消えたのを確認してから、いそいそとブランコに戻った。

「……ピチューって、もうちょっと喋れなかったか?」
「うん。でもねえ、やっぱりまだ慣れないみたいで。
 僕には、あれでもわかっちゃうからね」
 なんとかしないとなあと思うんだけど。のんきと神妙さを合わせたような声で、ピカチュウはひとりごちる。短い腕でひもを持ち、ブランコを漕ぐ。はたしてどうやって握っているのかリンクにはとても疑問だったが、あまり気にしないことにした。世の中は秘密に満ちている。
「いい天気だねえ」
 のほほんのんびりとした呟きは、目の前の景色にとけていく。あたたかな、陽のにおい。
「……ピカチュウは、そういえば」
「ん?」
「ブランコ、好きなのか?」
 自然と、そう尋ねていた。そういえばピカチュウは、ひとりのとき、比較的それで遊んでいることが多い気がすると、思ったのだ。部屋の窓からも、何度か見かけたことがあった。ピカチュウはリンクの気配にすぐ気づくので、その様子をそんなにじっくり観察したことはないのだが。
「うん。好きだよ。考えごとに向いているし」
 ピカチュウの返事は、簡単だった。
「それに、ちょっと、リンクっぽいしね」
「……は?」
 あまりに簡単すぎて、思わず間抜けな声を出してしまった。
 キィ、キィと、ブランコが揺れる。リンクの知らない方程式を描きながら。
「……ええと、それってどういう」
「前に後ろに、やりたいことは決まってるのに、
 ずーっとおんなじとこでゆらゆらしてるとことか?」
「え」
「僕ががんばらないと、そこから動けないとことか?」
「…………。そうか」
 小さな親友は相変わらずだった。その通りなだけに、何も言えない。
「それからね」
 ピカチュウは小さく力んで、ブランコを漕ぐ。どこか大人びた価値観から考えると、ブランコを好むのは子どもっぽいのではないかと、そう思っていた。
「小さな子たちに、好かれるとことか。
 一緒にいると、なんだか安心するとことか。
 それから    
 闇で塗りつぶしたような真っ黒な瞳は、遠くを見上げていた。
「空が、近いからね」
「……ピカチュウ」
 手をどれだけ伸ばしても届かないものに、言葉にするにはあまりに儚い想いを馳せている。リンクも、ピカチュウも、いつまでも。
 世界も種族もなにもかも違う一人と一匹の、数少ない共通点だった。
「ピカチュウ」
 リンクはベンチから立ち上がり、踏み出した。それに気づいたピカチュウは、ブランコを漕ぐのをやめる。
 子どもを乗せたまま静止したブランコのひもを握りしめた。間近で見ると、自分の想像以上にしっかりしていた。
「どうしたの? リンク」
「オレも乗れるかな。これ」
「大丈夫じゃない?
 マリオさん達から見れば、リンクも子どもでしょ」
「そうかなあ……」
 なさけなく笑う。ピカチュウは席を譲り、そのままリンクの頭に跳びのった。
 いつもの重さが、今日もうんと愛しい。

 青空を、雲が流れていく。
 それを眺める二人を乗せて、ブランコが揺れていた。

ブランコは落ちるのでちょっと怖いです。(だいなし)

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