兄弟みたいな二人

「ピカチュウ。これ、やるよ」
「え?」
 昼食の後、マルスがテーブルの上の花瓶に花を生けている様子を、同じくテーブルの上で眺めていたピカチュウに、こんな声がかけられた。
 ピカチュウがそちらに視線を向けると、そこには自他共に認める親友であるリンクの姿。その手には、真っ赤なりんごがひとつ。その色を見た瞬間、ぴくん、ととがった耳がはねたことに、リンクは笑った。
「さっき散歩してたらさ、もらったんだ。お前、りんご、好きだろ?」
「……好き、だけど」
 ピカチュウの黒い目は、リンクの瞳とりんごの赤とを交互に見ている。
「な。じゃあ、はい」
「……ほんと? いいの?」
「いいんだよ。ほら」
 その視線に穏やかに微笑んで、リンクはピカチュウの目の前に、ことん、とりんごを置いた。
 とてとてと三歩ほど歩いたピカチュウは、やがてぺったりとりんごに張り付くと、子供っぽく、とても嬉しそうに笑って。
「ありがとう。リンク」
「どうしたしまして」
 後はいつもどおりの、しかし彼らにとっては特別な意味を持つらしい言葉を交わす二人の様子を、花を手に、じっと見つめていた、マルスは。
「……兄弟、みたいだな」
 ぽつり、と。何か思いついたように、こう呟いた。聴力の優れているリンクとピカチュウは、揃って振り向き、不思議そうな顔をする。
 花を生ける手を一旦止めて、マルスもまた微笑んだ。
「いつもは、親友同士だって思ってるんだけど。時々、兄弟みたいだよな。
 僕も小さい頃、よく、姉様に花をいただいたけど」
「ああ……」
 言葉の意図するところがわかったらしい、二人はマルスを見たまま納得したように頷く。
 そして。
「そうだな。オレが兄さんで、ピカチュウが弟か」
「そうだね。僕がお兄さんで、リンクが弟だよね」
 きっぱりと。まったく迷うことなく。二人同時に、こう言った。
「…………」
「…………」
 二人の間に。しーん。と、いう効果音が似合いそうな、そんな静寂が横たわる。
 やがて、
「……え?」
「……何?」
 二人は仲の良いことに、またしても同時に。顔を見合わせてお互いの台詞に対して疑問の声をあげた。心底怪訝そうな目でお互いを見ながら、リンクが先に口を開いた。
「……何でだ? オレが兄さんだろ。普通に考えて」
「言っておくけど、僕の年齢を人間の年齢に直したら、そんなに変わらないんだからね。
 僕の方がお兄さんでしょう? お兄さん経験もあるんだし」
「だけど、オレの方が、ちょっとだけしっかりしてるだろ?」
「僕の方が、いつも冷静だもん。でしょう?」
 いわゆる口喧嘩のようなもの。内容はかなりどうでもいいことだが。そんな二人は滅多に見ることが無くて、マルスは驚きに目をまるくする。
「大体リンクはちょっと情けないんだから、お兄さんにはなれないよ!」
「悪かったな! 情けなくて! 何とでも言えよ、別に気にしないから!」
「へーたーれー」
「……ごめん。オレが悪かった。だけどやっぱり、オレの方が兄さんだって」
「違うよ。ぜったい僕だよ」
 圧倒的な場数の違いにより、やはりこういう言い合いになると、ピカチュウの方が一枚も二枚も上手だが、リンクも一歩も譲らない。
 やがて二人はやっぱり同時に、くるり、とマルスの方へと振り向いた。
「ねえ、マルスさん。僕の方がお兄さんだよね?」
「マルス。お前はどう思う?」
「……え、ええ? ぼ、僕……? え……、ええと……」
 あんなこと口走るんじゃなかった、と、深く後悔したかもしれないマルスは、青と黒の眼差しを、交互に見比べる。
 戸惑いを隠せない様子で顎に指をあてながら、マルスは考えて。
「……その……。
 僕から見れば、リンクもピカチュウも、弟のようなものだし……」
「………………………………」
 その真意を推し量るには、多少の時間を必要とした。
「……ああ。そっか。マルスさんって、リンクより年上なんだっけ」
「うん。数え間違いが無ければね。僕もちょっと信じられないけど」
 自分で言うなよ、とのつっこみは、誰かの心の中で止められたらしく、上がってはこなかった。リンクがものすごく何か言いたそうな顔をしているが、そんなことはともあれ。
「……とにかく。絶対、オレが兄さんだってば。お前が弟」
「お兄さんは、僕だよ。リンクが弟だよ。絶対そうだって」
「…………」
 どうやら意地になっているらしい二人は、お互いを睨み合ったまま。それでもリンクの声はやわらかいままであり、ピカチュウはりんごにぺったりと張り付いたままだ。
 何か、懐かしいものを思い出したように。マルスは、くす、と小さく笑う。
「マルス?」
「マルスさん?」
「あ、ごめん……。……うん、そうだな。やっぱり……」
 喧嘩するほど仲が良い、とは、よく言ったものだと思いながら、マルスは花瓶に最後の一本を飾った。優しい色の、小さな花だ。
「やっぱり、兄弟みたいだ。二人とも。
 兄弟で、親友だなんて、怖いものが無くていいんじゃないか?」
 はさみと紙くずを片付けながら、そう言ったマルスの言葉の意味が、今度こそリンクとピカチュウにはわからなかった。
 まんまるに見開かれた二対の瞳に問われても、マルスはいかにも微笑ましい、と言わんばかりに笑ったままで、答えようとはしなかった。


どちらもお兄さん気取りだったら可愛いなと思います。

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