愛してる
「なあ。いいじゃん、一度くらい」 「…………」 「なあ。どうしても、だめなのか?」 「…………エディ」 心底困っている様子が見てとれる夜色の瞳が、ぎこちなくエディを見上げてくる。腕の中に大人しく収まってくれている身体の抱き心地も、こんな上目遣いも、エディはとても好きなのだけれど、この場合は困ってしまう。惚れた弱みという言葉で全て説明のつく、とても簡単な、かつ深刻な理由で。 流されてみたくなる自分に必死で首を振りつつ、エディは繰り返しお願いしてみる。レオナルドが困っているのだと、十二分にわかっていながら。 「いいだろ? な?」 「……でも」 「何がだめなんだよ。そんなにへんなこと言ってるか? おれ」 「そういうわけじゃ……いや、うん。十分、変なことだよ……」 レオナルドの溜息に、そしてその内容に。聞き捨てならないものを見つけて、エディは思いきり眉を顰めた。 「何がおかしいんだよ!?」 「考える間でもなく、おかしいだろ!?」 「おれは、おまえに、愛してる、って。 一度くらい、そう言ってほしいだけじゃないか」 「……っ。……だ、だから……、それが……!」 臆面もなく言い切るエディ。白い頬を赤くして、思わずエディから視線を逸らすレオナルド。僅かな抵抗が見られる辺り、本当は逃げ出したいのだろうが、心の方が許さないらしい。 しかし、その僅かな抵抗は、きっちりエディに見破られた。ますます不機嫌そうに、エディはレオナルドに言い募る。 「へるもんじゃないんだから、いいだろ」 「……減る。だから、だめ」 「なにが」 「僕の、精神的平穏と、安定が」 「せい……、……なんだって?」 「…………」 多少ズレた言葉を返したエディに、レオナルドはこっそりと二度目の溜息を吐いた。 「……とにかく、だめ」 「だから、何でだよ。何でそんなに言いたくないんだよ?」 「……どうして、そんなに言ってほしいの?」 「おまえ、その言い方はずるくないか?」 エディは普段、バカだのアホだの散々な言われようだが、どうしてだかこんな時ばかり妙に鋭い。金色の髪を楽しそうに指で弄びながら、にこにこ笑ってさらりと告げる。 「おれが聞きたいからだよ。だから、いいだろ?」 「理由になってないよ……」 「おれの中では、じゅうぶん理由になってるけど」 「…………」 反撃の手段を失って、レオナルドは言葉に詰まった。顔をうつむかせ、視線をさまよわせ、現在地はエディの腕の中。こんなことになるなら甘やかすんじゃなかったと、レオナルドはほんのちょっぴり後悔した。近くにいることや触れられていることに、すっかり安心してしまっていた自分が言えたことでもないのだけれど。 そんなレオナルドをじっと見つめながら、エディはエディであれこれと思いを巡らせていた。結局なにがへるんだろう、だの、やっぱりだめかな、だの、少しやせたかな、だの、目の前の恋人とは対照的に、いまいち要領を得ない考えごとではあったが。 「レオナルド」 「…………」 返事は無い。二人きりの部屋の中、時間だけが実際のそれ以上にゆっくりと過ぎていく。 もう一度、とエディが口を開こうとした、その時。 「……目」 「は?」 「……目、瞑ってて」 ぽつりと、ほとんど消えてしまっているような声で、レオナルドは呟いた。目、瞑ってて。エディの理解を楽に越えていた発言に、少年は不審そうな視線を向ける。 「目? なんでだよ」 「……恥ずかしい、から……」 「! 言ってくれるのか!?」 レオナルドの思いがけない返事に、エディはぱあっと笑う。対するレオナルドは、ずいぶんと落ち着きのない様子で狼狽えるだけだ。そんなに喜ばなくても、という独り言は、その言葉の通りに、エディには届かずに消えた。 「なあ、本当か!?」 「う、うん……だ、だから」 「おう! わかった!」 レオナルドの発言の意図についてはあまり深くは考えていないのであろう、エディはそれ以上何の疑問も抱かず、さっさと目を閉じた。視界を暗闇で塗りつぶすと、耳や、指先で何かを触る感覚が、いつもより研ぎ澄まされたような、そんな気がした。衣擦れの音が聞こえる。 しばらく黙ったままでいると、ふいに、腕の中の身体が動いた。首の横を通り、頭の後ろを捕まえられる。 そして。何か押しつけられた、胸の圧迫感。頬をくすぐる、さわりなれたなにか。唇をふさいだ、なにか。不自由な、吐息。 頭の中が、その瞬間、真っ白になる。 驚きに思わず目を見開くと、それは既に終わっていて、レオナルドが相変わらず真っ赤になりながらエディの腕の中にいるだけだった。それだけなら、まるで時間が巻き戻ったかのようだ。だけど、だけど 「……レオナルド?」 「……っ、だ、だって……! やっぱり、その……恥ずかし、くて……」 何を尋ねたというわけでもないが、レオナルドは勝手に言い訳を並べ始めた。とりあえず、頬に手をかけこちらを向かせてみる。レオナルドはエディを、おそるおそるといった様子で見上げた。だから、そんな上目遣いは困るんだと、エディは思った。 唇を指でなぞってみる。びく、とはねる華奢な肩が、エディの漠然とした問いかけへの答えだ。 「……こ、これじゃ……だめ……?」 「……。いや。だめ、ってか……」 ようやく理解が現実に追いついて、エディはだんだんおかしさがこみ上げてきた。そのまま遠慮なく声をたてて笑い始めると、レオナルドは恨みがましそうに目をつり上げてエディを睨んだ。 「こっちの方が、よっぽど勇気がいると思うんだけど」 「……うるさい。ばか……」 今更、逆恨みもやつあたりも無駄だ。エディは満面の笑みで、すっかり不機嫌になってしまった腕の中の恋人を、強く強く抱きしめた。
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