通学路 おまけ
 アイク隊が、到着した。
 その報せを聞いた瞬間、エディは天幕の準備を放り出して駆け出していた。一緒に支度をしていたブラッドが何事かと声をかけたが、構う余裕なんか無かった。
 導きの塔へ至る橋のこちら側で、ミカヤがアイクと話しているのを見かけた。ああ、本当に、到着したのだ。ならば彼もいるはずだと、エディは辺りを見渡す。
「……!」
 見間違えるはずもない。陽の光をはじいてきらめく金糸が、遠くで揺れている。
 逸る気持ちを抑えきれずに、想いは、声というかたちを持って。
「……レオナルド      ッ!!」
「! わ……っ!」
 走ることすらもどかしい。エディは後少しという距離になると、思いきり地面を蹴ってレオナルドに抱きついた。
 その勢いでレオナルドの身体は後ろに揺らぎ、倒れそうになったけれど、誰かがそれを支えて止めた。抱きついて離れないエディは、そのことには気づかなかった。
「レオ! ひさしぶり!」
「エディ。……うん、久しぶり。……怪我は? してない?」
「おう! 全然平気! おまえは?」
「僕も、大丈夫。……無事で、良かった……」
 安心したように息を吐いてやわらかく微笑むレオナルドは、別れる前とほとんど変わりが無いように見える。無意識に張り詰めていた気が緩んで、エディもまた大きく息を吐いた。
 出会ってから今まで、こんなに長い間離れ離れになったことは無かった。何かが足りずに喘いでいた心が、求めていた体温を手に入れて満たされていく。
「レオ……」
「……っ、……エディ、痛いよ」
 力任せに抱きしめていると、腕の中のレオナルドが控えめな力で肩を押し返した。本当は放したくなかったけれど、痛いと訴えられては仕方が無い。
 最後に一度だけ、いちばん強く抱きしめて。肩にうずめていた顔を上げ、エディはレオナルドから、きちんと離れる。
 間近で視線が合い、なんとなくお互い笑ってみせた、   その時。
「おい。ガキ」
「!」
 頭の上から降ってきた声に、エディは驚いて顔を上げた。続いてレオナルドが、ゆっくりと振り返る。レオナルドの背後。エディは夢中で気づかなかったが、その人は、最初からずっとそこにいた。
 見上げる程の高い背丈。長い真紅の髪、不機嫌な目つき。エディは不思議そうに一人、首を傾げる。
「……?」
「シノンさん。……あ、あの、すみません。さっき、ありがとうございました」
「……ああ。んなもん、どうでもいい。怪我は無えんだろ?」
 立ち位置と会話から察するに、どうやら先程、エディがレオナルドに飛びついた時に倒れかけた身体を支えたのは、その人であるらしい。
 見たことがあるような、無いような。しかしエディはそんなことよりも、その人と話すレオナルドが、やけに幼く微笑むことが気になった。
 褪せた色合いの瞳を見ていると、急に、機嫌の悪い視線がこちらを向いた。
「……。なん、だよ」
「……。」
 あからさまに睨みつけられて、エディは思わず反抗したが、答えは返らない。
 そして。
      っ!?」
 ガスッ、と。妙に小気味良い音が響いた。……エディの頭、から。
「……っ、ってぇ……!」
「エ、エディ……! ……だ、大丈夫……?」
「手加減してやったからな。ありがたく思えよ」
 頭を押さえ、痛みに顔を顰めるエディ。彼の髪を、おろおろと撫でているレオナルド。ぐ、と握った拳を解きながら、なぜかとっても満足そうなシノン。
 シノンが、エディを、殴ったのだ。どう考えても、手加減とは言えないような力で。
「なに、すんだよ!? なんで、殴られなきゃ……!」
「少しは自分で考えろ!」
 反論に出たエディを一言で封じたシノンは、一度だけレオナルドを見下ろして、その後は何の未練も無くその場を立ち去った。
 消えた背中にも気を取られているレオナルドを捕まえて、エディは子供のように言い募る。
「レオ。何なんだよ、さっきの人!」
「その……。シノンさん、っていって。アイクさんの傭兵団の、狙撃手の……。
 いつもは、あんなこと、しないんだ。……どうしたんだろう……?」
 殴られたところを撫でる手は優しくて、心配そうに向けられる瞳も揺れている。だけど意識のいちばん端が、全然違うところへ引っ張られている。
 心が狭いとわかっていながら、エディはますます不機嫌になった。


「……まずは謝れ、とか。
 離れただけであんな状態にさせるような関係でいるんじゃない、とか」
 横から聞こえる声にうんざりとしながら、シノンは盛大に溜息を吐いた。別に、隣にいる少年が嫌だとか、そういうわけではなくて。嫌なのは、うんざりだ、と感じる自分だ。全部図星なのだと、二重に理解させられている気がするから。
「言わなくて、よかったの? 言わなきゃわからないよ、たぶん、あのタイプは」
「……あのな、ヨファ。……そんなんじゃねえよ。大体な……」
「よく言うよ。わざわざ殴りに行ったくせに。関係無い、なんて済ませそうなのにね」
 ヨファはシノンの痛いところを、遠慮もせずにざっくりと突いていく。なんでこんなふうに育ちやがったんだ、と頭を抱えつつ、シノンは次の言い訳を探した。意味の無いことだとわかっているけれど、言い訳くらいしておきたいのだ。
「あーあ。兄弟子気分で、ちょっと楽しかったんだけどな」
「オレの弟子はおまえ一人で十分だ。
 オレは結構清々したぜ? 面倒なのが、いなくなったからな」
「そんなこと言って。どうしてシノンさんってさ、優しいことは秘密なの?
 食事の時とか、ずーっとレオナルドの隣にいてあげてたよね。知ってるよ、ぼく」
「……。……何で、そんなとこまで見てんだよ……」
 オルグさんって人も一緒だったから、すごく変な光景だったよ、とヨファは続ける。おとなしい、気の弱そうな少年。右手には機嫌の悪い三十路の男、そして左手には寡黙な狼。
 確かに、それはさぞかし異様な光景だったろう。ちなみにそのシノンの隣には、いつもヨファがいたのだが、さておき。
 シノンの顔を覗き込み、ヨファは世間話の軽さで、さらりと言う。
「べつに、いいんじゃない? たまには、また、話しにいっても」
「……冗談じゃねえ。もう、オレが面倒見る間でも無えだろうが。
 気になったのは、あの顔がうっとうしかっただけなんだからよ……」
 真っ白い雪。真っ赤な花。直前まで生死を奪い合っていた、皇帝軍とデイン軍。
 少年にとって自分達は、嫌悪か、憎悪か、恐怖か、どれかの対象だったのだろう。この中に無くたって、少なくとも、良い感情は無かったはずなのだ。
 なりゆきで、たった一人だけ。元敵軍の中に放り込まれてしまった。見知った顔触れはあったようだが、懇意にしていた親友とは離れてしまった。
 大丈夫、大丈夫、と何度も自分に言い聞かせながら、崩れそうな何かを守って、怯えていた。
「ふうん。……じゃあ、良かったよね」
「ああ? 何がだよ」
「シノンさんの言う、うっとうしい顔、が無くなって。安心した?」
 悪びれも無く、にっこりと笑いながら言ったヨファ。シノンはほんの一瞬、その表情を強張らせた。
 隠れている本音を見透かされたようだった。もう、言い訳をする気力も起こらない。
「……おまえ、何でそんなに性格が悪くなったんだ?」
「師匠が優秀だからじゃない? おかげで助かってる」
 本当に、そんな気力も起きなくて。がっくりと項垂れたシノンがふと逸らした視線の先には、すっかり見慣れてしまった姿があった。
 年相応に笑い、じゃれあっている姿を見て、どこか安心した自分に呆れたけれど、年若い弟子には気づかれているのだろうから、もう隠しはしなかった。

-END-

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(07,05,13)
ヨファがこんな子ではないとも知っています。

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