「うわっ! ……ミカヤ! 何、そいつ?」
「……。……犬だ」
砂漠を渡っていたある日、ミカヤとサザが連れてきた彼に、素直な驚きの声を上げたのはエディだった。見る者を圧倒する黒い身体、黒い瞳。恐怖すら湧き上がって来そうな姿を視界の端に入れながらエディの声に答えたのはミカヤではなく、常に彼女の隣を守っている青年だった。相変わらず、潔い程に淡々とした様子で。
「犬……? ……犬にしては、何だか……」
「ミカヤの小鳥と似たような人で……。その、一緒に行きたい、……らしい」
「ユンヌと? ふーん。じゃあ、すげえ犬なんだ!」
ノイスの訝りはサザの不器用な説明と、エディの、あまり深くは考えていないのだろう声に破棄された。奇跡の力で人々を守る銀の髪の乙女。そんな彼女の声を理解する小鳥。それと同じと言われれば、どんな特別な力を持っていても、何もおかしく無いように思えた。犬、と紹介された彼は、少なくとも他人の目には、ミカヤを守っているように見えたのだ。
「ミカヤ。こいつ、何ていうんだ?」
「あ、うん……。オルグ、さん……って、いうの」
何故か終始困った顔をしていたミカヤが告げた名は、確かに彼の口から告げられたものだった。ただ、そのことを、周囲の者達が知らなかっただけで。
「一緒に、戦ってくれるって。だから……よろしく、ね?」
犬らしい愛想も無く、吠えたてることも無い彼を、何の疑いも無く見つめる瞳があった。多少の怯えはあるものの、許容はしているやわらかな視線。
反ラグズ感情の強いデインの民に、本当のことが言えるはずも無いのだ。
やがて、義賊と称されていた者達が正式に軍の名を掲げるようになった頃、一つの確執がやってきた。ラグズ奴隷解放軍の首領であるという炎の賢者、付き従うような二人のラグズ。
ラグズがデイン軍の中にいても、誰もオルグのことを疑わなかった。半化身というものの存在を知る者はミカヤとサザの他にいなかったし、なによりも、重ねた戦闘の中で、デイン軍
特に暁の団である少年達は、ぎこちないながらも、確かな信用をつくりかけていたから。
だから一部の者は、オルグの正体以上に驚いたものだ。
……まさか、あの彼が、あんなふうに激するなんて。
「……! な……っ!」
彼らが彼らの国を取り戻してから数日。ミカヤは元の仲間達を集め、その前で、オルグに半化身を解くよう告げた。いつまでもオルグの正体を隠してはおけないだろうという考えもあったし、もしかしたら、という思いもあった。
確かにデインは、ラグズ差別が根づいた国だ。けれど、祖国解放を共にした、今ならば。もしかしたら、元の仲間達ならば、わかってくれるかもしれない。
「……オルグ……?」
「……嘘……。……だろ?」
大きな前足から光がはじけて、彼の見た目は変わっていく。整ったかたちの手、面影を残した黒髪。やがてそこには、元の黒い犬
正確には狼だ
の姿は無く、代わりに立っていたのは、しなやかな筋肉をつけた褐色の肌の青年だった。
「隠していたことは、謝るわ。でも、驚かないで……聞いてほしいの」
ミカヤの声にかろうじて意識を引き戻され、そちらに顔を向けたのはノイスだけだった。後の少年達、少女達は皆一様に、一人の青年に視線を注いで離れない。隠せない驚愕を一瞥する瞳だけが、知っていた姿と変わらなかった。
「あのね、オルグさんは……」
「……半獣、」
無意識的に呟かれた、けれど確かに全員の耳に届いたそれに、ミカヤはびくんと肩を竦めた。慌てた様子で声の持ち主を探す。
探し当てたその人は、夜の色を佩いた瞳で、真っ直ぐにオルグを睨んでいた。
彼の穏やかな人柄からは、想像も出来ない程の激しさで。
「何で……、何で、半獣が、こんなところにいるんだ!」
「あ……っ、」
それだけを叫んで、彼は背を向け駆け出した。聞く耳も持たず逃げ出した彼の背中に、エディはほとんど反射で声を飛ばす。
「おい、待てよ……!」
普段なら立ち止まったであろう彼は、それでも足を止めなかった。彼の顔に浮かんでいたのは、驚愕ではなく、恐怖でもなく、純粋な嫌悪だった。そんなものを向けられたのに、オルグはその精悍な顔立ちに大した変化を見せなかった。何も言わずにただずっと、その場に佇んでいただけで。
青年の無口、無言が、当たり前のものであるとわかるのは、まだ少し先のことになるのだが
。
「待てってば
レオナルド!」
エディの声は届かず、レオナルドは見えないところまで逃げていく。
空には、綺麗な月が浮かんでいた。
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(07,03,29)
ひどいタイトルです。ごめんなさい……。