「いいんだよ、これから冬なんだから、鍋する機会なんかいくらでもあるだろ!」
「それにしても買いすぎです! 週一で鍋する気ですか!? 週一でやっても一冬越せます!」
鍋の具材が盛られたボウルを適当に抱え、骸に続いて廊下に出る。獄寺くんが帰ったらしく、和室から派手な言い合いが聞こえてきた。
「あっ、10代目! ただいま戻りました!」
「ああ、うん、おかえり。それであの……この床の上に高層ビルの如く乱立しているポン酢は一体……」
低いのやら高いのやら、黒い液体の入った小瓶が、ボウリングできるくらいの本数畳の上に並べられている。これは確かに一冬越せるな。
「申し訳ありません。10代目のお母様がご愛用のメーカーのものがなかったので、とりあえず全て買ってきました」
「なんでそこで全部買ってくる選択肢なんだよ!?」
そしてなんでそんな笑顔なんだ。もしかして獄寺くん的には今のは褒められるべきポイントなのか。
「これだけあればどれか気に入って頂けるものがあるかと思いまして!」
「いいよそんな気遣い! オレそんなにポン酢にこだわりないから!」
というか、一つ一つ比べてみても、多分違いが分からないと思う。そんなオレの後ろで、コンロに火をつけながら骸が呟いた。
「バカ舌ですもんね」
「いや、庶民なだけで味音痴なわけじゃないから!」
「てめぇ10代目に向かってバカとはなんだバカとは!」
「そうですよ、バカは獄寺さんです!」
「なんだとこのバカ女!」
……ああ本当に賑やかなだなぁうちは。これが普通のマンションだったら、ご近所から苦情が来てるところだ。いやぁ普通じゃないマンションでよかったよかった。うん、よかっ……た……。
いや、現在と今後の状況を嘆いて一人旅に出そうになってる場合ではない。言ったら絶対に怒られるから言わないけど、獄寺くんとハルの口喧嘩は、喧嘩するほど仲が良いってやつだ。放っておいても深刻な事態には繋がらない。けど、そろそろ腹も減ってきたことだし、止めるべきだろう。
「いいよいいよ、どうせまた鍋はするんだし。ほら、そろそろ始めよう」
「そうっスね、10代目!」
「はひ! すみません!」
こうして、一応素直に言うことを聞いてくれるのが二人のいいところだ。若干二名ほど、全然聞いてくれない人がいるからなぁ……(※トンファーの人とボクシングの人)。で、若干一名は、素直に聞いてるふりして後で倍返ししてくるからなぁ……(※今鍋の中に昆布を投入してる人)。
「あのさ、オレ、雪見鍋って食べたことないんだけど、どんなもんなの?」
「あ、ハルもです! そろそろ教えてくださいよ〜」
鍋を覗き込むと、まだ沸騰していない湯の中に、今骸が入れていた大きな昆布が一枚。
「そうですねぇ……」
小さな泡が次々昇ってくるのを見て、骸が昆布を取り出す。そこに、醤油を少しと、クロームから手渡されたカップの中身(多分匂いからして酒だ)を注ぎ、蓋をした。
「綺麗な闇鍋って感じですかねぇ」
「なにそれ!?」
「大丈夫ですよ、今回は変な物は入れませんから。ほら、ここに並んでるものだけ」
並んでいるのは、白菜、ネギ、しいたけ、鶏肉など、ごくごく普通のものばかりだ。チョコとか深海魚とかスリッパなんかは見当たらない。
「ま、まぁそれなら……」
「今回はね」
「だからなんでお前はいつもそうやって不安になるような一言を最後に付け足すんだよ!」
くつくつとダシ汁が沸騰する音がして、骸は鍋の蓋を取った。そこに、クロームが大皿から野菜を入れていく。
「ここらへんのも入れちゃっていいんですか?」
「ええ、適当に入れてください」
野菜の次に、ハルによってまとまりのないタンパク質群が投下される。
「はい、綱吉くん」
そして、オレには大根おろしの入ったボウルが渡された。
「この白いのを、上にぶっかけてください」
「なんかヤな言い方だな……。こう?」
クロームに菜箸を渡され、我ながら不器用な手付きで、鍋に大根おろしを入れていく。
「ボス、そうじゃなくてもっと全体的にぶっかけて。ドバッと」
「クロームが言うとなんか更にヤだなぁ! こう?」
かけるというか、流し込むように鍋の表面を大根おろしで覆っていく。先ほど入れていた野菜や肉は見えなくなり、鍋の中は大根おろし一色になった。そこに、骸がもう一度蓋をする。
「これで、大根おろしが煮えれば出来上がり」
「なるほど、それで雪見鍋って言うんですね!」
何やら納得したようにハルが頷いている。が、オレにはさっぱり分からない。何がどう繋がって、『なるほど』なんてせりふが出てくるんだ。
と、いう気持ちが顔に出ていたらしい。骸が、やれやれとため息をついた。
「まったく君は、想像力が欠如してるというか、風流を解さないというか……」
首を振り、手を広げて肩を竦めるという動作付きである。そのときどき出てくるイタリアンなオーバーアクションが激しくムカつくんだよ。あ、もしかしてオレをムカつかせるためにわざとやってるのか?
「ツナさん、ほら、大根おろしが鍋を覆って、雪が積もったみたいでしょ?」
「ああ、なるほど、それで雪見鍋」
「説明してもらわないと分からないとは、無粋ですねー」
うわ、鼻で笑いやがったよコイツ。
「おいコラ骸、10代目は現実主義者なんだよ! そういう甘ったれた比喩表現はお好みじゃねーんだ!」
いや、何が甘ったれてるのかよく分からないし、比喩表現に好きとか嫌いとかないから。現実主義者なのは確かだけど。
「それはそれは。夢想家の僕に言わせてもらえば、非常につまらない人生だ」
だからなんでお前はいちいち物言いが芝居がかってるんだよ。
「骸さん、夢想家なんですか。英語で言えばロマンチストですね!」
なぜ英語で言う。
「そうです、ロマンチストです。何度も転生を繰り返して、非業の最期を遂げた恋人の魂を探しているほどのロマンチストです」
なんだよそのキャラ設定。初めて聞いたよ。
「乙女のロマンですねー!」
ハル、目の前にいるのは乙女じゃないから。水槽の中に繋がれてて暇だからってフラフラと三途の川のほとりまで散歩しに行く上にマジもんの凶悪大量殺人犯だから(ハルは知らないけど)。
「ロマンチストとしては、やはりここで雪にちなんだあのお約束の台詞を言っておかねばならないでしょうね」
そう言って、骸は大げさな仕草で前髪をかきあげた。ハルがごくりと喉を鳴らす。クロームはコンロの火の調節をしている。オレと獄寺くんは、骸とハルを無視し、人数分の小皿にポン酢を入れる作業を始めた。
「僕は雪が好きです。……雪は、この世の全ての醜さを覆い隠してくれるから……」
「はひー! お約束です!! 骸さんすごいです!!」
なにがすごいんだ。なんでそんなに大興奮なんだ。
「10代目、皿、六枚でいいんですよね?」
「えーと、オレと獄寺くんとハルとクロームと骸と山本と……六人だね」
「そういえば山本の野郎遅いっスね」
「うん、でも山本のことだから多分」
「骸様、そろそろいいみたい」
そう言って、クロームが鍋の蓋を開けたちょうどそのとき、
「よっ、ツナ」
襖が開いて、山本が顔を覗かせた。さすが山本、タイミング良過ぎな登場である。
「両手塞がっててチャイム押せなかったから、勝手に入っちまった。悪ぃな」
「そんなの今更じゃん。っていうかビール買いすぎ!」
まさか全部が全部とは思わないが、両手に一つずつ、ずっしりと重そうなビニール袋を提げている。
「ビールだけじゃなくて日本酒とか酎ハイとか色々買ってきたぜ。冷蔵庫に全部入るか心配だなー」
そう言いながら台所に向かう山本の背中に、今夜(というか明日の朝方か?)の惨状の予想図がダブって見えたような気がした。今日はチビたちが来ないから、好きなだけお酒入れちゃっていいよー、と、言ったのはオレだけど、それにしても、一体どんなことになるんだろうか……。
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