葦浦迷宮案内08
3階の阿郷の部屋に再びやってきた榎戸と須根。
部屋の気になったその部分を見て、やはり、と確信する。
「犯行は朝ではないな」
「ですね。―――とすると・・・」
2人は、あ、と顔を見合わせる。
「ど、どうしたんですか」
他の全員が息を切らしながら追いかけてきた。
「犯人がわかったんですよ」
「えっ、もうですか??」
驚いた福武に榎戸が笑いかけると、またその間に須根が入り込み「ええ、わかりました」と告げる。
(なんなんだよこの上司!!)
須根が斜め横顔の黒い笑顔を見せるので、やはり確信犯だ。いっそお前が犯人だ、
と榎戸は言いたかったが、それを抑えて、ついでに胃の辺りも押さえた。
気を取り直して、榎戸は部屋から、廊下の全員の方に視線を移す。
廊下、といっても階段の踊り場と直結しているのでかなりの広さはあった。
榎戸は、一度息を吸い込むと、大きな声で言った。
「犯人はこの中にいます!!」
ああ、言っちゃったよ、こんな漫画のようなセリフ・・・!
そう自分につっこみつつも、ちょっと嬉しい榎戸。
元はといえば、推理や探偵に憧れて刑事課に希望を出していたのだ。
とはいえ、事件といえば泥棒やいざこざばかり。
まさかこのセリフを言う時が来るとは、夢にも思わなかった。
「早く言ってくれ、誰なんだ?阿郷さんを殺した犯人は!」
瀬中が焦りながら言った。
榎戸は須根がうなずくのを確認してから続ける。
「犯人は―――」
一同はごくりと咽をならす。
「―――あなたです、踝さん!!」
うわ、言っちゃった、漫画のセリフ第2弾!
周りの反応が、またこれも漫画のようで、榎戸は少し酔いしれたりした。
「ま、待ってください、どうして私が・・・朝だって五時半頃から福武さんを手伝って
朝食の準備をしているんですよ」
踝は慌ててアリバイを主張する。
「ええ、その時間は確かに僕を手伝ってくださいました」
福武も踝に助け舟を出す。
「ところが、犯行は朝―――少なくとも阿郷さんが起きてからではないんですよ」
ざわつく一同を前に須根が言うと、一同は耳を傾ける為に静かになった。
それを見てから榎戸がまた話し出す。
「窓辺のガラスの破片を見てください」
「?あれが何か?」
「朝、カーテンを開けた後であれば、ゴルフクラブで外から割られたガラスは部屋の中に飛び散るはずです。ですが、窓辺以外にガラスの破片が飛び散った形跡は無い。それはブラインドカーテンが下ろされた状態でガラスが割られたからでしょう」
「あ!」
全員がハッとした反応を返す。
「犯行時刻だと思われていた朝も、そして夕食会が行われていた夜も、私たちはガラスが割られた音など聞きませんでしたよね。それは何故か」
「ああ、確かに、こんな豪雨の中だって同じ建物の中なら誰かしら気付いていただろうねェ」
「そういえば、そうですよね」
米神に布久萩が頷く。
「皆さんは夕食会の時、部屋に流れるBGMが煩いとは感じませんでしたか?」
「ああ、確かに大きな音だとは思ったな。・・・まさか?」
「ええ、あれはある音を隠す為のものだったんですよ」
榎戸はにやり、と笑って言う。
もう逃げ場が無いところまで推理をしているんですよ、とでも言うように。
しかし踝は未だに逃げ道を探している様子で、考えをめぐらしているのか、瞳がきょろきょろと動いていた。
「ねぇ、踝さん、あなたは最初から阿郷さんを殺そうなんて考えていなかったんじゃないですか?」
須根が突然話題を変えた。
それに対して踝ははっとなって顔を上げる。
榎戸に代わって、今度は須根が話し始めた。
「あの大きな音のBGMは、金庫を開ける音をカムフラージュするため、だったんですよね」
「それを、阿郷さんは気付いて部屋に戻ってきてしまった・・・」
榎戸が須根の後を継いだ。
「見つかってしまった踝さんは、どうしたら良いかわからなくなり、近くにあったゴルフクラブで阿郷さんをテラスまで追い詰め、殺害した―――」
「それから朝まで考えたあなたは、阿郷さんを起こしに行くフリをして、部屋のカーテンを開け、時計の針を6時半に回して、犯行時刻をごまかそうとした。違いますか?」
「待ってください、私は金庫の暗証番号なんて知りません。毎回主人が違う番号を設定しているんですよ」
ここまで推理されているのに、まだ抵抗をするつもりなのだろうか。
榎戸たちの推理はつじつまがしっかりと合っているというのに、踝は反論をやめずに逃げ切ろうと必死だ。
「確かに、現金を別荘まで持ってくるような人が、誰かに暗証番号を話すとはかんがえられませんもんね」
福武が首をかしげた。
0から9まである数字を4桁押して開ける扉。勘でやって当たるものではないし、片っ端から試していては時間がかかりすぎる。
「そんなのは実はけっこう簡単なんですよ」
榎戸は指を立てる。
「踝さん、この別荘の掃除もあなたがなさっているんですよね」
「え、ええ・・・」
「一度綺麗に文字盤を拭き、阿郷さんが金庫の扉をロックした後、指紋の付いているボタン4つを
組み合わせて、後は順番に試していけばよいんです」
「旅館やホテルで金庫が盗難にあうのは、この方法を使っていたりするんです。皆さんも気をつけて。文字盤は一通り全部触っておいたほうが良いですよ」
もしくは一切触った形跡を残さないか。
もののついでに警察として安全指導をする須根。今ここでか。
「どれをとっても踝さん、あなたにしか出来ない犯行なんです」
あきらめてください、と榎戸が言う。
どちらにせよ、雨がやんでJAFが来て助けを呼べば、警察が来てすぐに尻尾はつかまれていただろうが。
「・・・くそ!」
もう逃げ場の無くなった踝がとたんに人の変わったように叫んだ。
そして、
「危ない、榎戸!」
「えっ!?」
きゃー、と布久萩が叫ぶ。
踝に一番近付いていた榎戸が人質にとられたのだ。
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