葦浦迷宮案内05
ホールに戻ったところで、それぞれの自己紹介が始まった。
全員が顔見知りではないし、この中に犯人がいる可能性があるから、
とりあえず皆自分の素性を明かすことにしたのだ。
その中には料理人の福武の姿もあった。
事情を聞いて、かなり怖がっているようでもある。
この中で一番の年齢に近い青年だ。
短髪で料理よりも運動の方が似合いそうな、さわやかな青年である。
ちょっとかっこいいかも、なんて思ったのはの秘密だ。
「さて、順番に名前、それから阿郷さんとの関係を言ってもらおうか」
仕切ったのは50代の男性。
自分の自己紹介を最初にする。
「まず、俺は瀬中博文(せなか ひろふみ)。野鳥の会の会員だ。
阿郷さんが以前泊まったペンションのオーナーだ。鳥の話で盛り上がって、勧誘された」
なるほど、山の男、という感じがする。
がっちりした体系に濃い目のヒゲ。登山者ルック。
この人の料理はきっとおいしいだろう、とは勝手に想像した。
「次は私ね。私は布久萩京子(ふくはぎ きょうこ)。30歳。
2年前にこの葦浦野鳥の会に入って以来、阿郷さんにはお世話になっているわ。鳥のことをたくさん教わったの」
彼女は踝と電話をかけに行った人物。
気が強そうな女性だ。キャリアウーマン風である。安らぎを求めて入会、とのこと。
次に名乗り出たのは、30代の男。
細くて眼鏡をかけた、神経質そうな男だ。
「僕は飛座渉(ひざ わたる)、34歳。鼓史商事(こししょうじ)のサラリーマン。
この野鳥の会に入ったのは暇だったから」
「そんなこと言ってる割には楽しそうに見えたけどなぁ」
隣にいた70代の老人がにこにこという。少し太っていて、優しそうな老人である。
その発言に飛座は老人を睨んだ。
「わしは米神。米神善之助(こめかみ ぜんのすけ)。阿郷さんはこんな年寄りの楽しみをよくわかってくれたよ」
「次は私だね」
60代くらいの女性だ。少し恰幅がよく、元気でチャキチャキとした、いわゆるオバチャンの雰囲気をかもし出している。
「私は繭睦美(まゆ むつみ)。67歳。
息子達が巣立ってから、自由な時間が増えてね。それでここに入ることにしたの。
この中では私が一番この山に近いところに住んでいるのかしら。地元の町よ」
とりあえず、野鳥の会の会員は以上だ。
「それでは、私も一応。踝鉄男(くるぶし てつお)と申します。
10年ほど前から阿郷さんに仕えさせていただいております。この別荘ではお客様案内の他、
掃除なんかも担当しております・・・」
踝は未だにショックから立ち直れずに青い顔をして覇気無く言う。
昨日のあの優しくふんわりした笑顔は見られなかった。
「福武健二(ふくぶ けんじ)。27歳。
阿郷さんの料理人です。一昨日から阿郷さんと踝さんとこの別荘に来ていました」
緊張して少しうつむいた顔もかっこいい、とは見逃さない。
「じゃあ、僕らも自己紹介しよう、部屋が散らかりっぱなしの」
突然話を振られ、ははっとなった。
すでに失礼な紹介をされているが。
「え、ええと、部屋のキレイなです。
青梅警察の刑事です。有給で旅行に来るはずが、そこにいる須根さんに巻き込まれてここにいます」
「はっはっは、僕によって人生が変わってしまったみたいだね!」
「ああもう憎らしい上司のこの人が須根勝也(すね かつや)29歳です。趣味は他人をおちょくることでしょうか」
「ご紹介に預かりました須根勝也です」
にっこりとさわやかに笑って須根が皆に挨拶をする。
早くも布久萩京子は須根マジックにやられてしまったようだ。
(ルックスだけはよいからなぁ・・・)
などと罪作りなこの男をこっそり睨んでやった。
「あ・・・」
突然米神善之助が言った。
「何ですか?」
聞き逃した情報かと、は米神に注目する。他の皆も然り。
「ここにいる皆の名前・・・せなか、ふくぶ、くるぶし、ひざ、ふく(ら)はぎ、まゆ、あご・・・そして私こめかみ・・・」
「!!この中に仲間はずれがいるな・・・」
一人体の一部でない名前のが皆から注目された。
「本望ですよ!!そんな仲間に入りたくないし!」
「ははは、は仲間はずれか!そういう僕もスネだよ、スネ!」
須根は自分のスネの部分を指差し、暢気に笑っていた。
「僕らは仲良くしましょうねー」
「小学生ですか、須根さん!それより、早く犯人を見つけましょう!」
の一言で本題に戻る。
結局話し合った結果、瀬中・布久萩・繭・米神の4人が屋敷内に誰かが隠れていないか点検に回ることになった。
・須根は刑事として阿郷の部屋の状況を見に行くことにする。
だが、もちろん二人にも平等に疑いはかかっているわけで、
なにか証拠隠滅を図りはしないか見張る役に飛座・踝・福武が付けられた。
それぞれ二手に別れ、行動開始。
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