葦浦迷宮案内  04







と須根はそれぞれ用意された部屋で眠った。





朝、ホテル並みの客室、その寝心地の良さにまどろみながらもは「宿泊代は渡すべきか」について考えていた。
それほどの待遇。
ただちょっと泊めてもらいました、というよりは軽くホテルに一泊、な感じだったから。









耳に届く音は今日も雨。それも昨日と引き続きの豪雨。








これではもう一日お世話になるしかないのだろう、と色々諦めた気持ちでもう一度目を閉じる。
せめて昨日のうちにお世話になるはずだった旅館と、車のタイヤを直してもらう為にJAFに電話をさせて
もらえて良かったと思う。JAFには地理的に雨が弱くなったら、と言われたのだが。
それでもやるべきことをやった分、少しは気分が滅入らなかった。






うとうととしていると、突然悲鳴が聞こえた。






多分、踝だ。



は尋常でないその声に、ハッと目が冴え、部屋から飛び出す。
事件だ、と直感する。
本人は気付いていないだろうが、せっかくの有給休暇だというのにすっかり仕事の顔に戻っていた。



扉を開けると、他の客室にいた野鳥の会の皆さんも出てきていた。
なんだなんだ、と騒ぎながら、最初に移動を開始した者に続く。もそれに便乗した。




そして、2階に踝の姿を発見する。



踝は腰が抜けたような様子で、やっとのこと部屋から這い出してきた感じだった。


「どうしたんですか」


全員よりも先に到着していた須根が踝に声をかける。
踝は無言で震える指を部屋の中に向けた。


須根は中を見る。


その隣からも顔を覗かせた。


「!!」




部屋は荒らされていた。


机や床の上には紙類が散乱して、壁に飾られていたであろう写真は下に落ち、額縁が壊れている。
棚や窓ガラスも割られて粉々に散らばっている。それから、とにかく色々なものが無造作に転がり、
何か異常事態が起こったことを物語っていた。


そして、ふすまひとつ分くらいの鉄の扉が開きっぱなしになり、外から激しい雨が振り込んでいた。
その薄暗い景色の中、地面の辺りに人の腕が見えた。


その腕は阿郷のもので、彼に今意識が無いことは誰の目にも見て取れた。







つまり、事件だ。







傷害事件ではなく、殺人事件だ、と全員が予想する。


須根が動いた。
ゆっくりと部屋の中に入っていく。証拠になりえる部屋の全てに触れることが無いよう、慎重に。


それに続こうとした野鳥の会の会員達をが止める。


「皆さんはここでお待ち下さい、我々が調べてまいりますんで」
「は、あんた、何言ってるんだ、こんな・・・」


こんな状況で、と困惑した表情で訴えたのは30代くらいの男性。


「申し遅れました。私は青梅警察署の刑事課のです。あちらが須根。この部屋にはこの部屋をこんなに
した者の手がかりが隠れているかもしれないし、もし犯人がいるならここに隠れている可能性もある、
だから皆さんはここにいらしてください」


会員達はどうしたらよいのかわからず、とりあえずの指示に従うことにした。


「それから踝さん、どなたかと一緒に警察に電話を」
「は、はい!!」
「私が行くわ」


踝はよろよろと立ち上がり、手を挙げた若い女性と共に、下の階へ向かった。


は須根の後を追う。
すごい勢いで散らかっている、と思った。


、ガラスの破片が多い」


気をつけろ、と伝えているのがわかる。
とはいえガラスは、窓辺に沿って積もるように破片が落ちているだけなので、それほど危なくは無かった。
はい、と答えてもバルコニーに出た。


バルコニーも屋敷同様に広かった。
鉢植えの花や植木など植物が多い。


すでにびしょぬれになった須根がかがんでいるその下には、阿郷が横たわっていた。




命を失った生物特有の、「ただの物質」的な存在感。
もう生きていないということなどすぐにわかった。




「死因は多分頭の強打だな」




おびただしい量の血痕が残っている。
そのほとんどが雨によって流されてしまっているのだが。


はその頭部を一度見てから目をそらした。
そらした先で、不自然に落ちているゴルフクラブを見つける。


「須根さん」
「ああ、可能性が高い」


の言いたい事を汲み取って須根がうなずいた。
だが、可能性を確定させるのは今の自分達がするべきでない。


二人は一度部屋の中に戻る。


「どうなんだ、あれは阿郷さんなのか!?」


30代の男が戻った二人に飛びつくようにして聞く。


「・・・ええ、そうです」
「そんな・・・・・・」


が少し迷ってから告げると、男はよろめいて後ろの壁にもたれかかった。
その隣から、50歳くらいの男が割って入る。


「阿郷さんは殺されたのか」
「まだ断定は出来ませんが・・・そう考えた方が自然な状況ではあります」


会員の4人にさらなる動揺が走った。
60代の女性は悲鳴をあげ、70代の老人はもはや声も出ない状況であった。





そこへ踝と一緒に行った女性が青い顔で戻ってきた。


「どうでしたか、踝さん」


が聞いた。
踝は首を横に振る。


「何者かが回線を切ってしまっていて・・・。ここではケータイも通じません・・・」


申し訳なさそうに言うと、傍にいた30代の男が叫ぶ。


「待てよ、じゃぁ俺達は殺人犯がいるかもしれないこの屋敷に閉じこもったまま助けも来ないってのか?!」
「ちょっと待ってくださいよ、まだ殺されたと決まったわけじゃ・・・」
「自殺したとでも言うのか?!部屋を荒らして!この雨の中わざわざベランダで!会の交流を深めるパーティーを
催して皆を呼んでか?!阿郷さんはそんな非常識な人じゃないだろう?!殺されたに決まってるんだ!!」


踝と電話をかけに行っていた若い女性がわって入ると、30代の男は激しく反論する。
怒鳴り散らして冷静さを失っているようだが、彼の言い分は正しい。


「じゃぁ、この屋敷の中にまだ殺人犯がいるかもしれないってことよね」


50代の女性が呟く。


「踝さん、この屋敷って他に誰がいるんですか?」


が聞いた。


「今日はシェフとして来ていた福武(ふくぶ)以外にはここにいる皆様だけです」
「それじゃあ、犯人は俺たちの中の誰かってわけか・・・」


30代の男は疑いの眼差しで皆の顔を順番に見ていく。


「ちょっと、やめてくださいよ、もしかしたら屋敷の中に犯人が隠れているかもしれないし、その福武さんて人だって怪しいじゃない」


若い女性が言った。


その通りだ、と一同は思う。
とりあえず全員一致の意見でホールに戻ることにする。
話は、それからだ。






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