葦浦迷宮案内 02
屋敷までの数十メートルを歩ききる頃には、すっかり足元は残るところ無く雨に濡れ、
泥に跳ねられ、大変なことになっていた。それだけこの雨は強いのだ。
「ごめんください、お邪魔します」
須根がノックするとドアが開き、中から暖かい空気と明るい光が迎えた。
「いらっしゃいませ、さぞかし大変だったでしょう、この雨の中では」
「ええ、突然お邪魔してしまって申し訳ないのですが、本当に助かりました」
「いえいえ、この屋敷の主人はお客人を迎えるのが好きでして。
さぁ、お入りください。今タオルとお召し替えをご用意いたします」
「ほんとうにお世話になります」
出てきた初老の男は、きっとここの主人とやらの執事か召使なのだろう。
突然助けを求めてきたたちに対してまで、まるで高級ホテルか上流貴族のような扱いである。
そもそも使用人がいる別荘の持ち主とはどんな人物なのであろうか。
別荘の大きさから言っても、かなりの人物だ。はっきり言って、の青梅の実家の何倍もあった。
老人は優しく微笑むと一度奥に引っ込んでいった。
「スゴイ・・・ですね、なんか」
今まで黙っていたが口を開いた。
屋敷の立派さに呆然としていたようだ。
同意を求めて須根のほうを見ると、彼がまるでバケツの水をかぶったかのようにずぶぬれに
なっていることに気が付いた。
あの豪雨の中、傘もささずに出て行ったのだ。当たり前と言えば当たり前なのだが。
「あの、すいません・・・なんかびしょぬれにさせてしまって」
「別に雨が降っているのはのせいじゃないだろう?元はと言えば僕が道に迷ったせいなんだからね」
「・・・・・・自覚はあったんですね」
今までそんなそぶりは見せなかったくせに。ちゃんと失敗を認めていたようだ。
すぐに老人はタオルを持ってやってきた。
「これをどうぞ」
「ああ、すいません。ええと・・・」
須根がタオルを受け取りながら老人を窺う。老人はすぐにそれを察したようで、ああ、と笑った。
「申し遅れました。私、この別荘の主人・阿郷の側近の踝(くるぶし)と申します」
「こちらこそ申し遅れました。僕は須根と申します。こっちが。
本当にここまでしていただいてしまって・・・ありがとうございます、踝さん」
深々と頭を下げる須根の横で、も急いで頭を下げた。
とんでもない、と踝は人の良さそうな笑顔で応えた。
突然、ごと、と重そうな音が響いた。
と須根は音のした天井に目をやった。二階、だ。
「ああ、お気になさらず。主人が部屋で荷物の確認をしているのでしょう」
「荷物、ですか」
「ええ。それでは二階に案内いたします。客室があいておりますので」
ある程度体の水気が取れると、二人はそれぞれ踝の案内で客室に通された。
はまたもその部屋の立派さに驚く。そして、隣の須根の部屋もさぞかし広いのだろう、などと
考えながら用意された服に袖を通すのだった。
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