どこかで、自分を呼ぶ声がする。
 優しい声だ。

「―――…」

 セシル?

「――…イン」

 ちがう、セシルじゃ、ない。

「…カイン」

 カインが重い瞼を開くと、そこにあったのは冷たい床と…足だった。
「だ、れだ?」
 声がひどく掠れている。
 腕は後ろ手になったまま動かせない。何より、身体中が酷く痛む。
 どうにか動かすことのできる顔を上げると、見知らぬ甲冑の男が立っていた。
「お前は、誰だ?」
「私の名前はゴルベーザ、お前の主だ」
「…!どういうことだ!?」
 立ち上がろうとしたが、足に激痛が走り、失敗する。
 確か、自分はミストに居たはずだ。指輪で村が焼かれ、少女を見つけ、保護しようとした。
 そうだその後、目の前に巨人が現れて、地面が揺れて…
(セシル!)
 セシルの気配が感じられない。
 セシルは無事なのか。
「ここは、一体どこだ?」
 着ていた鎧も、持っていた槍もないようだ。何より、主とはどういう意味なのだろう。
「…ここがどこだろうと、どうでもいいだろう?」
「!?」
 男…ゴルベーザが、膝をついて顔を近づけてくる。
 手がカインの頬に伸びてきた、と同時に、頭に強烈な痺れが走った。
「う、ぁっ…!」
 目の前が真っ赤に染まり、どくどくと心臓が早鐘を打つ。
「っあああぁっ!」
「良い声だ」
 笑いを含んだゴルベーザの声。
(痛い痛い痛い痛い痛い!!)
 頬に触れている手から逃れようとするが、先程までは動かせた筈の頭が、全く動かせない。
「ぁああああっ」
 口から意味をもたない声が、唾液と共に出る。
「ひ、あ、いた、いっ…」
 涙で視界がぼやけ、掠れた悲鳴さえ出なくなった頃、カインの頭の中に直接声が響いてきた。

 ――――お前は私のものだ

 ぞくりと背中に痺れが走る。何も考えられない。目の前の男のことしか考えられない。

 ――――呼べ

 カインの唇が、何かをつむごうとする。

 ―――ゴルベーザ様、と

 カインには、表情の見えない甲冑の向こうで、ゴルベーザが優しく笑っているように思えた。
「…ゴ…ル、ベー…ザ、さま…」
 そう言って『主』に微笑み返し、カインは意識を手放した。





「ひ、いっ!?」
 次に目覚めると、カインの手の戒めは解かれていた。
 ただ、今度は何かが身体中を這いずり回っているのを感じる。
 暗闇の中、ぬるぬるとしたそれは服の隙間に入り込み、緩く、乳首や太ももを撫でていく。
「うあぁ…っ」
 逃げたいという気持ちに反して、体はぬめる何かを受け入れる様に大人しく横たわっていた。
(…あ)
 ぬめるものが頬を撫でていく。この感覚は何だろう。
(これは)
 暗闇に慣れてきた目で、自分を喰おうとしているものを見る。
 思い違いであって欲しい。
「黒竜…っ」
 ぬめった感触は舌だった。柔らかい舌が体中を舐めていた。
「うぅ…っ」
 頭がぼんやりする。逃げなければという思いと、何故かゴルベーザに平伏したいという気持ちが、交互にカインを襲う。
「ゴルベーザ、やめろ、これを…ぁ、やめさせろっ!」
「こんなに術が効きにくい者は初めてだ。余程精神力が強いのか…」
(術?)
 思考を巡らせている間も、黒竜が体を撫でている。この竜もその術とやらで操られているのか、とカインは思った。
「黒竜はお前のことを気に入ったようだ」
「気に入った…?」
 ゴルベーザは少し離れた所で玉座に座っている。楽しげな声音だ。
「黒竜をよく見ろ、カイン。竜騎士のお前なら分かるだろう?」
 言われて、黒竜を見る。瞳は暗く濁っていて、操られていると分かる。
 その長い舌は絶えずカインの体を撫で擦っていて…カインは恐ろしい考えに行き着いた。
「…まさか…求愛行動…?」
「その、まさかだ」
「そ、そんな、…ひっ!」
 体をうつ伏せに転がされ、舌が信じられない所に滑り込んだ。身に付けていた服が黒竜の牙によって布切れに変わる。
 黒竜の細長い舌はカインの秘部を貫いていた。
「ひ、ぃぁああっ!」
 痛みはなかったが、感じたことのない気持ち悪さをカインは感じる。
 出し入れされていると分かり、体がガクガクと震えた。
(こんな、こんな)
 濡れた音が高く掲げさせられた尻から響く度、カインの心は更に絶望的な気分へと堕とされていく。相変わらず体の自由はきかないままだ。
「あぁっ…ん、あ…っ」
 おかしな声が漏れる。カインの股関のものは何故か痛いほど屹立していた。
「早く私のものになれ、カイン。そうすれば楽になれる」
「い、やだ…だれ、が…お前なんかに…」
 カインはきつい眼差しでゴルベーザを睨み付けるが、本当はさっきからまともな思考が働く時間が短くなってきているのを感じていた。
(俺はどうなってしまうんだ?)
 黒竜が喉をならして唸っている。この唸り声をカインは知っていた。
 普段隠れている、竜の性器が姿を現すときの声だった。
 竜の性器は、馬等の比ではなく、かなり大きい。あんなものを入れられたら、無事でいられるわけがない。カインはあまりの恐怖に歯の根があわなくなっていた。
 かちかちかち、と細かくエナメルが音をたてる。
 普段から幾ら体を鍛えているといっても、内臓は無力だ。ましてや今は武器や防具を身に付けておらず、体すら自由に動かせない。
(セシル…っ)
 セシルも同じような目に遭わされているのではないのか。
 いや、もしかしたら今頃は…。
 最悪の結果を思い描き、カインはぶるりと震えた。
 いや、セシルは無事だ。簡単に殺られるような男ではない。もし何処かに捕らえられているのならば、自分が助けなければ。
 ここはどうにか生き延びなければならない。
 そう心に決めて顔を上げた瞬間、カインはゴルベーザに顎を掴まれていた。
「…っ!」
「黒竜と交われば、お前は確実に死ぬぞ?」
「や、やってみなければ、わからないだろう!」
 カインの声が震える。
「…強情な男だ」
 背中に黒竜の冷たい体がのしかかってきた。猛った雄が秘部に触れてきて、カインは声にならない悲鳴をあげる。
 怒りや恐怖、色々な感情を込めて、ゴルベーザを睨み付けるが、ゴルベーザの表情は甲冑に覆われていて読めない。
「もう、遊びは終わりにしよう」
 ゴルベーザの手がカインの頬を撫でると同時に、背筋を痺れが駆け抜ける。
「ひ……!」
 息が詰まり、心臓が早鐘を打ち、体中を痛みが支配してゆく。
 負けるものか、と涙が流れ始めた目で、カインはゴルベーザを見つめ続ける。
 ぐ、と黒竜が更にのし掛かってくる。
「うぁあああああっ!」

 体と表面上の心を支配されたとしても、諦めない、渡さない。どんなに操られたって、本当の自分までは明け渡さない。

「あぁっ…あ…」
 カインの視界が霞む。

 そうして、何も見えなくなった。





 それから、カインの体は自由にならなくなった。
 目は見えているし耳も聞こえているけれど、薄いガラスを隔てているような感覚だった。







 操られている自分はゴルベーザにとても従順だ。
 彼の一言で足を開き、淫らに喘ぐ。それだけでなく。

(…セシルを殺そうとした)

 再会を喜んでいる、その体を槍で貫こうとした。
 操られているからだ、と思おうとしたが、確かにあの瞬間俺はセシルを殺せるということに喜びを感じていた。
 ローザが囚われたときも、とても嬉しかった。
 他の誰でもない、俺が殺してやる、あの時俺はそう思った。

 あれから幾日も俺は考え続けた。何故喜びなんてものを感じたのか。

 そしてある答えに行き着いた時、俺はあまりに自分勝手な考えに絶望を覚えた。

 俺は、セシルとローザを自分のものにしたかったのだ。


 二人が惹かれあっているのは以前から知っていた。抱き合う二人を見て、最初は祝福してやらねば、とそう思った。
 けれど、心に蓄積していくのはどす黒い嫉妬だった。
 微笑み合い、想い合う二人。
 自分はローザのことを愛しているのか?そう自分に問うてみたが、答えは否だった。
 じゃあもしかしてセシルのことを…とも考えたが、それも違っていた。

 ずっと三人でいられるのだと思っていた。それが子供じみた考えだとは分かっていたけれど。



 自由にならない、ガラスを隔てたような視界の向こうで、ゴルベーザが俺を抱いている。
 俺は彼の体に跨がり、腰を掴まれ揺すぶられていた。
 快感を感じはするが、頭はどこか冷めていて。

 甲冑を脱いだゴルベーザは想像した以上に若く、その顔は苦悶の表情に満ちていた。
 切なげに歪んだ眉、暗い瞳。
 どうしてそんな顔をするんだ?
 いつも訊こうとするのに、自由にならない体では訊くことができない。

 お前も寂しいのか?ゴルベーザ。寂しいから、俺を抱くのか?
 答えが返ってくることは、ない。
 それでも問わずにはいられなかった。





 ゴルベーザは考え続けていた。

 カインの心を支えていたのは、プライドだったのか。それとも他の何かだったのか。
 カインは黒竜に貫かれそうになりながら、決して諦めようとしなかった。
 本当に交わったら死ぬことくらい、カインには痛いほど分かっていただろうに。
 彼は確かにゴルベーザ様、と言い笑った。一度は完全に術にかかっていた筈だ。
 けれど、次に目覚めた時には術は完全なものではなくなっていた。完璧に操るには更に強い術をかけるしかなかった。


 ゴルベーザは、意識を失う前にカインが見せた強い眼差しを思い出す。
 あそこまできつく術をかけてしまうと、もう元々の心は破壊されてしまっているだろう。もうあの眼差しを二度と見ることはできない。
 柔らかい金の髪も、無駄なく筋肉がついたしなやかな肢体も自分のものになったのに、足りないとゴルベーザは思う。

 あんなに真っ直ぐに自分を見つめてきた人間は、久しぶりだったから。

『ゴルベーザ…』

 赤い光がゴルベーザを包む。頭の中に、低い声が響く。
 次に感じたのは酷い頭痛で、思わず床に膝をついてしまう。

『何をしている、ゴルベーザ…』

『あんな男にうつつをぬかしている場合ではないだろう』

『早くクリスタルを手に入れて、あんな用済みは捨ててしまえ』

 ―――――捨ててしまえ

(…そうだ、クリスタルだ、クリスタルを手に入れなければ)
ふらつく足でゴルベーザは立ち上がった。





 部屋の沈黙を破ったのは、ローザだった。
「…お願いカイン、目を覚まして」
 カインは何も聞こえていない、といったふうに、ギロチンの刃をローザの首ぎりぎりに固定した。
「カイン、カイン…っ」
「暴れるな。暴れると刃が落ちる可能性がある」
 びくりと肩を震わせて、ローザが大人しくなる。
 目には薄く涙が溜まり、今にも溢れそうだ。
(ローザ、すまない…)
 ローザを縛り付けた縄を解こうとするのだが、操られた手は、代わりにギロチンの横にある時限装置のスイッチを押していた。

 このままでは本当にローザを殺してしまう。

 カインは、自分の中にある汚い感情が日に日に大きくなっていくのを感じていた。
 これでローザは自分のものになる。次はここ、ゾットの塔にクリスタルを持って来たセシルも殺して、そして。

(ああ…俺は死にたいのか)

 昔に戻ることが出来ないのなら、三人で死んでしまえばいい。
 通常の思考ではあり得ない、馬鹿げた考えだ。カインにも本当は分かっている。
(俺はなんて馬鹿な男なんだろう)
 分かっているのに、自分を制御することが出来ない。
 寂しくて寂しくて堪らなくて、その行き場のない寂しさが更に、カインの心を黒く染め上げていく。

「カイン、セシル達を迎えに行け」
「…はい、ゴルベーザ様」
 無表情で頷くカインは自分が涙を流していることにも気付かず、ゴルベーザの足元に跪いた。
「何を泣いている」
 ゴルベーザがカインに近づく。
 カインは指摘されて初めて、自分の頬が濡れていることに気付いた。
「…わかりません」
 ゆっくりと首を横に振ると、新たな涙が頬に伝う。
「兜を外せ」
「はい…」
 兜を取り去ったカインの頬を、ゴルベーザが籠手と手袋を外した指先でそっと拭った。カインはその指先に、猫のように頬を擦り付ける。
(冷たい手だ)
 口調は素っ気ないけれど、ゴルベーザの手は優しい。
 触れられると胸が強く締め付けられて、息が苦しくなる。
 何も考えずに、この手に触れていたい、とカインは思う。
(敵なのに)
 ローザとセシルを殺そうとし、クリスタルを奪い、自分をこんな体にした敵なのに。
「ありがとうございます…それでは、行って参ります」
 立ち上がると、カインは飛空艇でセシル達の元へと向かった。









 土のクリスタルはローザと交換だ、そう言ってゴルベーザは笑う。
 それはとても楽し気な声音で、カインはそんなゴルベーザに微かな違和感を感じずにはいられなかった。



 ゴルベーザとカインはローザが捕らえられている部屋の手前の部屋で、セシル達を待っていた。
「メーガス三姉妹は足止め位にしかならないだろう。…まあ所詮捨て駒だ。少しでも奴等を弱らせられれば、それでいい」

 捨て駒。その冷徹な言葉にカインの心はざわつく。ゴルベーザは、ここまで冷たい男だったろうか。
 まるで人が変わったようだとカインは思う。
 数日前からゴルベーザはカインを抱こうとしなくなった。兜を脱いだ素顔も見ていない。
 時たまさっきのように優しく触れてくることもあるが、本当に一瞬だった。

「来たな」
 ゴルベーザの声に顔を上げると、セシル達が足早に歩いて来るのが見えた。
 ゴルベーザはそれを嬉々として出迎える。
「ローザは何処にいる?ゴルベーザ!」
(セシル…)
 ゴルベーザを見つめるセシルの表情は激しい怒りに満ちていた。
 嘲笑うような口調で、ゴルベーザは「クリスタルが先だ」と告げる。
 セシルは暫く躊躇っていたが、ゴルベーザにクリスタルを手渡した。

 これは罠だ。しかしカインには何も出来ない。ここでセシル達は殺される。もうしばらくしたらギロチンがローザの命を奪うだろう。

 ―――自分はここで何をしているのか。目の前にいるのは、無二の親友ではなかったか。
 考えれば考えるほど、頭がぎりぎりと痛み、軋む。

 目の前ではテラと呼ばれている老人がゴルベーザに黒魔法で応戦していた。
 しかしゴルベーザには大したダメージを与えられてはいない。このままではセシル達は…

(セシル…!)

 カインは友の名を胸の中で強く呼ぶ。そのとき、セシルがカインの方をちらと見た。
 青い瞳に宿るのは怒りや憎しみではなく、切なげで、見守るように優しい光だった。


 ―――信じている。


 声には出さず、口の動きだけでセシルはカインに告げる。

(ああ、お前は俺を赦すのか。こんな最低な俺を)

 澱んでいた暗い心が少しずつ晴れていく。
 まだ、信じられている。自分はこんなに大切な人間を殺そうとしていたのか。
(助けたい!セシルとローザを…!)

「メテオを使う時が来たか…」
 その声に弾かれたように、セシルはゴルベーザとテラの方に視線を戻す。その顔は悲痛そのものだった。


 テラが呪文を詠唱している間、セシル達は必死にテラを止めようとしていた。
 しかしテラは詠唱を全く止めることなく、メテオを放つ。
「テラーっ!」
 セシルが悲痛な声で叫んだ。けたたましい音をたてて、隕石がゴルベーザへと降り注ぎ、それは確かに彼の体に多大なダメージを与えているようだった。
「はは…まさか…お前がメテオを使うとはな…」
 ゴルベーザが倒れ込むと同時に、テラも、そしてカインも地面に突っ伏す。
 途端、カインの意識は朦朧として定まらなくなった。
(洗脳が解けようとしているのか…)
 誰が何を話しているのかも判別出来なくなってくる。頭が割れるように痛い。

「――どうせ用済みだ――」

 ゴルベーザのその言葉だけがカインの耳に入ってきた。彼はかろうじて生きているらしい。
 そうか、やはり自分も『捨て駒』だったのか、とカインは自嘲気味に笑った。


 ついに訊けなかったな、とカインは思う。ゴルベーザはどうして、自分を見つめながらあんなに悲しい顔をしていたのか。
 正気の時に話をしてみたかった。







「……カイン!」
「…ぅ…っ」
 薄く目を開くとセシルが不安げな顔でこちらを見つめていた。
「セ…シル…すまない、俺は、なんということを…」
 カインが徐々に体を起こすと、セシルが背中を支えてくれる。
「操られていたんだ。…仕方ないさ」
 彼はちょっと困ったように微笑む。カインはその優しい表情に救われる思いだった。
「操られていたが、意識はあったんだ…俺は、ローザを…っ」

 ローザを…殺そうとしたんだ。

 その瞬間脳裏を過ったのは、今まさにギロチンに首を跳ねられようとしているローザの姿だった。
「ローザは!?」
 セシルが立ち上がる。カインもよろめく足を叱咤しながら立ち上がった。
「時間がないっ!こっちだ!」





 ギロチンの刃が空を切ると同時に、ローザの体はセシルの腕の中に収まっていた。
 抱き締め合い口付けをする二人を凝視するのは憚られて、カインは目を逸らす。
 まだ胸は痛むけれど、暗闇が凝ったような、以前のような寂しさは胸中から消え去っていた。
「カイン」
 ローザがこちらを見る。怨まれても仕方がない筈なのに、彼女もセシルと同じ、優しい目をしていた。
「…許してくれ、ローザ…操られていたばかりじゃない…俺は、君に側にいて欲しかったんだ…」

 セシルとローザが離れていくようで怖かった。
 その弱い心につけこまれて操られたのだ。

 二人はそんな自分に、一緒に戦おう、と力強く言ってくれる。
(この二人には敵わないな)
 セシルとローザの慈しむような表情を忘れてはいけない。
 死を覚悟してメテオを放ったテラのことも…




 ゾットの塔が、がらがらと音をたてて崩れていく。
 塔の主のバルバリシアを倒すのは容易ではなかったが、カインのジャンプの前ではバルバリシアのガードも意味を成さなかった。
「私に捕まって!」
 ローザの声が、崩れゆく塔に響いた。





 ローザのテレポにより、セシル達はゾットの塔を脱出することができた。
 テレポでやって来たのは、バロンにあるセシルの部屋だった。

 カインには、セシル達に話しておかなければならないことがあった。

 クリスタルには表のクリスタルと闇のクリスタルが存在するということ。
 ゴルベーザは闇のクリスタルも狙っているということ。
『クリスタルを全て揃えた時、月への道が開かれる』とゴルベーザが話していたこと。

「月への道?」
 セシルが首をかしげて呟く。カインにもその言葉の本当の意味は分からなかった。
「よくは分らんが…その鍵がこれらしいんだ。お前に渡しておこう」
 カインは懐から取り出した小さな石をセシルに手渡す。
「このマグマの石を何処かで掲げると、地底への道が開けるらしい…」

 カインはマグマの石を渡された時のことを思い出す。

 暗闇の中、ベッドに腰掛けながらゴルベーザはマグマの石を手渡し、言った。
「…これをお前に預けておく。次の任務は私と共に赴いてもらう」
 確か自分はその時、はい、と頷いた。それに満足そうにゴルベーザはカインの髪を指ですいてきて、
「クリスタルを全て揃えた時、月への道が開かれる。もうすぐだ…もうすぐ…」
 そう、言った。
 その時カインが気が付いたのは、月への道の話をしたりクリスタルの話をしたりすると、ゴルベーザの瞳がちらちらと赤く光る、ということだった。
 普段は薄紫色の瞳が血を落としたように赤く光るのだ。
 それは一瞬のことだったけれど、カインには嫌なものに思えてならなかった。



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