月に来て暫くして、たまにはカプセルじゃなくて、毛布で寝たいな…と言い出したのはリディアだった。
確かに、魔導船のカプセルは味気無い。毛布にくるまれて眠りたい日もあるよなぁとエッジは思った。
結局、リディアの意見も一理あるということになり、その夜は魔導船の中にシーツや毛布を敷いて眠るという不思議な状態になったのだった。
そうして皆が寝静まった頃、それは起こった。
寝息に混じって聞こえる、誰かの呻き声。うなされているのか、酷く苦しそうだ。
耳のいいエッジは、その声にいち早く目を覚ました。
(誰だ?えらくうなされてるな…)
悪い夢でも見ているのかもしれない。
それなら起こしてやった方がいいか。いやもう少し様子を見るか?と考えあぐねているうちに、うなされていた本人がむくりと起き、立ち上がった。
エッジはその人物をちらりと盗み見て驚く。
(カイン!)
カインはふらふらとした足取りで、防具も武器も持たずに丸腰のまま魔導船から出ていこうとしていた。
明らかにおかしい、エッジはそう思う。これはついていくしかない。
(もしかして…また裏切ったりとか……いやいや、ションベンかもしれないし、まだ分からないな…)
それでも武器一つ持たずに外に出るなんて危険過ぎる。
気付かれないようにそっと歩くことは、忍者である自分には造作もないことだ。やっぱり行こう。
手早く身形を整えると、武器を携帯してエッジはカインの後を追いかけた。
普段のカインは背筋を伸ばしてきびきび歩いているのに、今のカインはまるで酒の呑みすぎみたいだ。
エッジはカインの後をつけながら首をかしげた。
カインは魔導船からどんどん遠ざかり、突然ぴたりと歩みをやめた。
(何を始める気だ?)
背後にまわっている為、エッジにはカインの表情が分からない。
ただぼんやりと立ち尽くしていたかと思うと、ネジが切れた人形の様に、へたりと地面に座り込んだ。
(どうしたっていうんだ、あいつ…)
『その時は、遠慮なく俺を斬るがいい!』
あのカインの言葉は本物だったと思う。
(やっぱ、たたっ斬らなきゃいけないのか?)
再度裏切った時にはカインを斬る。それは男同士の約束だった。けれどまさか本当にこんなことになるなんて。
(あー!もう訳わかんねぇ!)
俯いて悩んでいたエッジは、カインに視線を戻す。
座り込んだままのカインは相変わらずなのだが、彼の周りにずるずると異音が近づいていることにエッジは気付いた。
「!」
モンスター。
グレーのプリン系モンスター(エッジには名前がわからなかった)が二体、ぬめった音をたててカインに迫って来ていた。
エッジは、ああもう!言わんこっちゃない!何してんだあいつ!と小さな声で独りごちた。
そうして武器を握り締めて飛び出そうとしたが、カインの異変を見て、何もできなくなる。
「何だ、あれ…」
モンスターがにゅるりと形を変えたかと思うと、カインを包み込む。そのまま彼はゆっくりと仰向けに寝転んだ。
ゆっくり、優しく撫でさするようにモンスターは蠢き、カインを『愛撫』しているようにエッジには見えた。
しかし、それだけならエッジはカインを助けにすぐに飛び出していただろう。
エッジの足がすくんだのは、カインが見たこともない表情であられもなく喘いだからだった。
蒸気した顔と、悩ましげにひそめられた眉。カインは自ら服の前を寛げると、はやく、と囁くように呟いていて。
エッジの頭は真っ白になった。
体を動かそうと思うのに、どうしても動かすことができない。
モンスターはカインの服の隙間から入り込み……
(もしかして、あれって)
セックスしてんのか。口から出そうになった言葉を、エッジは飲み込む。まさか、そんな。
「ふ、ぁあっ」
あえかな悲鳴がエッジの耳に届く。中途半端に脱がされたカインの下着に割り込むように、モンスターはカインの局部を包み、蠢いていた。
もう一体はカインの頭側にまわり、体の一部を口に侵入させようとしている。
「んぅ…んんっ…ん」
口の中に挿し込まれたモンスターの一部は、口淫をさせるかのように出入りを繰り返す。それは次第に早くなり、ずちゅ、ずちゅ、と濡れた音を漏らした。
これはカインが好きでやっていることなのか。それなら、自分が止める理由なんてないんじゃないのか。
エッジは自分が余計なことをしようとしているのではないかと思い悩む。
しかし悩んでいる間に、カインの様子はますます普段のクールなイメージとはかけ離れていく。
(こりゃ、どう見てもおかしいだろ!)
エッジは真っ白になった頭を立て直そうと試みる。
その時、カインの口を犯していたモンスターがぶるりと体を震わした。
「んぁ…っ!」
モンスターは何度も震え、黄ばみ、ねばついた液体をカインの顔に撒き散らす。
カインは…瞑目して、静かに涙を流していた。
初めて目にするカインの涙。それを見て、エッジの頭にはよく分からない怒りが沸き上がる。
(だあぁああっ!うじうじ悩むなんて俺らしくもねぇ!)
「てめぇら!!そこを退きやがれ!!カインに近づくんじゃねえ!!」
思わず叫んでいた。
それからはよく覚えていない。
気が付くとモンスターはいなくなっていて、ぽかんとした顔のカインがこちらを見つめていて。
カインの前に飛び出してモンスターを倒したものの、カインに何て声をかけたらいいか分からない。
(しまった、何も考えてなかった…)
冷や汗に見舞われながら、エッジがまごまごしていると、カインがゆっくりと起き上がった。
辛そうな表情で座り、ため息を一つつく。
「…いつから見ていた?」
端的な質問に、エッジは口をぱくぱくさせた。
「……最初からか?」
カインは話しながら服をさりげなく整え、濡れた頬を拭っている。エッジは仕方なく頷いた。
「もしかしたらまたどこかへ行っちまうのかも、と思ったんだ」
エッジが言うと、カインが困ったように、ふ、と笑う。
「どこへも行かないさ。皆でゼムスを倒す、その気持ちは変わらない。……っ!」
大きく息を吸い込み、カインが地面に手をつく。その腕は震えている。
「おい、カイン…!」
駆け寄ろうとしたエッジを、カインは目で制した。
「寄るなっ!……俺は大丈夫だから…、王子様は、魔導船に帰っておねんね…して、ろ…!」
ぽたぽたとカインの頤を伝って汗が滴る。苦悶に歪んだ顔をしているくせに、いつもと変わらないカインの口調に、エッジは苛々を募らせた。
「てめぇ、何を隠してやがる!?さっきもモンスターと、モンスターと、あんな…、セックス…を…」
「…セックス?はは…あれはそんな高尚なもんじゃ…ないさ…」
「カイン?」
「あれは、ただの、処理だ…」
はぁはぁとカインの息が異常に荒くなっていく。
「お願いだから、どこかへ行ってくれ…っ!ここにいたらモンスターが集まってくるぞ…」
強い瞳で睨まれ、エッジはたじろいだ。けれど、ここは引けないとエッジは思う。
ここで引いたら、カインを捕まえることは二度とできないような、そんな気がした。
「おめぇが何でこんなことをしてるのか、俺は知りてえんだよ。話してくれるまで、てこでもここを動かねぇからな!」
「この馬鹿王子…っ」
カインの悪態を無視し、エッジは捲し立てる。
「うるせぇ!俺がいなくなったら、またさっきみたいなことをやるつもりなんだろ!?そんなのぜってぇ許さねえ!おめぇに寄ってくるモンスターはぜーんぶぶった斬って、跡形もなく消してやるっ!そうしたらおめぇは何にもできねぇだろ!?…どうだ、悔しかったら話してみやがれ!!」
びし、とエッジが戦闘体勢のポーズをとる。カインはそれを見て大きな溜め息をついた。
「よりによってお前に見つかるとはな…とんでもなく厄介だ…」
カインはぼやきながら立ち上がろうとして失敗する。もう一度挑戦したが、結果は同じだった。
もしかして、体のどこかが悪いのか。エッジはカインに素早く駆け寄る。
「寄るなと言っているだろう!」
体が悪いかもしれないとなると、カインの戯れ言になんか付き合っていられない!エッジはそう思い、カインの体を抱き起こした。
触れた体は物凄く熱くて、エッジは目を見開く。
「さ、触るなっ!」
口調は激しいのに、カインの体はぐったりとして力が入っていない。
「おめぇ、熱があるのか?」
「……っん!」
額に掌を触れさせた途端カインの口から零れた声は、確かに性的なそれだった。
カインは耳まで真っ赤にして顔を背ける。
「…どういうことだよ、カイン」
「だから、触るなって言ったんだ…っ」
「わけを話せって言ってんだよ!…どうして、何でもかんでもそうやって隠したがるんだよ!」
エッジは自分を情けなく思う。
いつだってカインは一人で背負おうとする。カインにとって、自分は背中を預けられる仲間ではないのだろうか。
「俺は、そんなに頼りねぇか?」
エッジの言葉に、カインの青い目がすうと細められる。
「そうじゃないんだ。これは、俺の問題だから。俺が自分で解決するしかないんだ。でも……王子様は、話さなければ逃がしてくれそうにないな…」
下ろせ、とカインに言われて、エッジはカインを地面に横たえた。
「とりあえず、見てみろ」
言いながらカインはいきなりシャツを脱ぎ捨てた。エッジにはわけが分からない。
「な、何脱いでんだよ」
「…好きで脱いでいるわけじゃない」
そうぼやきながらカインはエッジに背中を向けた。
白い背中。そこに異質な物があることにエッジは気付く。
「魔法…か?」
右の肩胛骨の下辺りに、掌位の大きさの、赤黒い色をした魔法陣が刻まれていた。
その魔法陣は微かだが光を発しているように、エッジには見える。
「これ、痛てぇのか?」
ごく、と唾を飲み込んでエッジは問う。
「いや、痛みはない。ただ…」
「ただ?」
「モンスターを呼び寄せてしまうんだ」
ざくりざくりとモンスターの足音が、そこかしこに響き渡る。
「おいおいおいおいやべぇじゃねえか!」
エッジは妙な汗が止まらなくなった。正直、こんなに集まられたら戦うなんて無理だ。となればあれしかない。
「煙玉!!」
辺りに白煙が立ち込める。視界を塞がれ、モンスターの動きが止まった。
エッジは今のうちだと言いながら、カインを肩に担ぐ。
「ようし、逃げるぞ!」
カインが何やら耳元で喚いていたが、聞こえなかったことにした。