「…で?これは何なんだ」
カインが今日何度目か分からない溜め息をつく。
エッジは手際よくテントを設置していた。やけに機嫌がいい。
「何って、テント」
「いや、そうじゃなくて…しかもどこからテントを…」
「モンスターからちょっと拝借したんだよ。ここでゆっくり話そうぜ。ここならモンスターに邪魔されないだろ!」
エッジは得意気に笑う。
「よしできた。…カイン、来いよ」
(ここならじっくり話せるな!)
カインは仕方がないといった顔でテントに入る。エッジもうんうんと頷きながら後に続いた。
とりあえず腰を落ち着けてから、えーと、どこまで聞いてたっけ?とエッジは呟いた。
「俺の背中に魔法陣があるってところまでだ」
「そうそう!で、モンスターを寄せ付けちまうと。…おめぇの体調が悪いのもそれのせいなのか?」
「…ああ」
カインはぎゅうと目を閉じる。そうして下を向いたままはぁ、とまた溜め息をついた。
「この、魔法陣には、」
肩に引っ掛かっていただけのシャツが、音もなく滑り落ちる。
「誘惑の効果があるんだ。夜になると光りだして、モンスターを誘惑する。そして、俺も…処理せずにいられなくなる…」
青い瞳がエッジを見据えた。普段あまり見ることのない、カインの素顔だ。
「それで、おめぇはモンスターと…」
カインの息が荒いのも、顔が赤いのも、魔法陣がそうさせていたのか。
「自分で処理しちゃダメなのか?」
カインは首を横に振る。
「誰かとしないと駄目なんだ。人でもモンスターでも構わない、誰かとでないと」
カインの表情は酷く暗かった。カインはずっとこんなものを抱えていたのか、とエッジは思う。
どうにか助けてやりたい。普段クールなカインが悩んでいるのだ、しかも(渋々とはいえ)自分に告白してくれたのだ。
エッジの心は決まっていた。
(よし、言うぞ!)
「カイン!」
突然大きな声を出したエッジを、カインは目を丸くして見やった。
「大人しく俺に抱かれろ」
カインはしばらく何の反応も示さなかった。
数秒してから何度も瞬きをして眉根を寄せたかと思うと、冗談はよせ、と呟く。
「冗談でこんなこと言うわけねぇだろ」
「だって、お前は女が好きなんだろう?俺は男だぞ!…うあっ!」
「カイン!」
体ががくがくと震え、カインは座っていることすらできなくなり、地面に横たわった。
「う、あ…っ!とにかく…悪い冗談は、よせ…っ!もう、出ていけ…」
息をするだけでも辛いといった風なカインに、エッジはゆっくりと近づいていく。
「…こんな状態のおめぇに、冗談なんて言えるかよ」
カインの肩に触れる。その汗ばんだ肩を軽く押さえたまま、エッジは自らの顔を覆う布を取り去り…カインの耳朶をゆるく噛んだ。
「い、あぁっ!ばか…おうじっ!」
カインの体が跳ね、更に肌が赤くなる。胸を撫でさすると、ゆるゆると首を横に振った。
「やめ…やめてくれ…っ」
エッジは優しく髪をすき、頬や首筋を唇でなぞった。
抵抗をするカインの手には全く力が入っていない。その指に、エッジはそっと自らの指を絡める。
(…優しくしてやりてぇ)
女相手の時ですら、こんなに丁寧に愛撫を施したことはないかもしれない。
『エドワード王子』に近づいてくる女なんて、録な女がいないから。
視線が交わる。
エッジは吸い寄せられるように、その色づいた唇に口づけを落とす。
唇を離すと、カインは不自然に笑んでいた。
「男の俺を…本当に抱けるのか…?気持ち悪いだろう…?」
無理矢理に作られた笑顔。額には汗が浮き、目は濡れている。
エッジは目を見張った。
「こんな俺を見て…軽蔑しただろう?二度も裏切った上に、こんな…」
流れずにいた涙が、ついに頬を伝う。唇が戦慄き、掠れた告白を紡ぎ出した。
「俺は…こんな体になってから、毎晩ゴルベーザに…抱かれていた。手酷くされても、俺は……っ」
記憶を辿っているらしいカインの表情は、悲痛そのものだった。
何て不器用なやつだ、とエッジは思う。
「ばーか。…軽蔑なんてしねぇよ」
エッジはよしよしと頭を撫でる。
「辛かったんだろ?一人で抱え込んじまってさ」
エッジは優しい手つきで頭を撫で続けた。
「エッ…ジ…ッ」
「俺はおめぇが悩みを打ち明けてくれて、すげぇ嬉しい。他に何か言いたいことはねえのか?」
エッジの言葉がカインの中の何かを溶かしていく。カインは子供のようにしゃくりあげた。
「お、俺はっ…ずっと…、怖かっ……っ」
肩を揺らし、カインはエッジの服を握りしめる。
その手をゆっくりと引きはがすと、エッジは手の甲に口づけた。
「たまには、そうやって声出して泣けよ。俺の前だけでもいいからさ」
そう言いながらエッジはカインを抱きしめる。
カインは何も言わずに小さく頷いた。
●
「嫌なら…言えよ?」
エッジはカインを横たえると、そっと服を脱がせていく。
下着を下げると、そこはもう既に限界まで高ぶっていた。先端は透明の液体を垂らし、下着は濡れてしまっている。
「おめぇ、よく我慢してたなあ…」
エッジは自分だったら我慢できないかもしれない、と思いながらカインを見た。
「あまり…見ないでくれ…」
顔を手で覆って、カインが呟く。その仕草が何だか可愛く見えて、エッジはどぎまぎしてしまった。
(とりあえず、一回出してやるか)
このままではあまりにも可哀想だ。早く解放してやりたい。
下腹に手を伸ばすと、エッジは立ち上がったそれを手で包み込んだ。
そっと握っただけなのに、カインは掠れた喘ぎをあげる。
他人のものを触るなんて初めてだったのだが、不思議と嫌悪感はない。
エッジは次にどうしたらいいか少し悩み、結局自慰の時と同じ手管でやってみるのがいいかも、という答えを出した。
上下に扱き、もう片方の手で先端を転がすように撫でる。ぬち、と濡れた音がテント内に響いた。
カインは真っ赤な顔をして、口を押さえて声を出さないようにしている。
「声、出せばいいだろ」
何も答えず、彼はただ首を横に振った。
「…からかったりとかしねえって。それじゃ苦しいだろ?」
言いながら手を動かす速度をあげると、カインの口から手がはなれ、甘い喘ぎ声が漏れはじめた。
(気持ちよくしてやるからな)
先走りの液体が更に溢れてきて、エッジの手を濡らしていく。
「ひ、あぁ…っあっ」
もういきそうなのだろう。カインはたがが外れたみたいに声をあげ、エッジに手を伸ばしてくる。
エッジはその手を優しく握った。
「エッ…ジッ、エッジ…!」
カインの白い脚が震える。すがる声とその暗闇に浮かぶ白に、エッジは下腹が重くなるのを感じた。
「あぁ……っ!」
びゅく、と白濁した液体がカインの腹とエッジの手を濡らし、太ももを伝った。
(これで、ちょっとは辛さも和らぐだろ……)
「…って、ええ!?」
抜けば多少は楽になるだろう、というエッジの思惑は見事なまでに外れる。
カインの立ち上がったものは、ちっともおさまることなく立ち上がったままだった。
(…やっぱり入れなきゃ…おさまんねぇってことか)
濡れた指を秘部に這わせる。こんな小さなところに本当に入るのか。エッジは唾を飲み込んだ。
(痛い思いはさせたくねえな)
カインの腹に散った精液を指に塗りつけると、秘部にそうっと押しあてる。
入れる瞬間の抵抗は少なく、あっという間にそこは根元までエッジの指を誘った。
「んんっ」
甘い声と熱く締めつけてくる感触に、胸が早鐘を打つ。
ゆっくり慣らしてから…と思った矢先に、カインが何かを訴える目でこちらを見た。
「おねが、いだから……っ!」
「カ、カイン?」
「も…う、入れ…て…くれ……」
どこにそんな力が残っていたのか、カインはよろめきながら起き上がる。
「お、おい、カイン?」
熱に浮かされたように潤んだ瞳で、カインはエッジにのしかかってくる。
「ちょっと、お、落ち着けって!うわっ!」
衣服を脱がされる感覚にエッジは頭が真っ白になった。そしてカインの行動に更に呆然と固まる。
カインはエッジに跨がり、エッジのものを今まさに挿入しようとしていた。
「か、カインッ!無理だって、おい!…う…っ!」
「……っ!」
熱い肉が自らの雄を飲み込んでいく。カインの顔は苦痛に歪み、頬には新たな涙が伝っていた。
「…無茶…するなよ…」
あまりの締め付けに、エッジも苦痛を感じずにはいられない。
入れたはいいものの、カイン自身も体が辛くて動けないようだった。
エッジの腹に添えられた手は震え、今にも崩れそうだ。
「カイン…一旦抜け」
「いや、だ……」
力なく首を振るカインに、エッジは「仕方がねえなあ」と困り顔で笑いかける。
そうして腹筋だけで上半身を起こすと、カインを抱きしめた。
「…震えてんじゃねえか…この馬鹿…」
カインの体は細かく震えていた。
子供をあやすようにぽんぽんと背中を叩いてやると、カインが首筋に顔を埋めてくる。
「おかしくなりそうなんだ……っ」
耳に荒い息を感じて、ぞくりと情欲に火がつく。
後孔はまるで離さないとでも言うように、エッジにきつく絡みついていた。
「お願いだ…」
「カイン?」
「優しく、しないでくれ……」
どういうことだ、と問う暇もなく、カインは続けた。
「俺に…気なんか遣わなくたっていい…」
「何で?」
カインは黙ったまま、涙を流している。肩口が濡れる感覚に、エッジは胸が痛くなった。
「気持ち悪いだろう……男を抱くなんて……」
「だーかーら、気持ち悪くねえって」
言いながら、エッジはカインを押し倒す。
「気持ち悪かったら、勃たねえよ」
白い足を掬い上げる。
扇情的な光景に、下半身に熱が凝るのが分かった。
カインは顔を真っ赤にして、口を押さえている。声を出したくないのだろう。
膝裏を持ち上げたまま、エッジは動き始める。
「ん、ふ…あ、ぁあっ」
ゆっくりと抜き差しを繰り返す。内壁は引き抜く度に絡み付き、突き入れる度に柔らかく受け入れる。
今までにない感覚に、エッジの胸はやたらと早い鼓動を打っていた。
カインの手は結局口を押さえることができなくなり、何故か地面をまさぐっている。
その手が落ちていたシャツを掴んだと思うと、次の瞬間、シャツの端がカイン自らの口に押し込まれていた。
「おめぇ、何やって…!」
エッジが驚いてシャツを引き抜こうとするが、カインは首を振って抵抗する。
余程、声を出したくないらしい。
こうなったらカインはてこでもシャツを退けようとはしないだろう。
カインはこうと決めたら、なかなか意見を曲げようとはしない、ということをエッジはよく知っていた。
仕方なくシャツはそのままで、抽送を再開する。
目の前には、口に白いシャツをくわえ、金糸を床に散らし、足を大きく開いた男が、思いのままに揺さぶられていた。
倒錯的な眺めだ。まるで自分が無理に凌辱しているかのような錯覚に陥る。
まさか自分が男を抱くことになるなんて、思いもしなかった。
シャツを食んだ唇の隙間から、くぐもった喘ぎが聞こえる。
その声にまた煽られる。
突き入れながら胸の尖りを弄ると、カインは今まで以上に乱れ始めた。
「んんっ!んっ!んぅ…っ!」
淫靡に紅潮した顔に追い詰められる。
(なんつー顔してやがる…!)
流石に限界を感じ、ずりあがって逃げようとする腰を強く固定し、激しく内壁を擦る。
動きに合わせてしなやかな足が人形のように揺れ、いつの間にかシャツは口から外れていた。
「あ、あ、あっ!」
色づいた唇から唾液が伝う。ぞくぞくと沸き上がる絶頂の感覚。
カインの瞳は光がなくなり、こちらを見ているのかさえ分からない。自分抱いているのはエッジだということも、もう分かっていないかもしれない。
「もう、出すぞ……」
「な、か……っ!なかに、だしてくださ、い……!」
丁寧な言葉づかいに嫌な予感が頭をもたげる。
もしかして、カインは。
考えがまとまらない。カインの断続的な嬌声だけが頭を支配する。
喘ぎなんて可愛いものではない悲鳴で、カインは精を吐き出す。
瞬間、目の前が白くなり、カインの中に放っていた。
耳に在るのは、残響。
ゴルベーザ様、と叫んだカインの声が、ただただこびりついて離れなかった。
●
吐精と同時に、カインは気を失ってしまった。
さっきまでの情交などなかったかのように、彼は穏やかな表情で眠っている。
テントの入り口の隙間から外をチラと覗くと、既に空は白み始めていた。
(寝られねえ…)
体は疲れているのに、やたらと目が冴えて眠れない。
カインにかけてやった毛布に潜り込むと、エッジは、はぁ、と溜め息をついた。
ふと隣を見やると、カインの背中に刻まれた魔法陣が目に入ってくる。
ゼムスを倒せば、カインの背中に刻まれた魔法陣は消えるだろう、とエッジは思う。
「若様、勉強も大切です!」と、じいに言われて渋々読んだ本に、この魔法陣が書かれていたのを思い出したからだ。
確か、魔法をかけた本人が死ねば消えるタイプの魔法だった。筈だ。多分。
(自信ねえな…あの本どこにやったっけ…いやいや、問題はそこじゃなくてだな)
問題は魔法陣ではなくて。
カインはゴルベーザを欲しがっていた。体だけでなく心も欲しがっているように、エッジには見えた。
カインが操られていたときにどういう生活をしていたのか、エッジは殆んど知らない。
だから、自分の知らないところでカインがゴルベーザを……愛するようになった可能性が全くないとは言い切れない。
(でも、ゴルベーザは?)
ゴルベーザは、ゼムスに操られていたからカインを抱いたのではないのか。
ゴルベーザもカインも、単なるゼムスの暇潰しとして玩ばれていたのではないのか。
じゃあ、カインの気持ちの行き場はどうなる?
「ああもう、ゼムスの野郎っ!」
苛々がつのり、思わず叫ぶ。
(やべ、カインが寝てるってのに)
そうっと隣を盗み見ると、ううんとうめいてこちらに転がってくるカインが目に入った。
金の睫毛に縁取られた目蓋が震える。
ついさっき、やっと眠りにつくことができたのだ。何とか覚醒する前に宥めたいと思い、エッジはカインを抱きしめ、背中をさすった。
(ねんねだ、ねんね)
何やらもぞもぞとカインは体を動かしていたが、それも徐々に大人しくなった。
でっかい赤ちゃんだなあと頭を撫でていると、途端、目の前の整った顔が、ふにゃ、と微笑む。
「…すき……です……」
これには不意を突かれた。
エッジは自分は今真っ赤な顔をしているだろうなと苦笑する。
この言葉は自分に向けられたものではないと分かっているのに。
(ようし、こうなりゃ自棄だ!今だけ俺はゴルベーザだ、ゴルベーザ……)
カインがこんな笑い方をするのなら、ちょっと位ゴルベーザになってやってもいいかな。
ぶつぶつと心の中で唱え続けるエッジに、結局眠りが訪れることはなかった。
End