弱い。醜い。汚らわしい。
どうしてこんなくだらない連中の相手をしなければならないのだろう。
私に咎はなく、しょうもない言いがかりをつけて襲いかかる汚い服を纏った男達。
金か、体か、あるいは両方か。一人で歩く女への目的などその程度だろう。
こちらが武器を出すと吠え、一斉にこちらに向かってきた。
飛びかかった一人を薙ぎ倒すと逆上し、躍りかかる一人の喉元を斬れば怒り狂う。
しかし続く三人目の左胸を貫くと十数人いるはずの男達は戦意を失い、出来もしない口上を並べながらあちこちに散り始めた。
ばかばかしい。死ぬのが嫌なら相手を殺すべきであり、それが出来ないなら初めから平凡な暮らしでも送れば良いものをーーーーーーー
私は武器をしまい、袖裏に隠しておいた結晶の一つを手にした。
『ブン スティディウクン ブヤ……』
足下に青黒い光の円が浮かぶ。私が何をしているのかを理解できないらしく、男達はピタリと動きを止めて振り向いた。
「ねえ」
私の問いかけに一番近くにいる男が声を振るわせながら答える。
「な、なんだ」
「死ぬのと恥を曝すのと、どっちがいい?」



テイルズ オブ リザルブ
一話目「女」 中



 カルカルナの木があるという平原はテント場からそう遠くなかった。広さはあるものの辺り一面草が生い茂っており、木どころか歩道さえない平原とは呼び
がたいものである。木を探すだけでも苦労しそうなのにその上野盗が住み着いているとなると容易ではない。
 だがエルアは躊躇しなかった。そんな暇はない、なにより大人達には任せられない。スヴェーを助けるには自分でその木の実を取りに行くのが確実だ。
「後は……」
 エルアは腰に掛けた剣に目を落とした。ポニーテールの女性が必死に運んできてくれた、エルアの唯一の武器である。彼女にとっては抱えてなお足下がふら
つく重さであったがエルアには軽い物である。お世辞にも良い武器とはいえない。だが青年であるエルアは武器を所有する事が出来ず、休演中の稽古の際にし
か手にする事も許されていない以上、この剣に必要以上の不平を言う事は出来ない。
(野盗にロクなのがいなければいいが)
 野盗は法に束縛されない代償として法に護られる事もなく、よほど大量を殺しでもしない限り何の罰もなく殺める事ができる。
 大半は欲に目のくらんだ考えのない無法者ばかりだが、中には武術や話術に長けた者もいる。後者(話術)はともかく、前者(武術)と当たっては危ない。
もし遭遇してしまったなら、こちらから先に手傷を負わせて押し続けるしかない。

 だが、その心配は妙な方向へと変わる事になった。
 数歩平原を歩いたところで空気が淡く光った。それに続く形で一帯の草が揃いの方向に靡く。雷にしては音が全くない上に光も弱く、錯覚にしては草が強く
靡きすぎである。
ぅぁぁーーっ!
 ほんの少し間を置いてから複数の悲鳴が上がる。断末魔の類ではなく何かに恐れを成した声だ。悲鳴の方は空耳ではないらしく、次から次へと様々な奇声が
エルアの耳に届いてくる。
「なんなんだ、いったい」
 エルアが毒づき、平野と見渡す。東を向けば空に太陽が、北を見れば名前も知らない緑の山が、西の遠く離れた木の正面から煙がーーーーー
 エルアの頭の中に嫌な妄想がよぎった。もしあの木がカルカルナだったら、もしあの煙が木を焼けば木の実も焼ける。そうなればスヴェーは助からない。
「うごぁっ!!」
 妄想に気を取られていたエルアは、茂みからあがった妙なうめき声によって目を覚ました。
 声の主はぼさぼさ頭の野盗だった。おそらく何年も洗っていないであろう茶色く汚れた絹の服からは所々毛深い地肌がさらけ出しており、左手にはナイフが
握られている。
 鞘から剣を抜いたエルアが尋ねる。
「聞きたいことがある。カルカルナは何処にあるか知らないか?」
 野盗に対して一般人が聞くにはあまりにも配慮深く、かつ的確な聞き方であった。これで野盗が襲いかかるようなら一方的に野盗に非があり、かといってへ
りくだっている訳でもないので野盗の下にも立ってもいない。
 だが、野盗の反応はエルアの思うものとは異なった。剣さえなければエルアにしがみ捕まりかねないほどに迫り、窶れた顔をくしゃくしゃにして説いた。
「そんなことよりあれを、あの化け物、いや女を殺してくれよぉ!!」
「・・・女?」
 いかがわしそうな表情で返すエルアに野盗は悲痛な声で叫んだ。
「そうさ!杖を持った変な女だ!!オレの仲間はみんなあいつの杖とかみな」
 野盗は最後まで語る事が出来なかった。首筋から灰色の金属棒が生え、血しぶきと詰まった奇声を上げながら目を開けたまま倒れ伏した。

まだ……いるの………

 倒れた野盗の後ろにエルアと同じぐらいの背丈の若い女がいた。真っ白なローブを纏っており、フードキャップから漏れた青い目はエルアのいる方向をとら
えている。
 エルアには最早何が起こっているのかが分からなかった。確信に至る物どころか疑念に値する物さえない。あの女が自分にとっても敵なのかあるいは第三者
か、野盗なのか一般人なのか軍兵なのか王族なのか。何が目的なのか。
 しかしそのうち一つはすぐに答えが出た。
 女は腰に掛けてあった木製の長い杖を取ると無造作にエルアに投げつけた。杖は異常に早く、エルアが気づいたときには杖と彼との距離はほとんど無かっ
た。避けられない、だが剣で受けるわけにもいかない。
「ちっ!!」
 エルアは胸元で腕を×字に組む。杖が二本の腕の間を突き抜き胴へと直撃する。
 想像していたほどの痛みはなかった。杖はカトンと虚しく音を立てて地面に落ち、数センチ転がって動きを止めた。
 それと同時に女はエルアとの距離を詰めていた。その右手には先ほど野盗を仕留めた金属棒が握られており、太陽の光を反射させた軌跡がエルアの手元を
狙った。
 しかしその時にはエルアも立ち直っていた。杖が当たってから女が間合いを詰めるまでに二秒ほどの時間があり、彼が剣で金属棒を止めるには十分であった。
 金属同士のぶつかる、激しさと重さを含んだ音が響く。
「お前は・・・なんなんだ!何故俺を殺す!!」
 ここぞとばかりにエルアが尋ねるが、女は動かずに黙っていた。
 エルアも動けない。しゃべる事ぐらいは出来るが、手先の注意をそらせばあの野盗と同じ運命をたどる事になる。女もそれが分かっているのだろう。
 だがそこで、エルアは女の幾つかの特徴を捉えた。まず、しっぽを二つ作っている青黒い髪。これまでにもさまざまな大陸の人々を見てきたが、青黒い髪と
いうのは少なくともどこの部族もあてはまらない。
 次に、足や腕が細いという事。エルア自身人の事を言える物ではない上そんなにやせ細ってもいないが、これほどの力を出すにはあまりにも不釣り合いであ
る。
 最後に、うっすらと黒みのかかった肌の色。エルアも双子もスヴェーも大人達も王族も、どの部族であっても肌の色は同じである。日焼けにしては何かが違
う。


 女とエルアの鍔迫り合いは続いていた。しかしエルアは焦燥に駆られている。煙が木を焼いてしまえば、この女をどうしようがスヴェーが危ない。そうなっ
てからでは遅い。
 エルアが打たざる先手を打とうとした、その時であった。
「ねえ」
 女が口を開いた。
「あなた、その連中の仲間?」
 立て続けに女が質問をふっかける。別段難しい質問ではないが、あまりの展開の変換にエルアはこれにどう答えて良いのかが分からず、つい剣を握る力を緩
めてしまった。女がそれを否定として受け止める。
「なら謝るべきね。突然殺そうとして、ごめんなさい」
 女は口上で謝っておいてから金属棒を降ろし、野盗に刺さった物と杖を拾って腰のホープ(普通の服装に剣や槍などを止めておく輪っか)にまとめた。
「それはもういい。それより、カルカルナの木が何処にあるか知らないか?」
 エルアは半ばヤケになりつつ尋ねる。すると女は少し細い目を見開いて尋ね返した。
「……そんなもの、どうする気?」
「薬に必要らしくてな。この辺りにあると聞いたんだがーーーー」
「それ、人間には、完全な毒よ」

エルアは凍り付いた。



蒼來の感想(?)
えーと・・・あとがきがないのは、仕様ですか?(マテw
それと題名の位置をこちらで勝手に変えました。
この方が良いと思い愚考したまでですが・・・不味かったら連絡くださいまし。<(_ _)>
えーと、今回は勘違いからの戦闘シーンですね。
まあ、大事にならずに・・・でも毒なんですね、求めていた材料(−−;
さて、この先如何殴りこむのでしょうか?w