子供は、子供とは、どうしてこうも残酷なのだろう?

常に真実しか言わず、常に嘘しかつかず、常に人を傷つけ、自らの幸福のためになら人を不幸にする事を何ら厭わない。

それでも彼らが許されるのなら、それは他ならぬ、単に彼らの可愛らしさゆえである。





機動戦士ガンダム
神々の旋律byダークパラサイト
第10話『双つの想い』







私の部屋には窓が無い。

生まれたその日から、ずっとそうだ。

それ以外は何もほかと変わりはないというのに、何度家を移しても、何度部屋を変えても、部屋には必ず窓が無い。

外が見えない。

でもそれを不思議だと感じた事も・・・無い。

それは私のためにとられた措置。

私のためを思えばこその配慮。

それを知っているから、感謝をした事はあるけど、人を怨んだ事は無い。

色素性乾皮症

それが私が生まれつき持っている病気の名前。

遺伝病の一種で、太陽光線にあたる事で皮膚がどんどんぼろぼろになっていき、やがては皮膚がんなどを発症して死に至る。

そんな病気。

私だって、もう長くは無い。

殆ど日の光にあたった事はないけれど、それでも自分の命の灯火がゆっくりと消えていこうとしているのが分かる。

明日か、明後日か、一年後か、五年後か。

詳しい事は分からないけれど、十年もつ事は・・・きっと無い。

「早く帰ってこないかな・・・。」

近くに何も無いからだろう。

吹きぬける風の音が、分厚い壁越しでも微かに聞こえていた。

部屋の中にいても、外は確かに雨なのだと分かる。

もうかなり風が冷たいころだ。

彼が濡れなければいいと、そんな事を願っている自分がいる。

彼が傘を持って出たか、必死に思いだそうとしている。

そんな事ばかり考えているせいか、机の上に広げられた勉強の御本はその半分も頭に入っていなかった。

おざなり程度にもっている鉛筆だって、さっきから何も書いていない。

真っ白なノートの上であっちにうろうろ、こっちにうろうろ。

忙しない。

仕方なく、机の横で飼っている文鳥のケージの隙間から鉛筆のお尻の部分を突っ込んでみた。

まるで待ち構えていたみたいに白い文鳥は鉛筆をその嘴の先で突付いてくる。

コツコツという確かな振動が指先に伝わってきて、それが生きている息吹なのだと知らせてくれる。

「お前は・・・ここを狭いと思う?」

周りを全て壁に囲まれた家。

そういう意味では、文鳥も、私も、住処に変わりは無い。

本当ならば大空の下、羽を広げ飛ぶはずだった小鳥。

本当ならば太陽の下、大地を走ることができるはずだった私。

「それとも、お前もこれで十分だと思う?」

小鳥はやはり鉛筆のお尻を啄み続けている。

その動作そのものに意味は無いはずだけれど、私にはそれが文鳥が今の生活を肯定している証のように思える。

井の中の蛙は、大海を、自分のいる世界より大きな世界を知らないわけではないのだ。

彼はただ、自分のいる世界から出れば死んでしまうから。

世界を知るというのは自分の死と同義だと知っていたから。

外に出なかったのではなく、出る事ができなかっただけなのだ。

「そう・・・だよね?」

じゃないと、悲しすぎる。

哀れすぎる。

――――チチチチチ――――

不意に、カナリヤが鳴き声を上げた。

私の声に答えたのではない。

この子が鳴く時は、理由は一つしかない。

「帰ったの?!」

カナリヤが一声鳴いただけなのに、暗い気持ちは一瞬にして全部吹き飛んでしまった。

全身の神経が、筋肉が、彼を向かえるためだけに活動を再開する。

耳の奥では、確かにパシャッパシャッという何かが水を跳ねる音を捉えている。

距離はもう殆どなかった。

ドアの前まで、彼はやってきている。

私は急ぎ椅子から降り、二重ドアになっている扉の近くまで走り寄る。

そうするだけの、理由がある。

――ガシャン――

近くにかけてあったバスタオルを取って私がドアの近くまで走り寄ったとき、重々しい音を立てて鍵が開いた。

でもこれは、一つ目の鍵を開く音。

日光が絶対に中に入り込まないよう二重にされた鋼鉄製の扉は、これだけでは彼の姿を私に見せる事を許さない。

一つ目の入り口から二度折れ曲がる複雑な廊下を通った後、ようやく彼はここに、私の部屋に、たどり着く。

一日千秋どころではない。

その、ほんの十秒程度の時間でさえ待ち遠しく感じられた。

さっきまではそれほど気にならなかった時計の秒針の音がやけに大きく聞こえた。

かちっかちっという音が、こつっこつっという靴の響きに唱和していく。

そして。

――カシャ――

ゆっくりと、第二の鍵が開く。

ようやく、彼と対面する。

「ただいま、セナ。元気にしてたかい?」

ほんの少し、心が痛んだ。

それを悟られぬよう、細心の注意をこめて

「お帰りなさい。お兄ちゃんこそ、傘持っていかなかったの?びしょ濡れじゃない。」

彼を、出迎える。

だが、懸念はやはり真実だったらしい。

私よりも頭一つ以上大きな彼の体からは雨の雫がまるで滝のように滴り落ち、フローリングの床をぴたぴたとぬらしていた。

急ぎ持ってきたバスタオルを手渡しながら、ここが畳でなくて良かったと、本気でそんな事を思う。

そうする事で、やましい事は無いのだと自分に言い聞かせる。

「ああ、悪いな。まさかこんな時期にこれだけ強い雨が降るとは思っても見なかったんだよ。」

人間では極めて稀だというオッドアイが眦を下げた。

その笑顔には、何の邪気も感じられない。

「まるで本当の妹を見るように」私のことを見下ろしている。

「あ・・・その、お風呂、入る?」

「う〜ん・・・そうだな、入るよ。」

「じゃあ着替え取ってくるね。」

彼の顔をじっと見ている事ができず、私はその場から逃げ出した。

何時もこうだ。

彼に会う事が嬉しくて仕方が無いくせに、会えば逃げ出してしまう。

あまりにも幼稚なごっこ遊びに、心が耐えられなくなる。

だって私は「セナ」じゃない。

だって彼は私の兄じゃない。

これは、どうしようも無い馴れ合い以外の、何ものでもない。


「こんにちは、突然お邪魔してごめんなさいね。」

今と同じ窓の無い部屋の中。

そんな言葉と共に突然見た事も無い女が私の部屋に乗り込んできたのはちょうど今から四ヶ月ほど前の事だった。

白の軍服に身を包んだ女性の名はサーシャ=ツダ。

一人暮らしをしていた私の家を訪ねてくるものなどかかりつけの医師とたまに来てくれるボランティアの人ぐらいのものだったから、現実感の無い訪問客に最初は凄く戸惑った。

そして、次に起こったのは嫌悪感だった。

彼女が部屋に入った瞬間に感じた噎せ返るような匂い。

そんな匂いを嗅いだ事は無く、それが香水の香りだと理解するのにさえ時間がかかった。

今でも、あの匂いは好きになれない。

何度嗅いでも噎せ返りそうになる、女としての匂い。

女になる前に死ぬ事を義務付けられた私が、好きになれるはずが無い。

だが、何度か訪問を受け、言葉を交わすうちに、彼女に対し少なからぬ好意を抱くようになったのもまた事実だった。


「こんな所で、寂しくは無いの?」

だから、彼女が会話の途中そう切り出してきたとき、その言葉に素直に内面を吐露してしまったのだ。

寂しいと。

家族がほしいのだと。

その言葉を、彼女がずっと待っていたのだとも知らずに。

「そう、じゃあね、あなたにお兄さんをあげようか?」

どこまでも自然に、彼女はそう切り出してきた。

「条件はあなたが自分の名前を捨てる事。それだけよ。」

それがどのような意味をもつのかを知らぬまま。

それがどれほどの罪であるのかを知らぬまま。


私は。


その条件を。


自分の寂しさを紛らわせるためだけに。


呑んだ。


そして、今私はここにいる。

「ナメス=トレン」としてではなく。

「セナ=ムラサメ」としてくだらないごっこ遊びに付き合っている。


別段不満は・・・無い。

「彼」はかっこいいし、優しいし、何よりとてつもなく強いらしい。

大昔、まだ母が生きていたころに夢物語で聞いた王子様のような存在なのだ。

不満など・・・あろう筈も無い。

「お兄ちゃん・・・。」

脱衣所で綺麗にたたまれている軍服に鼻を埋める。

あれほどの雨に打たれてなお、服には彼女の香水の香りが残されていた。








会いたい人がいる。

どうしても、会いたい人がいる。

それはずっと以前からの僕の望みだ。

そのためだけにここにいるといっても過言ではない、僕の恋人。

恋人といっても、出会った事も、話した事も、文を交わしたことすらない。

そもそも、彼女は僕を知る事すらないだろうが、その娘は僕の最愛の人だった。

はじめて彼女を知覚したのは三歳のころ。

当時の名前はシュウ=オルトランド。

今はもう五人目の母親がいるのだけれど、ちょうど産みの親が死んだその時のことだ。

スリップ事故を起こした車が壁にぶつかって止まる、その直前。

ほんの数秒間の間、やけにリアルに、やけに生々しく、彼女の存在を感じ取った。

その後すぐに気を失ってしまったのに。

それはもう、はるかな昔の事なのに。

僕は未だにはっきりと覚えている。

それは、それがあまりにも純粋な感情だったからだろう。

普通、人はあれやこれやの感情を、それこそあまりにも雑多な感情を、まるで混沌のように体に巻きつかせている。

例えるなら、ミキサーで作ったミックスジュースのようなものだ。

ごちゃ混ぜの味の中から、舌が感じたいと思った味を引っ張り出してくる。

それとは知らずにできてしまう味だってあるだろうし、もちろん、それ自体がたった一つの感情と化した化物のような味だって、ごく稀にある。

だが、彼女はそのどちらでもなかった。

普通の人の感情をミックスジュースに例えるなら、彼女の感情は小分けにされた宝石箱のようなものだ。

勝手に感情を引き出すのではなく、状況に応じて彼女が引き出してくる。

そこでは複数の感情をたった一つの世界に整理している。

哀しいときに笑い、可笑しなときに悲しむ。

そんな事すらできるのではないかと、そう思ってしまうほどに異常で、だがあまりにも美しい精神世界。

僕はその美しさに魅入られ、そして彼女に恋をした。

彼女はきっと、自分の本心を持つことなんて永遠にできない。

もし持つ事があるとすれば、もし彼女が感じた感情があるとすれば、それは彼女が他者から与えられた言葉に従って、無理やりに宝石箱が開かれたそのときだけだ。

整理された感情の中で、人に流されるままに生きていく、それが彼女に与えられた唯一の道なのだ。

そんなことまでわかってしまったから、僕は彼女を忘れられなかった。

いや、そんなものは詭弁にすぎないだろう。

忘れられなかったのではない。

忘れなかったのだ。

人間は、忘れようと思えばいつでも忘れる事ができる。

どんなに忘れぬようにと思った記憶も、いつかは風化する。

変質する。

それが美化か、それとも真の忘却かの違いこそあれ、そのまま覚えていられるなどということは無い。

もしあるとしたら、それはそこで停止してしまった場合。

リピートではなく、ストップ。

本来ならば有り得ない、記憶の停止。

僕は、それを彼女との直接的な接続という更なる異常によって可能とした。

それ以降、世界の何処にいようとも、宇宙の何処にいようとも、彼女を見失う事は無い。

僕は常に彼女の心を覗き見ることができる。

それは。

なんて綺麗で。

なんて美しいのだろう。

それは求めてはならぬ世界であると知りながら。

それは許されざる罪であると知りながら。

僕は今日も彼女の心を覗き見ている。

憚る必要は無い。

この覗き見は誰にばれる事も有り得ないし、誰に裁かれる事も有り得ない。

自分の中で感じる罪悪感以外、裁きの鉄槌は存在しない。

「おやすみ・・・ナメス。」

今日もまた、ナメスと同じ夢を見る。

他人と同じ夢の共有ができるだなんて、なんてすばらしいのだろう。

たとえ一方的な恋であったとしても、僕にとってこの恋は完成し尽くしている。

窓の無い部屋の中、熱核ハイブリッドエンジンの重低音を子守唄にして僕は深い眠りについた。

隣で眠るのは五人目の母。

五人目の父。

明日また戦えるよう。

今はひと時の急速に身を休めていく。







あとがき

捻じ曲がった他者への愛情! 狂いに狂った世界の調和! それは宇宙からの侵略者と、一人の少女の戦いの系譜。
 次回、スリープinドリーム お楽しみに!!

とか何とか、嘘しかついていない次回予告から始めてみました。ダークパラサイトです。(でもこの話自体は本当に作っています・・・)

今回は初登場キャラ、セナ=ムラサメ(偽)がほとんどで、ほんのちょっぴりシュウ君の過去と今の話、と言った構成です。

二人とも餓鬼の癖にいい根性した中々の狂いっぷりですね、いい傾向です(オイ

が、今回の本文中で最も骨子となるのは色素性乾皮症についての事だと思われます。

ですので、下に家庭の医学から抜粋できる以外のこの病気に関しての追記情報を記しておきます。

病気について何の興味も無いという薄情なお方は読み飛ばしてくださって構いません。

 色素性乾皮症は当然のことながら実際に存在する遺伝病で、中世ヨーロッパなどでは吸血鬼症(直射日光にあたると発症するからでしょうか?)などとも呼ばれていました。
 発症するのは物心つき始めるころとほぼ同時で、そのほとんどが十代になる前に皮膚癌の発症で死亡してしまい、一部の生き残りも二十五歳になるまで生きる事はありません。
 そのためこの病気の遺伝子をホモ結合で持つ親から子供が生まれるということはまず有り得ず(普通の思考回路を持つ人間であるならばそのような子供を産もうとは思わないはずです)、全人類で見ても因子の保因者(要するにヘテロ結合で病原性遺伝子をもつ者)は極めて稀で、当然の如く保因者同士が配偶者となる事もめったにありません。
 誤解が無いように付記しておきますが遺伝病なので空気感染を引き起こす事など有り得ず話したり一緒にプールに入ったりもできます。
 現在日本でも少数の患者が存在しますが、必ず死に至る病でありながら政府から重病指定を受けておらず、現在患者の親などが政府に対し要請を行っています。

・・・私が知っている事は以上です。

これ以上の事を知りたいと思うのであればさまざまな学術書等を読んでご自分でお調べください。

少なくともこの作品を読む上ではこれ以上の知識は必要ありません。

で・・・。

蒼來様に質問、というか詰問です。

なぜに、どうして、一週間が三十日に達するなどというびっくりドッキリな事態になっているのでしょうか?

そのような時間概念、私が許してもお天道様とお上が黙っていません。

早急に体内時計の遅れを取り戻していただきたいと思います。

・・・このままだと私が投稿しているサイトの管理人は更新ができなくなるなんて言う変なジンクスを作りかねませんので。

・・・・・・・・・

ではでは、だんだんどんな話を明るい話というのかさえ分からなくなりつつあるダークパラサイトでした。

蒼來の感想(?)
お久しぶりです、風邪が何故か悪化している蒼來です。
ダークパラサイトさんの言われるとおり、このHPは1週間更新のはずでした。しかし今年に入り自分の転職や厄年じゃあないのに厄なのか?!と言う状態で、はだはだご迷惑をおかけしております。<(_ _)>
先月、月2回に移行しようとしたのですが・・・早速失敗してる有様です。
ので、ここで言う&前言撤回で可笑しいのですが、掲載作品があれば1週間ペースで更新(前のペース)しようと思います。
出来ない場合は前もって出来る日の予告を、急の場合でも本日ではなく更新日を掲載するように致します。

では感想を。
ええと・・・偽さんの生活なのでしょうか?
もしかして、兄の精神安定の為かな?
ちなみにムラサメ姓を持つガンダムキャラは「ゼロ・ムラサメ」が居ますね・・・彼は何処だ?w