傅く世界は儚く脆く:幻想伝奇小説風聞
その日、時にして寿永二年(西暦千百八十三年)、皐月は十三日、夜半過ぎ。
朧月夜の倶利伽羅峠の裾野には源氏は木曾次郎義仲率いる軍勢おおよそ一万が、突入の時を今か今かと待ちわびていた。
対するは峠の上に広がる僅かな平野部に陣を引きたる平維盛が軍、概算にして三万余。
無論維盛とて義仲の強さを知らなかったわけではない。
しかしながらまさか義仲が倶利伽羅にまで攻め入って来ようなどとは夢にも思うておらなんだ。
一万と、三万。
まして、攻め入るにあたってはその三倍の兵を用意せよとまでいわしめる峠においての戦いである。
絶望的といっても良いであろう数の差がそこにはあるはずであった。
いや、実際にあった。
だが、陣中にて朝を待つ彼は未だ知らない。
義仲はこの戦より前、横田河原において三千の兵をして四万の兵を打ち破っている。
時に御年二十八歳。
それより先、祖国が飢饉に見舞われる等の災在りし故二年の月日を経てこそいるものの、此度は一万の兵が揃っている。
戦を忘れた腰抜け兵を三万ばかり集めたところで義仲の敵ではない。
ましてはここは音に聞こえる倶利伽羅峠。
ひとたび動乱の気起これば兵は自ずと自滅する。
手を下されることなくとも、足場を失った兵は崖下に落ちるであろう。
「く・・・・・・くくく・・・」
裾野の陣中、一際美しい鬼葦毛の馬に跨った騎馬武者が笑い声を洩らす。
彼の者こそは源氏が総大将源義仲。
この折御年三十を数えるとは思えぬほどの端麗なる容姿と金造りの桑形が、朧月夜の薄明かりの元に真優艶なる様を映す。
策は尽くした。
天も我に味方した。
夜半も過ぎ朧月夜と在っては、敵方より自らの兵の攻め上る様を看破する手筈は無い。
後は自らの策の成就するをみるを残すのみ。
「のう、巴」
「は」
随伴する兵も、これまたやはり美しい栗毛の馬に跨っていた。
だがしかし、よくよく見やればその容姿、女のものには在るまいか。
見事なる金飾りのつきし大鎧に身を固め、その手に振るうは九尺六寸の大薙刀。
されど、伸びるに任せ靡かせたる黒髪の、なんと美しかりし事よ。
色白の面立ちに朱の一線すら引かぬ唇は一文字に結ばれ、黒く黒曜石の如くに澄んだ瞳には血を吹きて倒れ落ちる維盛の首をのみ映す。
かの女、名をば巴御前と申す者。
義仲の生涯に渡り随伴し、名だたるつわものどもを一刀の下に斬り伏せていく鬼女もこの時未だ二十六歳であった。
「この戦、何れが勝つと思う?」
「然れば御舘様は自らに敗北の道ありやと御考えでございましょうか」
「まさか」
からからと、声を忍ばせながらも義仲は笑う。
「では、勝つとするか」
「御意のままに」
二頭の馬が、夜道の土を蹴る。
同時に、それぞれが凡そ三千ばかりに別れた源氏の軍勢は三方より一斉に峠の坂を駆け上がり始めた。
後に聞こえる倶利伽羅峠の戦い。
戦はまだ、その前哨戦に入ったばかりであった。
ちょっと長いあとがき
どうも、ダークパラサイトです。
突然ですが、私は木曾義仲が好きです。
どれぐらい好きかと申しますと、彼に関する小説や文献を読み漁り、果てには自分で小説を書こうなどと考えてしまうほどに好きです。(しかもこれ、実は二作目です)
木曾の山野を名馬鬼葦毛に跨り駆け巡る義仲と、付き従う妾、巴。
山野を舞台にした戦と恋愛、そして人としての苦悩。
考えただけでぞくぞくしてきます。
完全に私だけの世界です。
・・・・・・が、如何に少ないとは言え彼らの生活をそのまま伝記にするだけであれば面白くありません。
私らしくもないでしょう。
ただでさえ知名度の低い武将ですから、絶対に読んでもらえません。
私は悩みました。
作品は、書きたい。
けれど、たった一人でも良いから読み手も欲しい。
で、結局冒頭の売り言葉「幻想伝奇小説風聞」を入れることと相成りました。
要するに誰かが語った神様だの鬼だのがたくさん出てくる不思議なお話、です。
勿論、やるからには手は抜きません。
参考にする書類、文献の数は悠に十冊を超えています。
何で受験を一週間後に控えてこんな事を始めてるんだろう?とか考えないでもないんですが、場合によっては他の作品を押しのけてでもこのお話を完成させたいとまで考えています。
というわけで、傅く世界は儚く脆く、プロローグでした。
参考文献一覧表
『旭のぼる』(塩川治子・著:河出書房新社)
『木曾義仲』(小川由秋・著:PHP文庫)
『「日本の神様」がよく分かる本』(戸部民夫・著:PHP文庫)
『平家物語』(杉本圭三郎・訳:講談社学術文庫)
『学習漫画 日本の歴史F』(入間田宣夫・監修:集英社)
他、インターネット内資料、日本史の教科書、学術書、など。
なおこの物語はフィクションであり、実際の歴史との互換性は殆どありません、あしからず。
蒼來の感想(?)
すいません、源平時代余り好きじゃあないんですw
つうかこれも続き物・・・ホントに大丈夫?(−−;
ちなみに源平時代の一押しキャラは・・・
富士川の戦い以降に出てきて、頼朝や義経に出番を喰われてその後が分からない、源範頼w

