鉢かつぎ
(序)



 昔、昔から始まる話になる――。

 昔、昔、いつの御代のことか、ある徳の高い帝がおわした。帝には同腹の妹宮が一人おられた。この御方はすべてにおいて優れておられたが、ことに琴と琵琶に長けていらっしゃた。
 姫宮の奏でる琴と琵琶の音を聞き、すでに年老いたが当代一と讃えられた琵琶法師が、自分以外にはこの姫宮にしかこの曲は奏でられまいとして、秘伝の曲をさずけた。姫宮が琵琶でその曲を奏でられると、誰もが心震わせ涙し、楽に聞き惚れた。
 姫宮はお美しく、慕い寄る公達に事欠くことはなかったのだが、一体、どのような縁があったのか、名もない、一人の男と心を通い合わせるようになってしまった。
 男の生まれ素性は卑しいものではなく、母の血を遡れば宮家にも辿り着く家柄であり、父もまた、中将にもなった男であったが、世に儚きを覚え、受領として都を下がった者であったから、幾ら、富裕ではあっても男に姫宮の求婚者たる資格はなかった。
 しかし通い合った心はせき止めがたく、二人は乳人子を仲立ちとして、恋をはぐくんだ。秘密裏の恋ではあったが、いつしか人々の知るところとなり、帝の怒りをかった。
 若い恋人たちは罪を与えられ、引き離される前に、心を決めた。月のない闇夜に男は女を負ぶって、ひっそりと都を旅立った。
 星ばかりの夜空の下を、男はいとしい女君を背負い、歩いた。女君はいとしい男の背にひしとすがっていた。夜の恋路、闇の恋路、二人の男女の吐息は生々しく、息づいていた。
 二人がどこへ去っていったのか、誰も知ることはなかった。  帝は妹宮が男と共にどこへとも知れぬ場所に旅立ったことを深く、悲しんだ。それほどのまでにと思い定めているにもかかわらず、冷たく、激しく、彼らを引き裂こうとしたことに後悔を覚えた。
 人々もまた、姫宮が心優しい方であったことを思い出し、男も身分は低いものの、立派で、優れた才と武勇の持ち主であったことを思い出し、哀しい恋の道行きに涙した。
 帝は命を下し、二人を探させたが、彼らがどこに落ち延び、どこで生きているのか、はたまた死んでいるのかも、分からなかった。
 そのまま十数年がたち、帝は哀しみを心に秘め隠し、そして、世は何事もなかったように過ぎ去っていくのだった――。


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