「一馬の手柄だな」
「ああ。あそこで、矢を射てなかったら、間に合わなかっただろうし」
濡れそぼったお体を床にあずけた将さまの青ざめたお顔は、まるで幽鬼のように生気のないものでしたが、胸元はゆるやかに上下されておりました。か細くはありますが、息づかいの音も漏れて、お命に別状はないようでございました。
その呼吸が、ふと途切れ、苦しげに乱れたのに気づいた一人が、声を上げ、みなの注意を促しました。
「気づいたみたいだ」
将さまは、まだ苦しげなご様子で、咳き込まれておられましたが、ご自分が竜宮でもなく、船の船室にいるのにお気づきになられ、上半身を起こされました。
頭をもたげれば、そこにはご自分を見下ろす男たちが四人。いずれも帝方の武者ではなく、郭家の者と見て取れます。
怯えたご様子を見せたのもほんのわずかな間、将さまは、厳しい目を向けられたのでした。お口は聞かれずとも、その瞳に光るお怒りと憎しみを感じ取り、四人は一時は驚きを見せたものの、そこはすでに勝利を得た側の余裕を見せ、虜となった将さまを見下し続けるのでございました。
「――帝が、ご寵愛あそばされたというから、どれだけの佳人と思ったら、こんなものか」
「これならば、遊び女にも負ける」
「ああ、白拍子の方が、よほど芸にも長けて、閨の仕草もいいだろう」
郭家の若君とその仲間は、遠慮無しに笑い声を上げました。
宮家の血の流れる体を、遊び女と同列に語られる無礼な仕打ちに、将さまは大きな黒い目を震わせ、四人の若武者達をお睨みになりました。彼らこそ、にくい仇、帝に弓引くという蛮行なした者たちなのです。
しかし、天をも恐れぬ武家の者が四人でございました。将さまの視線など、撫でられたほどにも感じぬと荒々しく、笑い飛ばされ、身を辱める言葉を次々と投げかけてくるのでございました。
将さまは顔を背け、聞くに堪えぬその言葉に、きつく唇を噛みしめるばかりでございますが、指先を伸ばし、濡れた袂を合わせる仕草一つに、口惜しさが滲み出ててしまわれます。
帝さえ、ご存命ならばこのような無礼許さずにおくものを、そう思えば思うほど、阿智浦に三種の神器抱いてお沈みになられた功さまのことが思い出されて、なぜ我が身ばかりがおめおめと生き伸びてしまったのか、今からでも遅くない、いっそここでと、舌を歯の間に挟まれようとすれば、それはならじとさすがの武者達も慌てて、将さまの口に布を銜ませになられたのでした。
そこで、猿ぐつわをかませるために、近づいた一人が、おやとばかりに目を見張ったのでした。
こう申しては不敬でございますが、将さまはお美しさを誇られるお方、という訳ではありません。郭家の姫君は見目良き方、と聞き及んでおりますし、顔立ちだけならば、あるいは郭家の大の君は将さまより美しいのやもしれません。ですが、将さまの目鼻立ちの優しさや清らかさ、その溢れるような高貴さやかぐわしさは、たかだか武家上がりの家柄の者が持ち得ることなど出来ないものなのでした。
そのお優しいお顔を、怒りと、また寒さのために紅潮させ、濡れ濡れとした黒髪を乱したまま、時折、四人の武者を睨みつけるご様子には、いっそ凄艶といってもよいほどの、艶がございました。
お召し物はお体にはりつき、将さまのほっそりしたお姿を露わにしております。肩も胸元も乱れて肌がのぞき、裾からも細い足首がちらちら見て取れ、それらは、ほんの一時前まで海に沈まれていたことをなまなましく思い出させるものでございました。
勝ち戦を終え、また尊い御方を捕らえた手柄に気を取られていた四人は、改めて、将さまのお姿を眺め直したのでした。
内裏の奥にある後宮のさらに奥深くにて、帝以外の殿方には姿をお見せになることもなく、大勢の女房たちにかしずかれ、一生をお過ごしになられるお方でございます。帝の御寵愛深いことは知れ渡っていましたが、そのお相手である将さまを、目にしたのは、思えば、これが初めてなのでした。
世が世なら自分たちの目に触れることもない、やんごとなきお方が、目の前で感情も露わにされている。そう思うと、震える将様の面に、なにやら嗜虐めいた心やよこしまな思いを呼び起こされ、ついと若武者の一人が手を伸ばしてきたのでした。
気づかれた将様は、はっと身を強張らせるも、すぐに伸びてきた手を打ち払い、口中に押し込まれた布をお捨てになると、まなじり上げて、何をする、と無礼な振る舞いをおとがめになられました。
虜囚となった身とはいえ、先々帝の血を引く御身、荒くれた武士が触れて良いようなお体ではございません。
その手首を掴み、えいとばかりに自分の方へ引き寄せたのは、郭家の縁戚に当たる李家の潤慶でございました。
あっ、と声を上げながら、潤慶の腕の中へ身を預ける形になった将さまは、羞恥と怒りの余り、頬を真っ赤に染め、無礼だと押しのけようとされましたが、対する潤慶は薄笑いを浮かべ、将さまの顔をこちらへ向けさせるのでした。
「風祭の世は終わった。次は誰の世か? いっそ、郭家に身をゆだね――」
潤慶が言葉言い終えぬうちに、将さまは手をひらめかせ、その頬に鋭い一手をお与えになったのでした。
潤慶の方は、一瞬、驚いたものの、なんといってもそこは幾多のいくさに出陣してきた武士、このような一撃など、矢雨や白刃のきらめきに比べれば、羽虫に止まられたようなもの。構わず、我が方へと引き寄せ、御身を抱こうとしたのです。
将さまは、両手で潤慶の胸を突こうとなさいましたが、荒事になどなれないお手、あっという間に潤慶の手で封じられてしまわれました。
潤慶は小刀で帯を裂き、お召し物の合わせ目を、左右に開くと、将さまの白い胸元を露わにしてしまったのです。
それまで、微笑を浮かべ、またあるいは眉を顰め、潤慶の為すことを眺めていた三人も、おやとばかりに将さまの方へと身を乗り出し、やがてそれぞれに笑いを浮かべ、口々に言うのでした。
「尊い歯形だ」
「おそれおおい」
「拝まなければいけないね」
「ありがたいことだ」
はは、と四人の男たちは嘲り笑いつつも、将さまの肌に、ぎらりと光る目を向けるのでした。
寒さに白さをいや増した将さまの肌、そこに、うっすらと残る赤い痕は、帝がお残しになられたもの。三日前、これが今生の別れとなるやもしれぬと、功さまは将さまをお側に召されたのでございました。
お二人の細やかな語らいは、いくさの場とは思わせぬほどに、情愛深いもので、お側に控える者たちは、なんの因果あってこの仲むつまじいお二人が、明日をも知れぬさだめになってしまわれるのかと、世の儚さ、無情さを思い、はらはらと涙を流しては、郭家を恨めしく、またにくらしく思うのでした。
功さまは時が許す限り、将さまを傍らからお離しにならず、将さまは涙を堪えながら、この世で結ばれたのなら、来世でも共にあればよろしいのにと、ただただ切なげに繰り返されておられました。功さまは、自分よりも若い身で何を哀しきことを、とほほえまれながらも、将さまを強くかき抱き、どの世でも比翼の鳥たらん、連理の枝たらんと囁き返されるのでございました。
そのような哀しい最後の逢瀬のやり取りも知らず、武者どもは、将さまのお体から無理矢理に、お召し物を剥ごうと前をはだけさせるのでした。
濡れそぼり、冷えた白いお体は、色ごとのことなど何一つ知らぬほどの清らかさに満ちておられます。功さまがかつて、こよなくいつくしまれてきたというのに、童でも持ち得ない無垢さを保たれ、それが、また御寵愛の理由の一つなのでございました。
震えながら、この陵辱にお耐えになられているのを眺めやれば、新雪を汚すにも似た加虐の心が四人それぞれに湧いて、あとはその浅ましい心に溺れるばかり。
功さまのお残しになられた痕よりも赤い、胸の先端を摘まれば、将さまは小さく息をお吐きになられ、それでもなお、潤慶の手を拒まれようと、後ろへ逃れようとなされます。
その肩を掴んだのは、郭家に仕える若菜家の結人。
「どうして、逃げるんだ?」
将さまはその手を払おうとなされましたが、逆に掴まれ、床にねじ伏せられてしまわれました。それでもと、起き上がったお体を、背後から前から捉えられて、身動きもかなわず、わずかに手足をもがかせるご様子は、蜘蛛の網にかかった蝶のように頼りないものでございました。
お声を上げ、止めるよう言われても、将さまのお言葉を聞き入れるような四人ではありません。
濡れた髪をかきあげられ、耳たぶを噛まれれば、出来るのは顔を伏せて、唇を噛みしめ、突き上げてくる悲鳴を堪えることばかり。しかしそれも、手指で体をまさぐられ、何度も何度も、胸の先をつまびかれ、あるいは指先で擦られている内に、将さまは、次第に頬を赤らめられ、息づかいも乱してしまわれるのでした。
いやいやされるようにかぶりを振られても、切なげに顰められた眉間には、快楽の気配が確かに漂い、漏らす声も制止ではなく甘やかな呻きに変わり、いつの間にか、それだけはなるまいと固くお閉じになられていた膝の間もゆるめられてしまわれました。
青白かった肌に血の気が戻られ、肌が桃色に染め上げられれば、眉をひそめて眺めるばかりだった郭家の嫡男英士も、さすがに、興を引かれたのか、手を伸ばし、なめらかな肌を嬲るのでした。
将さまは恨めしい、恨めしいと仰せになられながらも、そこは、帝が御心をそそぎ、御寵愛されてきたお体でございます。かたきの手にも素直に応じてしまわれるのでした。
開かれた膝の間に手を忍ばせ、肉芽に触れた潤慶、やあと囃し立てるような声を上げ、かように高貴なお方も、やはり、このように濡れてしまわれるのか、と将さまの耳元へささやきかけるのです。
「嘘だ、違う、そんなこと……」
「それ、ぼくが嘘ついてるってこと? ひどいなあ」
将さまは首を右に左にお振りになりながらも、膝を閉じられようとしましたが、将さまの膝に挟まれた形になった潤慶の手が、なおも肉芽を嬲り、後庭へと伸びてきたのに、咄嗟にお膝を開かれてしまわれました。
そこを逃さず、潤慶が手の中に肉芽を収めてしまうと、将さまのその熱き血の通う部分は、ひくつき震え、なおの愛撫を求めようと、張りつめて、雫をこぼしてしまわれるのでした。
「こんな音、立てているのに、まだ違うっていうの?」
さすられ、握られ、やわやわと責め立てられても、将さまはうんとは申しませんが、どうしたことか、知らず知らず、お腰が揺れてしまわれるのでした。
「あっ、いや、違う、そんなことない……」
「心外だなあ。ぼくは嘘を言ってないよ。ねえ、ヨンサ」
「さあ」
英士は微笑を浮かべ、素知らぬふりを装います。結人も笑うばかり。その間にも、将さまの秘所からは、かすかな水音が響くのでした。
「――確かめればいいだろう」
そう言ったのは、これもまた結人と同じく、郭家に仕える真田家の一馬。
「あ、それもそうか」
うなずくやいなや、潤慶は将さまの膝裏に手を差し込み、あろうことか、両足を大きく左右に開かせると、三人の前へ押し出したのでした。
乱れた裾からこぼれる将さまの白い足、そのずっと奥、つけねにある秘め隠されてきた部分は、いまや露わにされ、四対の視線に晒されてしまわれたのでした。
帝からも受けたことのない、この無体な仕打ち。
将さまは激しい羞恥に、気も遠くなるような思いで、必死に足を閉じようとなされましたが、潤慶の力強い手に、なすすべがございません。離せといっても聞くような相手ではなく、ついに力失い、潤慶の方に倒れ込めば、
「ああ、これはユンが正しい」
結人が明かりを手にして、さっとそこを照らし出せば、より露わになる将さまの隠しどころ。
伸び上がり、なおの愛撫を望むようにしとどに蜜を溢れさせた肉芽は、見つめられていっそうひくつくご様子、薄桃色に染まった内ももの肉は柔らかく張り、淡く茂った草むらは肉芽から溢れた雫に湿り、あるいは雫が玉を結んで、きらと光り、薄紅色の後庭へとしたたり落ちていくのでした。
「嘘はついていなかった訳だ。女御様はびっしょり濡れて、好色なことだ」
「玉体をお慰めしてきたのなら、ここもさぞ尊いことだろう」
遠慮のない声が、容赦なく降りかかり、吐息まで吹きかけられる始末。将さまは身をよじらせながらも必死で、罵りのお言葉を口にされようとなさいます。
「帝に仕える身でありながら裏切った上、この、この無礼――い、あっ」
「こちらも涙を流して、やんごとないお方は上も下もお忙しいことだ」
英士の指も遠慮無しに触れてくるので、将さまの頬はいっそう鮮やかに染まり、唇噛みしめ、悔しげに震えられます。口をつくのは、恨めしい、の一言。
それでもなお、ひくひくと英士の指の中で、将さまの肉芽は雫をこぼし、器用にいじられるほどに、張りつめてしまわれ、ついには、ああ、ああと声にもならぬ嬌声が口から漏れ出てしまわれるのでございました。
それを厭われたのか、やがては指を口元へ当てられ、歯を立て、声を立てるまいとなされます。その堪え忍ばれるご様子は、さすが帝の愛した方よと思わせる艶があり、なおも失われぬ清らかさが、えもいわれぬ風情。
瞳に涙をためられ、それでもかぶりを振って、無礼な、触れるな、との、いまだ抗いの心を失われないのもまた、四人の嗜虐心を煽り、ついには結人が顔を伏せ、肉芽からあふれた雫を啜れば、将さまの唇から、ひときわ大きな甘い吐息が零れ、お口から指を外してしまわれます。唇と白い指が、唾液で甘やかに濡れ光り、目尻の端の涙がひとしずく、頬を伝い落ちていくのでございました。
「甘いと思ったけど、結構、苦いもんだな」
ぬるりと舌で、肉芽の形をなぞり、結人が言えば、英士も言葉を返し、
「帝は苦味がお好きなんだよ」
「ああ、なるほど」
不埒な言葉を耳に注がれ、将さまは顔を背けて、目を閉じるも、晒された部分からはとめどなく蜜が溢れ、とろりと先端から伝い落ちて太腿を汚すと、てらてらと淫靡に光るのでした。
尽きぬ泉のように溢れる蜜に、四人で代わる代わる責め立て、体も嬲るなら、言葉でも嬲り、後庭へも容赦なく、指を忍ばせ、熱くも狭いその部分を擦れば、将さまの抗うお言葉に、これまでにない、響きが混じられ、お体が引きつられたように震えられるのです。
目を閉じた将さまは、力無く首をお振りになりました。いや、という言葉だけが儚く唇から零れますが、返ってくるのは、淫虐な言葉ばかり。
「いやなはずなのに、こんなに締めつけてるよ」
「だいたい、離してくれないのは、そっちでしょ。こんなに銜えこんで」
「四本も簡単に呑み込んで、まだ物足りないみたいだな」
もはや、将さまに抵抗のすべはなく、なよやかに床に崩れ、伸びてくる手のなすがままに。
着崩れたお召し物の上で、将さまは固く目を閉じ、眉を寄せられ、両足も頼りなく投げ出されて、しどけないお姿を晒されてしまわれるのでした。
頬や首筋にかかる黒髪の乱れと、上気して、ほんのりと赤らんだ肌のあでやかさ。蜜がとろみをおびて、こぼれるさまには、荒武者たちも心そそられてならず、御大将の郭英士、ついに将さまにのし掛かり、後庭へと肉鉾突き刺せば、将さまの甘い呻き、いよいよ声高になり、切なげな吐息がお口からこぼれるのでございました。
ほてった頬にはらはらと随喜か羞恥か、涙をお流しになり、お体に打ち寄せてくる悦楽の波に合わせて、お腰を揺らされ、英士の動きに従おうとなされてしまいます。
英士に続いて、潤慶が、結人が、一馬が、かわるがわる、肉鉾突き立てれば、かつて功さまに日ごと夜ごと、御寵愛されてきた体は乱れに乱れ、忘我の淵に沈み込まれ、やがて口からは甘き悲鳴も絶え、漏れるのはすすり泣きばかりになるのでございました。
いつしか、船は浅瀬へ乗り上げており、陸に控えていた郭家の武士どもが、わらわらと御座船へと駆け寄れば、近づくなとの大将の叱咤。どうしたことかとみなが顔を合わせれば、船室より響いてくるのは、なよやかな、将さまの甘いお声。
荒くれ武士たちはたちまち事情を察し、方々はお楽しみじゃ、邪魔するでないぞと口々に言い合い、船を取り巻き、漏れ聞こえてくる甘いお声に、にやにやと唇をほころばせ、貴人の味はたいそう良いと聞く、大将さまも、さぞ味わい深かろう、などと、したり顔で語るのでした。
※
気をやり果てた将さまはお声一つ立てられず、体を火照らせたまま、ぐったりとうずくまるのみ。目が覚めれば、にくい敵に取り巻かれ、見下ろす瞳に、ご自身の乱れたさまを思い出してしまわれたのでした。
帝ただ一人とお誓いになった体を、こともあろうに敵仇どもに蹂躙され、それを受け入れてしまったこと、恥じ入るほかなく、将さまは両のかいなにお顔をお伏せになられましたが、やがて瞳いっぱいに涙湛えたまま、四人のかたきたちを睨み上げられ、許さぬ、としわがれたお声で懸命に告げられるのございます。
「必ず、必ず、たとえ死んでも、郭家を滅ぼしてやる!」
可憐に赤く濡れた唇から放たれる、恐ろしき呪詛を、郭英士も李潤慶も呵々と笑い飛ばすのでした。
「なにも出来ないくせに、大言を叩くんじゃないよ」
うち震える将さまを眺め下ろし、郭英士が言えば、将さまは唇をきつく噛まれ、彼の者をお睨みになるのですが、強く肩を突かれれば、疲れ切ったお体は頼りなく、船底に崩れてしまわれます。
なおも将さまは震えるお手でお体を起こし、狂おしいほどの目で、御身を辱められた者どもを見据えられていましたが堪えきれず、ついに、お顔を伏せ、忍び泣かれてしまわれたのでございました。
さすがに哀れに思ったのか、真田一馬が将さまの側に膝をつき、肩にお召し物をかけようとしたのですが、その手を拒み、将さまは声もなく、お泣きになられているのでした。
さんざ汚されたお召し物の上で、羅一枚まとわれたきり、肩を震わされているお姿は、哀れというほかなく、さすがの勝ちいくさの昂揚も、何とはなしに味気なくなるのでした。
「……行くよ、一馬、結人」
「ぼくは?」
潤慶は将さまを眺めやりつつ、不思議な問いかけをすると、幾分、苛立たしげに英士は彼を促します。
「お前も」
大将たちが去った後、将さまのお世話は、先に虜となっていた女房たちの手に任せられました。帝の後も追えず、また虜囚として辱めを受けられた将さまのお嘆きは深く、御自害の不安もあったので、女房たちは片時もお側から離れようとしません。
勝者の奢りは敗者の恨みを踏みにじるもの。将さまのお立場を考え、さすがにあれはまずかったかと考えるものの、それほどの後悔もなく、四人は都へと凱旋したのでした。
かくして、一つの王朝は滅び、新たな世が始まったのでございます。郭家の後見で、翼親王が即位され、帝の位へとお上りになられました。郭家一門は、華々しく、それぞれの功績にふさわしい地位につき、世は郭のもの、と呼ばれる時代へと移り変わったのでした。
将さまは、新帝となられた翼親王の母君、今は国母となられた玲の女院さまの元へと、身を寄せられましたが、まだ若い御身であり、捕らわれた際のことなどもございましたので、なにかとご自分の身の回りが取りざたされるのをいとわしく思われて、護上皇さまに戒をお授けになった僧都に御髪をそがせ、御落飾あそばされたのでした。
それ以来、将さまにお供して共に出家した女房たち数人と都の片隅で、ひっそりとお暮らしになられていました。
その間にも都は、罰せられる者、勲功を受ける者、上におもねる者、強きにつこうとする者、忠義を忘れられず落ち延びていく者、掴まり裁きを受ける者、人それぞれの形での変化が訪れております。
そうした人々の思惑と混乱の中、松下家の処遇が決められたのでした。最後まで都にあり、帝のお帰りを信じて内裏を守った松下家は、その忠誠の意を思んばかられて、当主以下、罪は減じられました。
死罪ではなく流罪となって、片江島へと流されることとなったのです。ただし、生ある限り、誰一人、島から出ることは叶わず、当主である左右十さまは、別れを告げに、将さまのお邸をひっそりと訪ねてこられました。
帝に付き従いも出来ず、都でおめおめと生き延びた無念さをぐっと堪え、左右十さまは、短い別れの言葉を申し上げます。将さまは異例ともいえますが、御簾内からお出ましになられ、ご自分の手にあった数珠を直接、お渡しになられました。
静かなお声で、お言葉も直に囁かれます。
「片江島は、荒れた厳しい地だと聞きます。風にも嵐にも負けず、どのようなことにも耐え、生きてください。そうしてこそ、先の帝もお喜びになるでしょう」
左右十さまは、黙って数珠を受け取り、ただ一言、無念、と呟くのでした。申し上げたいことは多々あれど、それを許されてはいない今の身分。恨めしさに歯噛みしつつも、ただ、ただ、不安なのはこれからの将さまのこと。お側にてお守りできれば、そう思う左右十さまの心を悟られたかのように、将さまはふたたび囁かれました。
「ぼくのことは心配しないでください」
そう告げた将さまの元に、いまは大将となった郭英士が通ってくるのは、人々の知るところでございます。それどころか、潤慶、結人とそれぞれ功なり遂げ、いまや並ぶ者なき栄華のただ中にある者たちが、人目を忍びながら、将さまの元を訪れるのでございました。
表向きは、将さまが得度を受けられた僧都より、贈られた教典をご覧になるためとはいいながらも、何が目的なのかは推して測るべきこと。俗世と縁を切られた御方の元へ、通われるとは郭一門も罪深いことよ、と囁かれ、ついに翼帝の耳にまで届かれてしまわれたのでした。
先の帝には様々に思うことある今上帝ではございますが、さかのぼれば、先の帝も将さまも縁戚に当たる御方、さすがに、放ってもおかれないのでございました。
英士をお側に召されて、一体、いかなることかと、帝が問われれば、いくさに身を置き、世の儚さを幾らか知りそめれば、せめて多少なりとも、救いを求めて、教典よりの教えを受けたく思っております、との流れるような返事。
帝、語気鋭く、そなたが求める救いとは教典にはなかろうと、言われれば、それは太政大臣ともなった郭家の息子、逆に帝におそれおおくも、かような仰せ、あまりにも無体では等々、対する姿勢を見せるので、帝はたいそう、ご不快に思われたご様子。
郭の太政大臣を召され、英士の行状に対する緩やかな不満を述べられれば、その場で郭の大臣は一応は、恐縮してみせたものの、自らが帝を帝位へと導いたという奢りもあって、決して、息子の行跡を叱ることはないのでした。むしろ、娘をいとわれた先の帝、功さまの御鍾愛を受けた将さまの元へ通う英士を内心では、得意に思っているのでした。
思うままにならない翼帝の苛立ちは、とかく人心を惑わせる将さまへとお向けになられ、ご祈祷を上げるようにと命を下し、将さまを御前へとお召しになりました。ご自分から、直接、お叱りになり、これを機に先の中宮、礼子の女院さまのお側へと行くように言われるおつもりなのでございました。
二度と足を踏み入れることのないと思われていた御所へと、将さまは参内致します。
今は髪を下ろし、かつてのような華やかな装いもなされず、出家された方にふさわしい出で立ちでございますが、肩元や指先に漂う典雅さは、お召し物が地味であるだけにいっそう匂い立つようで、今上帝も、これほどまでとは、と驚きの目を向けられるのでした。
翼帝の後宮には美姫も多く、女御たちも揃い、決して先の帝の御代に見劣りするようなことはありませんが、将さまほど、清らかでお優しい方はいないと感じてしまわれるのでございます。
言葉控えめに語るご様子がまた、好ましく思われ、御髪をそがれるとき、阿闍梨が、その見事さにもったいなやと呟き、手を震わせて髪を削ぎかねたことなどをお聞きになったのを思い出されるのでございます。
このような方が、側に仕えていてくれたら、どれだけ宮中は心楽しい場になるだろうか。そう思うとご勘気も解け、次いで、どうしようもない御執着を持たれてしまわれ、帝は将さまを、たびたび、内裏に召されては、還俗をされるお気持ちはと、つれづれの言葉に紛らわせて、おたずねになられるのでございました。
将さまは今更、なにを未練に思うものがありましょうかと申し上げられ、どこまでも奥ゆかしく振る舞われるのでした。
帝がお望みなのではと気を回し、将さまに還俗を勧める者もおりましたし、その言い分としては、将さまのご身分は、他の姫君方にひけをとるものではなく、それどころか、今は中宮となられている郭家の二の君にも勝るお家柄だということ。しかし、将さまが帝のお側に上がれば、かつて功さまと郭家を分かつことになった出来事にも酷似してしまいますから、ものの分かった者たちは、やはり、とためらってしまうのでした。
御出家されたのちも、そのようなうわさに取り巻かれ、人の口さがない噂をうとまれたのか、将さまはついに都をお出になられて、小河へと移り住まれたのでした。都からお出になることには、帝も、また郭の大将君もよいお返事をなさろうとはしなかったのですが、このまま将さまを都にお止めしておけば、いよいようわさも大きくなり、誰彼と問わず人々の口の端に上るようになるのは明らかでしたから、帝も仕方なくお許しになられたのでした。
将さまは母君の礼子さまの住まわれる小河の山荘ではなく、風光院に落ち着かれました。始めのうちは気がすぐれずに、よくお伏せになられていましたが、僧都の祈祷で、なんとかご回復なされると、僧都への感謝と共に、近くの寺院にお通いになり、静かにお過ごしになられていました。
小河には、その当時、武蔵野森の中でもとくに武功を謳われた渋沢克朗が配下の者と、傷を癒しに滞在していたのですが、どういう因縁があったものか、ふとしたことから将さまはかの者と親しくなってしまわれたのです。口さがない、鄙の者たちは、何を好んで敵方の者とばかり通じられるのだろうと囁き、淫ら事のお好きなお方だと呆れたように噂します。
小河から聞こえてくる噂に、男君たちは心やすからず、また帝たってのお望みで、将さまは都へとお戻りになられました。それからは、小河へは、時折、礼子の女院さまをお訪ねになるだけで、都で、お暮らしになっています。
絶えていた色めいた噂がふたたび流れ、このごろでは、大将になられた郭家の英士が、浅ましいまでの執着心を見せ、生死を共にしてきた同胞たちも英士と同じく、将さまへの恋着を隠そうともせず、また将さまと武蔵野森との縁は続いており、それを聞き知った帝のご執着も、日に日に増してきているとか。
将さまの御身辺の騒々しさに重なるようにして、帝と郭の太政大臣との不仲が語られておられます。郭の太政大臣は、帝の気鬱の病を理由にして、幼い東宮への御譲位を迫っております。帝は、とかく干渉し、何事も己の思うままに振る舞う郭の太政大臣とその一門に苛立ちをお感じになられています。
東武士の武蔵野森は阿智浦を始めとしたいくさでの報奨が約束とは違うことに、またそのいくさの後、顧みられないまま、ただ苦役を課せられ、郭家に連なる者ばかりが権勢を誇るのに、不満をくすぶらせております。
将さまは、そのような風聞を聞く中で、あげさせた簾の向こうのお庭などを眺められ、唇をほころばせるのです。
その笑みの可憐さ、なまめかしさ――昔の将さまを知るものならば、この者は誰であろうと我が目を疑うのやもしれません。けれども、男君たちの執着もさこそ、と思わせる淡くも妖しい笑みなのでした。
笑みに見合う小さな涼やかな声も、風になり、世を吹きすぎていくかのようです。
風祭の世が終わるのであれば、郭の世もまた。
公家の世が終わるのなら武士の世もまた。
――ふたたびの、つぎは東西に別れての大いくさが始まる三年前のお言葉でございました。そのいくさで、郭家一門は敵方に討ち取られ、あるいは内紛により、ことごとく滅び、武蔵野森を筆頭とした東の武士たちが天下の覇権を握るのですが、それはまた、別のお話でございます。
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蛇足ですが、付け加えを少し。
元ネタは姫野カオルコ著『短編集H』の中の『正調G物語です』。
(あと、所々に、源氏物語や読み散らかした王朝物語のネタも入ってます)
『正調G物語』の更なる元ネタは、『壇ノ浦夜合戦記』だと思います。
続きというような形で、功、英士、潤慶、一馬、結人、渋沢、将それぞれの一人称での語りを考えていましたが、この後の展開が、
・将、身篭もりに気づく。(誰の子かは分からないが、将は功の子と信じる)
・将、都を出て、小島に手伝わせ、内密に子を産む。子どもは周防将大と名づけられ、僧の手にひそかに預けられる。
・将、足を怪我した際、助けられたのをきっかけに、武蔵野森集団と知り合い、渋沢と契る。
・都に戻り、ふたたび、将の元へ英士、結人、潤慶たちが通う。
・翼の執着が増しつつある中、武蔵野森は反乱の意を固める。
・結人、実は将の女御時代に偶然、姿をかいま見たことがあり、そのころから、ひそかに恋着している。
・潤慶は将の心が誰にあるかを悟る。
・英士、日ごとに増す思いに、苛立つ。
・船でのことを別とすれば、一度しか将の元を訪れなかった一馬、ある日、将をさらい、三日三晩、共に過ごしたのち、反乱が囁かれている武蔵野森の地へ赴く。郭家一門最初の戦死者となる。
・翼帝、武蔵野森と結びつく。郭家はこれにより、反逆者、罪人として扱いになる。
・ふたたびの大乱。結人、潤慶討ち死に。
・英士は単独で逃れるも、最後に捕まり、河原で斬首。郭家一門滅びる。
・将、還俗して翼の元へ尚侍として入内。
・渋沢、将の子、周防を引き取る。
・三度目の大乱。帝(公家)と武蔵野森のいくさ。
・帝方の敗退により、翼、島へ流される。
・渋沢、将の行方を捜すも見つからずじまい。
・世は武蔵野森を中心にした武家社会へ移行。
・桐原が初代将軍、のち渋沢、そののちは彼の猶子となっていた周防が継ぐ。
以上のように、一体、このえろ話のどこに、こんなやたらに派手な展開が待ち受けているのだろうかと自分でも疑問に思い、内容的にも(子ども等)やりすぎたので、たぶんこれ以上の公開はないです。サイト閉鎖の時にでも、書きかけの続きは置いておこうと思います。
それでは、こんな話を最後まで読んで下さって、ありがとうございました。