風祭の髪をすすいで、泡を洗い流して、俺も軽く体を洗った。
二人で浴室から上がって、バスタオルで体を拭く。俺が風祭を拭こうとしたら、風邪を引くよと怒られたので、しょうがなく自分の体だけを拭いた。
「服はいいよ。どうせ脱ぐし」
洋服を着ようとしていた風祭に言った。
「そうだよね」
納得した後、真っ赤にならないで欲しい。そうだよ。今から、そういうことをまたするんだって。
腰にタオルを巻いて、大きなバスタオル二枚と服を手に持って、俺たちは部屋に移動した。少し間抜けな光景だけど、仕方ない。風祭の家に今は誰もいないから出来ることだった。
風祭の肩に鳥肌が立っていたから、タオルをかけた。見上げてきた風祭と目が合う。こういうとき、言葉はいらない。ほほえみあって、ドアを開けた。
整頓された部屋だけど、やっぱりそこかしこに、風祭の普段の雰囲気が漂っていて、久しぶりに部屋へ来た俺には、物珍しい。ハンガーに掛けられた学ランや、転がったままのサッカーボール、和室だから床の間があって、そこには、前に見たとおり、スパイクが置かれていた。
部屋に入った風祭がカーテンを閉める。薄暗くなった部屋で、俺は訊ねた。
「風祭、ゴムはまだ持ってたっけ」
「あるよ」
小さい声で、風祭が言う。
「タオルは俺が敷くから、用意しておいてくれる?」
「分かった」
真剣な顔でうなずいて、風祭はタオルをマントみたいに揺らめかせながら、机の方へ行った。机の上に洋服を置くと、風祭は引き出しを開けた。ごそごそという音からすると、だいぶ奥へ仕舞い込んでいるらしい。確かに、見つかってしまったら、俺たちの年では言い訳に困る物ではある。
十代前半という俺たちの年齢は、やっぱり性的な事柄では不自由な部分があった。知識は、調べることで何とかなったし、回数を重ねていく内に分かることもある。問題は場所と時間だ。
ホテルは費用の点と俺たちの年齢から考えると難しい。必然的に、お互いの部屋ですることが多くなる。それも家族がいないときに限られる。幸い、風祭の家は兄貴と二人暮らしだし、おまけに時間が不規則で、家にいないことも多いから、これは何とかなる。初めての場所も風祭の部屋だった。
もっとも、俺の家と風祭の家は近いとはいえないし、お互いの時間のやりくりがうまくいかないと、会うのも無理だ。
こんなに自分自身や風祭の生活が忙しいなんて、恋愛を始めるまで思わなかった。ユースの練習や試合、風祭は学校の部活。一息ついたかと思ったら、テスト、学校行事、またテスト。付き合いの長い一馬と結人と会ったりもするし、その辺をかいくぐって、やっと俺の方に時間が出来たと思えば、風祭に用事が出来る。電話でのコミュニケーションが続いて、今度こそ、会えるかと思えたら、また俺に用事が入る。
だから、間違いなく風祭と会える都選抜の練習日が、ありがたかった。ライバルも集合する日だけど、久しぶりに会えた風祭が、こちらに駆けてくる様子だけで、そんなものは見えなくなるし、気にも出来なくなる。
なんで、あんなに一生懸命、こっちに走ってこられるんだろう? 浮き足立ちそうな心を抑えるために、わざと皮肉っぽく考えてみる。そんな俺のバカな抵抗も風祭の『郭君!』という声だけで、終わる。逢いたかったなんて、わざわざ言わなくても、その声だけで、風祭の思いが分かるんだ。俺は世界中の幸福を独り占めにしている。
やっと会えても、セックスばかりする訳じゃない。二人で出かけたり、家でゆっくりしたり、サッカーしたりする。キスだけで終わることもあるし、体に触れ合って止めることもある。次の日が休みだったりして、風祭が休めるなら、もう少し深い行為までいく。
「風祭、明日、どこか行く?」
「行かないよ」
風祭の返事に、俺はささやかな裏切りを決意する。ごめん、一馬、結人。明日、俺は友人よりも恋人を取る。いつもやってることだろ、と、親友二人の声が聞こえた気がしたが、それは俺の想像に過ぎないので聞き流しておく。
「じゃあ、後で電話貸して」
「うん。……泊まっていく?」
少し感じた罪悪感を完璧に消してくれる、おずおずとした、それでも嬉しそうな恋人の声。
「もちろん」
「だけど、明日、若菜君と真田君に会うって言ってなかった?」
「会うよ。だけど、風祭の所から帰るくらいの時間に会うから、それまでは、風祭と一緒にいるよ」
嘘には、少しだけ真実を入れる。二人にはここから帰って、会えばいいんだ。
「そう」
幸せをそっと噛みしめるような風祭の笑みに、笑い返して、俺はこっちに戻ってきた風祭の肩に掛かっていた分のタオルも、シーツの上へ広げた。
枕元にティッシュを置いて、ローションとコンドームは枕の横へ置く。何もかも手探りだった頃に比べれば、色々なことに慣れたけれど、二人でベッドに入るときは、いつだって、胸が騒ぐ。
「いい?」
「いいよ」
ベッドの端に腰掛けてキスをした。腰のタオルを外して、風祭の顔のあちこちに唇を落とす。くすぐったそうに笑って、風祭の腕が俺の体に回る。首筋を舐めて、手を下へ持っていこうとしたら、風祭の手が俺を止めた。
俺は意外そうな表情を浮かべていたみたいで、風祭が慌てて首を振った。
「今度は僕がしてもいい? さっきは郭君にばっかりしてもらったし」
「どうぞ」
嫌なんて言うわけない。
風祭は俺の肩に手を置いて、首筋に小さいキスをした。痕なんて残らない軽いキス。子犬に匂いを嗅がれているみたいに、くすぐったい。
風祭の乾いた肌から湯とシャンプーと石けんの匂いがする。目を細めて、油断していたら突然、甘噛みをされた。息が零れる。風祭の小さい前歯が俺の皮膚を噛んで、舌で舐めて、唇で吸う。もっと強くてもいい。何日か残る痕跡をつけて欲しい。それを見るたびに、この時間が夢じゃないと思える。
風祭の一生懸命な愛撫は下へ降り続けて、臍の下にまでたどり着いた。少し反応を見せる俺を見ている。表情を見てみたかったけれど、その前に深く顔が伏せられた。吹きかけられた吐息そのままの熱い口の中だった。自分の呼吸が苦しくならないやり方を風祭はもう知っている。
手も添えられて、動かされると、さすがに息が上がった。舌や歯の裏をつかって舐めてくる風祭が愛しくなって、つい悪戯心が湧いた。思い出したのは、家へ訪れるきっかけになった出来事だ。
「――風祭、ソフトクリームもそんな風に舐めてるんだ?」
風祭がぱっと顔を上げた。ぎゅっと眉をしかめている。ひどく心外そうな顔つきだった。
「郭君のは、もっと丁寧に舐めてるよ」
「……ありがとう」
参りました。そうだね、コーンみたいに囓らないし、ただ舐めているだけじゃないし、愛もこめられている。
笑いを堪えていると、風祭がまた顔を上げた。口元がずいぶんと濡れていた。
「ごめんね、下手で」
俺が笑っている気配を、何か勘違いしていたらしい。風祭の技巧は充分にその目的を果たしていると思う。風祭がソフトクリームよりも丁寧に舐めてくれた俺は充分に、風祭へのお礼が出来そうだった。
「……風祭」
脇の下に手を入れて、風祭を起こし、膝の上に載せた。一瞬、風祭の唇が、甘く開いた。風祭の唾液と俺自身の体液で濡れているそこが触れたからだろう。
抱いたまま、話しかけ、片手でうなじを撫でる。先が乾きだした髪が俺の指に絡んだ。
「分かるよね? 下手だったら、俺がこんな風になると思う?」
「うん――」
風祭の唇が震えているのが可愛い。今まで、俺の一部がそこを独占していたと思うと、体の芯から熱くなった。
「でも、風祭が下手だって思うなら、もっと練習して。俺はすごく嬉しいから」
「が、頑張る!」
赤くなる頬にキスをする。
「練習相手は俺だけだからね」
「当たり前だよ」
「うん、俺だけだよ」
首を傾けて、今度は唇にキスする。今では体液や唾液、汗にも抵抗がない。舌を絡めていると、風祭が腰を引こうとした。理由は、風祭の一部が俺の体に当たっているから。舐めている間に、風祭は興奮したみたいだった。
「いいから」
言って、そのまま引き寄せると風祭は首を振る。
「でも汚れる……」
俺が触れていないのに、勃ってしまったのが恥ずかしいらしい。
「俺だって、さっき汚したでしょ」
指を動かして、風祭の後ろへ触れる。
「この中」
「あっ」
風祭が肩をすくめるみたいにして、体を縮めて、俺の胸に手を置いた。突っぱねようか、そのまま置いておくか、迷うみたいに指が動いて、俺の肌を刺激する。風祭の人差し指の先には、風祭が付けてくれたキスマークがあった。
「痛くない?」
「少し……だけ」
片手を伸ばして、コンドームの横にあったローションのボトルを取る。きっちり締められた蓋は、両手で開くしかなくて、しょうがなく、風祭の中で遊んでいた指を抜いた。
両手で力を込めて開き、中身を右の指に垂らす。
「もっと俺の方に寄りかかって、腰浮かせて」
胸にあった手が肩に回る。ローションを肌に少しこぼしながら、もう一度、風祭の中へ指を沈めた。するりと入る。指を増やして、慣らす。それほど時間はかからなかった。
「すごく熱くなってる」
「嘘」
「本当。自分で触ってみたら? こっちと同じくらい熱いよ」
中で指をうごめかせながら、片手で風祭の前を扱いてみた。
「だめ」
悲鳴みたいな声が上がる。
「今日、いつもと違うね」
敏感なのはいつもの事だけど、普段よりも積極的で大胆に思えるのは気のせいだろうか。
「だって、さっき、一回した」
「そのせい?」
親指でつついたら、風祭が腰を引いた。
「あ、んっ」
苦しそうな目で見つめられた。何も言わなくても分かるし、分かってもらえる。
いい? と目で訊ねた。いい、と風祭が目でうなずいた。
少し待ってもらい、準備を整えた。風祭の腰に手を添えると、風祭が訊ねてきた。
「このまま?」
「横になりたい?」
「……ううん」
首を振って、風祭がゆっくり動いて、手伝ってくれた。というよりも、この体位だと風祭が自分でやる事の方が、多いかもしれない。
風祭は膝立ちになり、そろそろと結びつく場所を探す。俺は風祭の腰を引いて、その場所を教える。風祭は俺の肩や胸で体を支えながら、見つけ出した。
あ、と唇が綺麗な形に開く。俺も先端に内部よりは熱くない、でもいつもよりも熱っぽくなった風祭の肌が感じ取れた。
震えてる風祭の視線が、俺に向けられる。
体全体がうっすら赤くなり、日焼けした部分も日の当たらない白い部分にも、同じように赤みが差していた。唇から、せわしない、小さな荒い吐息が漏れ、それを我慢するように風祭は唇を噛む。きわどい部分の、危うい状態まで、はっきり見えて、俺は自分でも意識しない内に、息を呑んでいた。
これが俺だけの目の前で起きている。たまらなくなった。滑りが良くなるように、自分の方にもローションを垂らし、一気に風祭の中へ入った。風祭の体重分、俺はかなり楽に奥に入れられた。
「あっ、やっ」
風祭の眼に涙が浮かんで、こぼれ落ちた。
「許して。我慢できない」
風祭が、こくこくうなずいた。
「へ、いき」
風祭の中はぬるついて、薄い膜に遮られてなお、熱い。この中で溶けてしまったって、俺は後悔しないだろう。
俺が突き上げると、風祭ががくがく揺れる。のけぞったので、白い喉が俺の目に映る。この柔らかく薄い皮膚の下に、風祭の血が流れているんだ。喉に唇を当てて、肌を吸い、噛んだ。汗の味がする。
風祭が喉をひくひくさせて、呟いた。
「や、やだ」
「いや?」
「ちが、んっ、あっ」
口を塞いで、かき回す。上も下も支配して、風祭を滅茶苦茶にする。俺も支配されて、滅茶苦茶にされる。口づけから逃れるみたいに風祭が顔をそむけ、しがみついてくる。腕が首に回り、耳元に風祭の顔が近づく。
「かくくん」
うわごとみたいに、俺の名前を繰り返している。だらしない、いやらしい顔が見えた。俺も同じ顔をしているんだろう。
「かざまつり」
俺の舌ももつれて、上手く言葉が紡げない。なのに、風祭と舌を絡めるときは、するりと動く。舐めて、噛んで、つついて、吸って。体全部が、今は風祭を味わうためだけに存在しているようだ。
俺の肉と風祭の肉が擦れ合って、快感と愛しさともっと貪欲な何かが溢れてくる。湿った肌がぶつかり合う。皮膚が汗で光る。
「ひゃ、やっ、ああっ」
風祭の好きな場所を擦って、乱暴かと思うくらいに揺さぶって、突き上げる。俺が動くと、風祭が喉をのけぞらせ、甘い声を上げた。俺の口からも、せわしない息が漏れる。汗が垂れる。時間的には決して長いわけではないが、このとき、流れるくらい汗を掻く。
「そこ、もっと。かくくん、もっと――あっ、あっ」
風祭の頭の中には、俺が与えた熱と快楽の事しかないだろう。後で風祭自身が思い出せば、恥ずかしさで絶句するくらい、大胆に俺を誘い、ねだる。
「気持ちいいんだ、風祭?」
「いい。すごく、あっ、止めないで、おねがい」
「止めないよ――やめられない」
どっちが、夢中になっているか分からない。意識が流れていく。風祭の中に埋め込んだ俺の体が自分でも驚くくらい熱くなった。内側から熱が溢れる。同じ頃、風祭の体が強張った。俺が抱く手にも、しがみつく風祭の手にも力がこもる。――いく瞬間の風祭の声は、今までの声とは違って慎ましやかで、その分、余韻があった。
ひときわ大きな快感が体から去り、お互いの呼吸が落ち着くと、俺は風祭から離れようとした。
「少し、休憩しようか」
「だめ」
風祭の足が俺の腰をぎゅっと挟む。締めつけられて、思わず、反応しかけた。
「このまま続けるの?」
意外さに、俺は目を見張った。風祭は、はっと我に返ったように赤くなって、首を振った。
「そうじゃなくて……」
「なに」
「まだ、こうしてていい?」
俺の上に乗ったまま、風祭は言った。目線を少し上げて、うなずいた。
風祭が抱きついてくる。めずらしい、うんと甘えた素振りだった。
「今日、どうかした?」
風祭が愛しくて仕方ない。端から見れば、俺の顔は、みっともないほどに崩れていただろう。もちろん、二人きりだから、他の視線なんて気にしなくてもいい。
「久しぶりだったから」
風祭が俺の肩に顔を押し当てて、呟いた。髪の毛の根本がまだ湿っている。汗をかいたからかな。
「そうだったね」
「ずっと会えなかった」
「寂しかったよ」
「僕も」
たぶん、会話にそれほど意味はなかった。風祭は俺に甘えたくて、俺も風祭を甘やかしたくて、その背中をゆっくり撫で、風祭は俺に寄りかかり、二人でどうってことのない話を色々した。くっつきあい、まだ繋がったままだった。たまに俺を見る風祭にキスした。顔を傾ける俺に、風祭もキスをした。喋っている内に、風祭がうとうとし始めたので、俺はゆっくり自分を引き抜いた。
「……」
風祭の眉が寄せられ、目が一瞬大きく開かれた。
「いたかった?」
「ううん」
腕が巻き付いてくる。嬉しいんだけど、ちょっと待ってもらい、後始末をした。体を拭き、ゴミを捨てると、風祭をベッドに横にする。髪を梳いたり、額にキスしたり、汗が乾いてさらさらになった肌を撫でたりして、眠りにつくまでの時間を楽しんだ。風祭は眠たげな声で、一生懸命、俺に話しかけてくる。
「郭君、この間ね」
「うん」
目をしばたかせ、眠いのを堪えて、俺にまっすぐな視線を向けてくる風祭が愛しくて、たまらない。
「それで、そのとき、先生が……グラウンド……」
風祭は自分の担任の話の途中で、ついに瞼を閉じた。すうすうと寝息が続く。俺は風祭の頭を撫でて、布団を肩まで上げると、背を丸めて縮こまるような格好の風祭と同じ姿勢で、眠った。目が覚めたらまた、風祭としよう。そうでなくても、まず抱きしめて、キスしよう。
風祭の家を出て、結人と一馬に会ったのは遅い昼下がりだった。待ち合わせの場所だったファミレスに入ると、結人と一馬が、睨むような視線を向けてきた。二人の前には氷が溶け切ったグラスと冷え切ったコーヒーカップ。さて、何をどう言おうか。
二人の向かい側に腰掛けると、素早くウェイトレスがメニューと水を持ってきてくれた。
俺がメニューを広げる前に、結人が言った。
「ここ、お前の奢りな」
一馬も同意する。
「時間、遅らせたから、当然だよな」
二人して、俺からメニューを取り上げる。残念な事に抵抗に回す力が、なかった。実を言うと空腹だ。丸一日、食べていない。
二人が、好き勝手に料理を選んでいるのを聞き流しながら、あくびを噛み殺した。
「英士は何食べんの?」
一馬がメニューを差し出すのを結人が止めた。
「いいって、一馬。どうせ、英士は風祭の家で食べてきたんだろ」
「朝から、何も食べてないよ」
途端にほころぶ結人の表情。
「喧嘩? なあ、喧嘩した?」
嬉しそうに聞かないで欲しい。一馬も期待したように、そこで俺を見ない。
「そんなわけないでしょ。疲れさせたから、寝てるように言ったんだよ。それで、何も食べないでここに来た訳」
「……疲れさせた?」
一馬が俺を見て、不思議そうに言う。結人が肘で、つついた。
「聞くな、一馬。むなしいだけだから」
「聞くなって――あ!」
言葉の途中で何か思い当たったらしく、一馬は顔を赤くした。
「聞きたいなら話すよ」
笑って言うと、結人がぶるりと身震いした。
「いいよ。なんか、すげえ怖い」
「失礼な」
「ほら」
まだ顔が赤い一馬が、メニューを渡してくれた。
「何食う?」
メニューの色鮮やかな写真を眺めながら言った。
「肉」
「……すっげえ卑猥な感じがする」
結人の発言を受けて、今度は一馬が止めに回る。
「止めろよ、結人」
「だってさ、恋人と会った後に、肉喰いたいって、意味深だよなあ」
「俺だって疲れてるからね。体力回復しないと」
手を上げて、店員を呼ぶ。注文して、メニューを返すと、結人と一馬が慌てたように、自分たちの頼む品名を告げた。結人は気にする様子は見せないが、一馬は、俺の方をちらちら見ている。
昨日は、早々と風祭の家へ行ったので、財布の中身はほとんど減っていないのでうなずいた。
「いいよ。これくらい」
俺の言葉を聞いた結人は張り切って、メニューをもう一度もらい、色々と頼み出した。呆れながらも、まあいいかと思う。
かすかな倦怠感が襲ってきて、あくびが漏れそうになる。注文を取り終えた店員が厨房へ歩いていく。結人と一馬が、のんびりと話し出す。ランチタイムをとっくに過ぎたファミレスには空席が目立つ。
背もたれにもたれかかった。空気が動いて、最後に抱きしめてきた風祭の、あたたかい匂いが、俺の体から立ち上り、鼻先を撫でていった。この残り香に抱きしめられた気がして、安堵した。
今度は、いつ風祭に会えるんだろう。別れたばかりなのに、恋しくなるのが、おかしく、少し切なかった。
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