舌にとろける冷たいクリームのように(2)


ん、ん、と風祭は小さくもがき、めずらしく、俺の胸を一回、軽く拳で叩いた。抵抗というよりもたしなめのようだ。唇を離して、ちょっと苛めようと思った。まだ、余裕は見せていたい。
  「風祭はいやなんだ」
 濡れた唇で風祭はううん、と言った。ゆっくり俺を見て、恥ずかしげに笑う。
「ドア、閉めてから、続きしよう」
 二回目の不意打ちだった。俺から仕掛けようと思った分、よけいにきた。ドアノブを手探りで見つけ出し、ドアを閉める。
 風祭の顔を抱えて、逃げ出せないようにして、唇を当てる。薄く開いた唇に舌を入れる。深いキスをするたびに思う。風祭のここも味わいたい。全部、味わいたい。
 風祭の舌がそろそろと応えてくれた。舌が熱くて、柔らかくって、いやらしいくらいぬるぬるしていた。  服に手をかけたら、風祭がもがいた。唇が離される。
「玄関だよ」
 鍵はかけていたが、慌てすぎてるように取られるのも嫌だったから、じゃあと風祭の肩を抱いて、浴室に行った。脱衣場で服を脱ぎ出した俺を風祭がぽかんと眺める。
「どうしたの。脱ぎなよ」
「郭君が入るなら僕は後で――」
「一緒に入るに決まってるでしょ」
「ええっ」
 驚いている風祭に近づいて、服を脱がせる。シャツのボタンを外す。一枚目を脱がせ、下に着ていたTシャツにも手をかける。
「ばんざいして」
 風祭がおとなしく両手を上げる。脱がせたシャツは、一応、畳んで洗濯機の上に置いておく。上半身裸になった風祭は寒そうに肩をすくめた。ベルトに手をかけたら、いい、いいと何度も首を振って断られたので、ちゃんと脱ぐように言って、俺は脱ぎかけだった自分の服を、脱いだ。この後しばらくは着る予定がないが、ぐちゃぐちゃにしておくのは嫌なので、畳んでおく。全部、終わって振り向くと、風祭が俺を見ていた。
「何で、脱いでないの?」
 俺が脱がせたときのままだ。
「まさか、恥ずかしいなんて言わないよね」
 ――その通りらしかった。この羞じらいぶりが風祭らしいというか、何というか。慣れて欲しいような、でも、ずっとそのままで居て欲しいような複雑な気分だ。
「風祭の裸は、何度も見てるよ。俺も裸だし、同じだろう」
「う、うん」
「なら、脱ごうか」
 風祭は一瞬迷ったが、ぎゅっと唇を噛んで、気合いを入れるように頬を叩くと、ジーンズと下着を脱いだ。
 風祭の体には、妙にそそられるところがある。細い訳ではないし、抱いたらやっぱり男の体だと分かるんだけど、肉付きや骨格、手足の形、肌の色、そんな部分が、心を騒がせる。そう見えるのは俺が風祭を好きだからという言葉で片づけられるが、それだけじゃもったいない。見せびらかしたい。隠しておきたい。相反する自分の独占欲の節操なさにおかしくなった。
「郭君?」
 風祭が不安そうに聞いてくる。
「なんでもない――風祭を笑ったんじゃないよ」
 風祭が自分の体――半分以上は身長のことだけど――に、ちょっとしたコンプレックスを持っているのは知っている。俺と風祭が、それぞれ異性だったら、そういうのは気にならない部分もあるだろうけど、同じ男同士、体つきを見比べてしまうときがある。そういう場合、落ち込むのは大抵、風祭の方だ。俺は好きなんだけどね、風祭の体も。歳から考えると確かに小さいところや、ちょっと子供っぽい部分とか、色々と全部。もっとも、風祭は何度、言っても納得してくれない。自分の魅力に気が付かない、謙遜と遠慮ばかりするのが俺の風祭。
「本当だって」
 まだ疑われているようなので、裸のまま俺を見上げてくる風祭に言って、浴室のドアを開けた。乾いた石けんの匂いがする。
 風祭を手招きして、腕に抱く。
「全然、汗くさくなんかないのに」
匂うのは、風祭自身の匂いだ。どんな匂いよりも、俺を安堵させ、興奮させ、酔わせてくれる。
 風祭の頭に顔を近づけようとすると、風祭が首を振る。髪が柔らかく揺れた。
「駄目だよ。脇とか、首とか、結構汗かいたんだって」
 風祭がシャワーのコックに手を伸ばす。
 その腕をつかまえた。
 今日、何回目のキスだろう。今度は遠慮しない。キスして、何も隔たりがない風祭の肌を探る。冷たい部分、熱い部分、体の形に添って、触れていく。待てと言われたって、聞いてやらない。風祭の体は触れるたびに、熱を帯びていく。足を入れて、膝を割り、腰と足を密着させる。今日は俺の方が早いかと思っていたら、風祭も同じような反応だった。
 首筋に顔を埋め、耳を口で噛んで、風祭の意識を逸らしてから、手を伸ばした。触れた途端に、甘い驚きの声が、風祭の口から漏れた。
 膝を閉めようとしたけど、もう無理だ。しっかり、弱い部分を押さえて、柔らかく握った。手の中で形が変わるのが分かる。
「まだ、駄目だって……」
 苦しそうな声に、少し笑ったら、だって、と風祭の言い訳するような声が、聞こえた。
「風祭はこういうとき、嘘つくね」
 手を動かして、刺激する。
「あ、あっ」
 短い声が響き出した。声も正直なんだよね。耳の下から首筋の柔らかい部分を吸いながら、いじる。親指で押したり、人差し指で、ちょっとだけ爪を立ててみたり、強弱をつけて上下に動かしてみたりして。抱いている手を下ろして、腰の辺りも触ると、俺を見上げてくる眼に涙が浮かび出した。
「郭、くん……」
 風祭が唇を噛みしめる。赤みが増したその部分を見つめて、キスをしようか、もっと苛めようか考えていたら、逆襲にあった。
「――風祭」
 男としては、急所に当たる部分をお互いに握る形になる。風祭の場合は愛撫というより、脅しだろうか。別に、このまま続けてもいいんだけど、苦しそうにとぎれがちに、体を洗ってからと訴える風祭に、半分譲歩した。
「じゃあ、二つ一緒にやろうか。洗うのと触るのと」
「一緒?」
「手、離して」
 俺も手を離したので、風祭も解放してくれた。痛かった、なんて心配そうに聞いてくるから、少しだけ、と答えておいた。そこで、視線を足の間に落とされても困る。使えなくなるくらいのダメージじゃないから、大丈夫だって。それに、今は風祭の方が苦しいと思う。
 コックをひねって、お湯を出す。あたたかくなったら、シャワーに切り替えて、風祭の体にかける。体を濡らしたら、石けんをスポンジに含ませて、泡を立てた。後じさる風祭を捕まえて、体を洗う。
「わっ。ちょっと……あっ」
 声が甘くなるのは、そうなるような場所を洗っているから。白い泡が風祭の肌を包み、首筋に出来た泡が、ぽとんと胸に落ちた。掬い取って、とろりとした泡を指先で、風祭の胸に広げた。
 風祭の胸が大きく上下する。周りはピンクで、先端が薄い赤みを帯びている乳首が泡の間に見え隠れしていた。乳首を、片方の人差し指でつつくと、浮かび上がるように尖り出した。泡を潰すみたいにして、親指と人差し指の間に挟む。こういう果物があるなら、食べてしまいたいと、ふと思う。
 風祭が深呼吸して、ぎゅっと目をつぶった。泡じゃなく、クリームだったら口に入れても平気だし、舐めるんだけど、それは後でも出来るので、今は指だけでいじった。
 摘んで、離して、さすって、つついて――全体的に風祭は敏感な方だから、ここだけの刺激でも、かなり危なくなる。
 途中から、泡で滑った振りをして、足の間を割って、太股を撫でた。
「だ、めだって……んっ」
 風祭の睨み方は、怖がる子犬みたいで、手なずけたくなってしまう。
「どうして? ちゃんと洗ってるよ」
「そう、だけど――」
 泡に包まれた風祭の体が震え出す。俺が一番、洗いたい部分に触れたからだ。そこはしっかり熱くなっている。
「ここも洗った方がいい?」
「郭君は駄目だっていってもやるくせに」
 ちっとも怖くない目で睨むのを止めた風祭は、今度は子供みたいな開き直りを見せた。
「分かってるんだ」
「分かるよ」
 恋人だし、と風祭は呟いた。
 心の奥底から溢れ出てくる喜びをどうしても堪えきれず、つい微笑してしまった。俺が喜びや嬉しさを感じる瞬間というのは、風祭と会ってから格段に増えている。これは家族や友人が与えてくれる時間や幸福感とは、また別の種類のもの。その未知に近い感情を教えてくれたのは風祭の存在だ。
「風祭」
 しっかり抱こうとすると、泡が散った風祭の肌は、俺の指から逃げるように滑る。
 おおかた、体は洗い終わっていたので、俺はシャワーのコックをひねった。湯になるのを待って、風祭にかける。上から降ってきた湯に風祭が目を閉じた。瞼にあった水滴が唇の脇を通っていく。その後を追いかけ、俺も唇で風祭に触れた。
 身動きするたびに、泡が落ちて、風祭は首を振る。前髪の雫が飛ぶ。俺が触れる場所は、張りつめて堅くなり、快感を感じているのを示す。薄く開いた唇と小さな白い歯、ちろりと覗く舌が、声も無しに、意地悪しないでくれと囁く。
 風祭を追いつめていく中で、俺も追いつめられていた。くっつき合っているから、風祭にもそれは分かっているはずだ。
 どうしようか迷い、風祭に訊ねてみた。きっと、風祭の部屋にはあるはずだけど、そこまで取りに行く時間が惜しい。我慢がききそうにない。
「――つけなくても、いい?」
 風祭は瞼を重たそうに上げ、苦しそうな上目遣いで、俺を見つめた。
「大丈夫、あとで、すぐに、洗う……」
 切れ切れに、今日のわがままを許してくれた。腕に抱いて、ありがとう、ごめん、と言った。
 指を濡らして、ゆっくりほぐす。風祭は俺に体を預けて、力を抜いてくれた。指が増えて、奥を探るごとに、肩が揺れて、切ない息が体に拭きかかる。甘い声がくぐもって、肌の上で弾け、俺は今すぐ、体をつなげたい心を押さえた。
 初めての時から比べれば、色々と知識も増えて、その分、肉体的に風祭を傷つけることは少なくなった。俺と風祭の立場の違いは、そのまま負担の違いにもなっているから、俺はそれを考えて、動かなくてはいけない。
 風祭の体が俺の指を呑み込んでいく。熱くて、柔らかくて、それなのに俺を離さない。かすかに腰が揺れて、風祭がひくりと喉を鳴らした。
「もう……」
 答える暇も惜しくて、俺は風祭に後ろを向かせた。すぐに腰を引き寄せて、背中に覆い被さる。俺が体を近づけると、熱を感じてか、風祭の背筋を震えが走る。その背中に唇を押し当てた。風祭は衝撃に耐えるために手を伸ばし、水滴が付いた壁に触れた。
 今すぐ、突き入れたい心を、唇を噛んで押さえ、ゆっくりゆっくり分け入っていく。埋め込む途中でも、我慢するのがきついくらい、風祭の中は熱かった。
 体を重ねきって、風祭に大丈夫か訊ねてみたが、返事はなく、代わりに苦しいくらいに締め上げられる。噛み殺したような呻きが、風祭の唇から漏れた。風祭が理性を無くすまで後少しだ。そうなったら、俺の心を溶かしきる甘い声を上げ出す。それを早く、聞きたい。
 風祭が悦ぶ場所を探して、一番弱い、好きなところを、俺の熱で突き上げる。擦ると、風祭の背中が激しく震えた。
「ここ?」
「そこ……あっ、あっ」
 風祭の指が濡れた壁を滑り、いびつな線を残す。強弱をつけて俺が風祭の体を揺さぶり、風祭もそれに合わせて、腰を揺らす。自分でも動かないと気持ちよくならないよと、教えたのは俺だ。そして、快楽に目覚めて、たどたどしくその知識を覚えては試していく風祭に、俺はいっそう溺れていく。風祭の体のすべてを知っているはずなのに、抱くたびに、新しい発見がある。
 太腿を撫でて、足をもう少し開かせた。浅く突き上げ、深く突き刺して、逆に締め付けられる。俺の荒い呼吸が風祭の背中に、歯と共に赤い跡を付ける。  何かが跳ねていると思ったら、出しっぱなしのシャワーからの水音だった。構っていられない。唇に伝わってくるのが湯なのか、汗なのかも分からない。腰を揺さぶって、耳たぶを噛んで、うなじを吸って、乳首を挟む。苦しげに濡れたそこを扱き上げる。
 声を抑えきれなくなった風祭が、俺以外、誰も知らない声を上げる。どこもかしこも気持ちよくしてやりたい。気持ちよくして欲しい。
 郭君、郭君。俺の名前を繰り返し呼ぶ風祭の切なげな声には、甘えが混じり、懇願が込められている。俺も風祭の名前を呼ぶ。こんなに熱を込めて、人の名前を呼ぶのは風祭だけだ。風祭もきっと、そうだ。
 感情の高ぶりが、風祭の声が、湧き上がる愛しさと共に欲望を弾けさせた。短い差で風祭も達し、包んでいた手の中に熱が広がった。耳の中には、その瞬間、風祭が上げた切なさと快楽を混じらせた甘やかな声が残っている。
 息をついて大きく動く風祭の背中を、唇で慰めた。背骨に沿ってキスし、ため息をついた風祭から、一度の満足を得て、今はおとなしくなった自分を抜いた。
「あ……」
 とろんとした風祭の声、振り返らせて、声よりもとろけてしまいそうな風祭の顔を見つめる。壁の水滴みたいに、風祭の頬にも涙が落ちていた。
「ごめん、無理させた」
 流れっぱなしのシャワーからの湯で手を軽く流して、膝がふらついている風祭を腕で包む。寄りかかってきた風祭の濡れた髪が、俺の肌に妖しく擦りつけられる。
 まだ酔っぱらっているような瞳で、風祭は俺を見上げて、笑う。息が止まりそうになる全開の笑顔だ。だいぶ、耐性がついてきたけれど、これは眩しい。時間と体を共有し合った後、こんな笑顔を見せられたら、本当に眩しい。
「ううん。気持ち、よかった」
 それで、また、こんな台詞を、その瞳と笑顔で言うんだからね。
「久しぶりにしたね、郭君」
 笑顔が消えない風祭に顔を近づけて、額をくっつける。<濡れた唇を、少しの間、塞いだ。これ以上、無意識の誘いの言葉を聞いたら、俺は浴室に風祭の声をまた響かせることになりそうだ。
 舌で風祭の唇を舐めて、俺はねだってみた。
「風祭は今日は、これで終わりにしたい? 俺は、まだ頑張りたいけど」
 風祭の返事は、可愛い沈黙の後に返ってきた。
「……お願いします」
「喜んで」
 なら、その前に、浴室に入った本当の目的を済まそう。
 シャワーヘッドを握り、湯を風祭の肩にかける。
「自分で出来るよ」
「俺にやらせて。いい?」
 惚気になるのかな。こんなときの俺の頼みを風祭が聞き入れてくれないことはない。今日もいいよと甘やかしてくれた。
 足を開かせて、そこに指をそっと入れて洗う。指先に自分の精液が感じられた。爪は立てないように掻き出して流す。
「きつい?」
「ちょっとだけ」
 風祭は唇を噛んで、声が出そうなのを堪えていた。終わったばかりだし、俺の指が探る場所は、風祭がひときわ甘い声を出す箇所が多かったから、気持ちいいんだと思う。あまり刺激しないようにしたけど、俺が指を抜いたとき、風祭は、ほっとしたようなため息をついた。目元から小さい涙の粒が落ちて、それをぬぐって、色づいた目元と唇にキスをする。
「大丈夫? 残ってない?」
「うん」
 気にしないでと笑う風祭。
「次はちゃんと付けるよ」
 うっすら赤くなって、風祭はうなずいた。
 後始末が終わった次こそ、本来の目的を果たす。体は洗っていたから、軽く汗を流すだけにして、次は髪かな。
「髪の毛も洗う?」
「洗う」
「じゃあ、座って」
 風呂用の椅子に風祭を座らせて、俺は膝立ちになった。くすぐったそうに風祭が目を細めている。目を閉じるように言って、黒い髪にお湯をかけた。右手で髪の毛をいじりながら湯を含ませると、あっという間に風祭の髪が頭に張り付いた。
 シャンプーを手にとって、泡を立てて、風祭の髪を洗う。ぎゅっと目をつぶって、流れてくる泡やお湯が目に入らないようにしている風祭が、いじらしい。
「郭君、髪の毛洗うの上手だ」
 褒め言葉を頂戴しつつも、強調してみる。
「俺が洗うのは自分の髪と風祭のだけだから、覚えといて」
 ――返事はなくてもいい。首筋まで赤くなれば充分だ。


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