幼なじみ2



「なんだよ、いいものって」
動きやすい服装に着替えたシゲルは腕を引っ張るサトシに面倒くさげに言った。
「びっくりするぜ、シゲりゅ」
「る!」
あいかわらず自分の名前を正しく発音できないサトシに、シゲルは言ったが、サトシは気にする様子もない。
「こっち、こっち」
「君はいつもおじいちゃんの家で遊んでいるわけ?」
サトシが連れていこうとしている場所は、オーキド研究所の庭の方だった。
「だってポケモンがいっぱいいるんだ」
「人の家に許可無く入るのは不法侵入だよ」
「ふ……ほ?」
「不法侵入! 他人の家に無断で入るのは犯罪だってこと」
「……」
サトシはじっとシゲルを見つめた。
「なんだよ」
「シゲりゅって頭いいなー!」
シゲルはつまづきそうになった。
「君って……」
サトシはきょとんとシゲルを見つめ続けている。
「――幸せな人だね」

結局、サトシが言ういいものとはガルーラの事だった。
まだ生まれたばかりらしい小さなガルーラの赤ちゃんを指さして、サトシは得意げに言った。
「な、かわいいだろ。この前見つけたんだ」
その頭をシゲルはぽかりと叩いた――自分でも気づかない内に傷口には触れないようにしていた。
「何するんだよ!」
「しっ! まったく……いいか、ポケモンに限らず、子どもを生んだばかりの生き物っていうのはな、気が荒いんだ。近づくもんじゃない。知らなかったのか」
「……うん」
急にしゅんとしたサトシの手をシゲルは引っ張った。
「ガルーラがこっちに気がつかない内に行くぞ」
サトシはしょんぼりとシゲルの後を着いていく。
「ごめんね」
サトシの言葉にシゲルは振り向いた。 「なんで、謝るんだよ」 「だって……」
「行くぞ」
シゲルはちょっと考えて口を開いた。
「……ありがとう。ガルーラの赤ちゃんなんて滅多に見られないしな」
ぶっきらぼうで小さな声だったがサトシには届いていた。
「うん」
サトシの声が明るくなる。
「もっと速く歩けよ」
「うん!」
サトシの笑顔を見るのがつらくて、シゲルはそのまま前だけを見て、歩き続けた。

その日もサトシは顔を見せた。
「シゲりゅ!」
青色のレインコートとおそろいの長靴。ばちゃばちゃと水たまりにわざとはまりながら、サトシはシゲルに近づく。
「遊ぼう」 シゲルはため息をついた。 「お前、暇なんだな」 「?」
サトシは傘の下で渋い顔をしたシゲルに首をかしげた。
「シゲりゅ、忙しいの?」
「別に」
用があるわけではなかった。ただあの広い家に一人で居たくなかっただけだった。
部屋中どこも薄暗い部屋には雨音しか響かず、あの日たった一人で両親を待っていた日を思い出してしまう。
うつらうつらしかけたときに響いた電話のベル。低い声で告げられた両親の死。
駆けつけた兄と姉の真っ青な顔、祖父の震え声。
――誕生日、おめでとう
泥に汚れたバースデーカードには母と父の字でそう書かれていた。
「シゲりゅ」
サトシがシゲルに指を伸ばした。
「どうしたの」
「――何でもない」
シゲルは歩きだした。サトシが後からちょこちょこ着いてくる。
話しかけてくるのを無視して、シゲルは歩き続けた。
雨は止む気配すら無く、サトシが小さくくしゃみした。
「な、シゲりゅ、博士、元気?」
話しかけても無視ばかりなので、サトシはシゲルの祖父の話ならシゲルも答えてくれるかもしれないと思い、聞いた。
「知らない」
「なんで」
「興味ないから」
シゲルはサトシの方を振り向いた。
「お前にも興味ない。いい加減、つきまとうのは止めろ」
「……シゲりゅ」
サトシが悲しそうな顔でシゲルを見つめた。
ずきりと胸が痛む。
祖父に話しかけられ、素っ気ない言葉を返したときの祖父の表情と似ていた。
自分が傷ついたことに悲しむのではなく、そんな言葉を言うシゲルの心を思いやって、サトシや博士は悲しくなるのだろう。
「シゲりゅ、俺のこときらい?」
「……大嫌いだ」
誰も彼も。
「俺、シゲりゅのこと好き」
「僕は……嫌いだ」
「シゲりゅ、博士のこときらい?」
「ああ、大っ嫌いだ」
サトシの頬が光った。涙なのか、雨粒なのかシゲルには分からなかった。
「博士、シゲりゅのこと好きなんだよ」
シゲルの顔が歪んだ。
「どうして、君がそんなこと言うんだよ」
「博士、言ってた」
「聞きたくない」
唇が震えた。
「シゲルのこと好きだって言ってた!」
「うるさいっ!」
傘を放り出し、サトシにつかみかかった。
「何も知らないくせに、おせっかいなんて焼くな!」
サトシの頬を思いきり叩いてから、シゲルは駆け出した。
サトシが後ろで何か叫んだが、無視して走り出した。


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