はえた



「アニキ!」
 その日は、かなりめずらしいことに、シモンの方から俺に近づいてきた。とはいっても、俺が別にシモンに嫌われている訳じゃねえ。
 俺は地上に出る方法探しで忙しい、シモンも穴掘りで忙しい、それに加え、村では鼻つまみものの俺、村長のお気に入りのシモン、とくれば、自然、こんなみんなが動き回っている時間帯、こんな広場で、仲良くお喋りする、って風にはいかない。まあ、夜や仕事終わりの頃なら別だが。
 いつもと逆だと、妙に周りの目が、というよりも、村長の目が気になる。俺はいいんだが、後でこいつがどやされるのもあれだしな。周りを見回しても、村長の姿がなく、他の大人たちも穴掘りやら何やらに忙しいのか、思ったよりは人気がない。
 サングラスを額に上げて、シモンを見下ろす。
「どうした、シモン」
「あのね」
 俺の側に来たシモンは、なぜか頬を赤らめた。穴掘り番は休みなのか、いつものポンチョも、ほっぺたも土に汚れていない。こりゃブータには舐め甲斐はねえだろうな。シモンの肩に乗ったちっこいブタモグラにふと思う。
 囓ったらさぞかし柔らかそうなほっぺたをつつきたくなる衝動を堪えた。なにしろ、汚れてる、という言い訳は今回は聞かない。
「どうした、シモン」
 シモンはポンチョの合わせ目から出した手で拳を握り、胸の前で摺り合わせるようにして、妙にもじもじしていやがる。
「俺ね」
 ほっぺたがどんどん赤くなる。で、顔もだんだん恥ずかしそうにうつむいていく。
「あのね、俺……」
「どした」
 ついに俺様に恋でもしたか。
「えっと……」
 シモンがふにゃっと笑う。いつもの内気さがこんなときはどこに行くのか、人なつこい、なんつうか、見ているこっちとしてはたまらなくなる笑い方だ。
 で、シモンはそのまま、言いやがった。
「俺ね、毛、生えた」
 シモンが、アニキ、と不思議そうに呼びかけてくるまで、その場に突っ立っていた。
「アニキ? アニキってば!」
 腕を揺さぶられて、我に返り、とりあえず、その場にしゃがみ込む。
 毛ってお前、毛って、どこの毛だ。髪の毛か。シモンの小さな頭を包む暗い色の髪を見る。当たり前だがここは、ずいぶんと前からふさふさのぽやぽやだ。
 じゃあ、どこだ。その毛が生えた場所は。いや、シモンの照れて恥ずかしそうな様子から、だいたい、どころか、完璧なまでにその場所は想像出来るが、世の中、何が起こるか分からないからな。別にシモンの口から言わせたい訳では、断じてないぞ、うん。
「……どこに、生えた」
 シモンの口が、薄いくせにふっくらしている唇が、ぱくぱくと声もないまま動いた。何度か、それをした後に、ようやく声を出した。
「あ、あそこ……」
「あそこって、どこだ」
 シモンがうつむいたまま、上目遣いで俺を睨む。しばらくそうして、シモンは勇気を振り絞りました、というような懸命な声で、呟く。
「……あの……お、おちんちんのとこ」
 ――よし。



 恥ずかしいのを堪えて、打ち明けた途端、アニキにいきなり、荷物みたいに肩の上に担ぎ上げられた。
 ブータが俺の肩から落っこちかけて、ポンチョにしがみつく。その重みでちょっとだけ首元を締められたかと思うと、走り出したアニキの勢いについて行けず、結局、ブータは落っこちてしまった。
「ブータ」
「あとで、追いつくだろ」
 それはそうなんだけど。アニキの肩の上でがくがく揺れながら、俺はちょっと不安になった。
「アニキ」
 アニキは俺を落っことしたりは絶対しないから、怖くはないけど、いきなり、どうしたのかな。
「ちょっとそこでじっとしてろ」
 どうしたんだろう、いきなり。俺、そんなに変なこと、言ったかな。でも、体に何か変なことが起きたり不思議なことがあったら、全部、話せ、って言ってたのはアニキだから、たぶん、いけないことではないはずだ。
 俺が、それに気づいたのは、昨日の夜だった。
 いつもどおり、穴掘りが終わって、自分の穴に帰り、俺のご飯を食べる前に、ブータのご飯にもなる、体の垢舐めをしてもらおうとして、ポンチョを脱いだ。
 サラシも取って、褌もゆるめて、ブータに頼む。他の大きなブタモグラと違って、小さなブータは垢舐めもちょっと時間がかかるんだけど、俺はブータに舐めてもらうのが、一番、安心だ。
 ブータの舌が、ちょろりと首筋を舐めた。
「ひゃ……」
 慌てて、声を我慢する。
 このごろ、ブータに体を舐めてもらうとき、妙にどきどきしてしまう。アニキが俺の体をあったかくするために触るようになり、口もくっつけあうようになってから、なんだか、あちこちが敏感になって、ブータの小さい舌にもくすぐったいだけじゃない感覚が出てきた。
 今までは、何も思わなかった事に、どきどきしてしまうのが後ろめたくて、俺は目を閉じて、唇を噛んで我慢する。
 ブータの方も時々、鳴くけど、それは、ブータには特別おいしい何かがあるときらしい。特別、汚れてるとかじゃないのに、何が違うのかな。
 お腹にいたブータがどんどん下に降りて、お臍の周りを舐める。アニキがいつも唇を押しあてて、吸ったり噛んだりするのを思い出して、また心臓がどくんどくんと早くなる。
 アニキに触られるようになってから、アニキを思い出すたび、俺の心臓はいつもおかしくなってしまう。つきたくもないのに、ため息が出て、それでも胸のもやもやと、どきどきとずきずきは、消えてくれない。
 もう一度、ため息をついたときだった。急にちくっとした痛みが走った。
「いたっ」
「ぶっ」
 ブータが舐めるのを止めて、おろおろしたように、腿の上を動き回る。
 手を伸ばしてブータを撫でる。
「大丈夫、だから」
 変な痛さだった。お臍の下だけど、あそこよりは、もうちょっとだけ上くらいのところが、まるで、髪の毛を引っ張られたときみたいな痛みでちくんとしたんだ。
 なんだろう。
 撫でていたブータが、もう一回やり直すよ、というように鳴いて、今までよりも優しい感じで舐め始め、また鳴いた。
「ぶいっ」
「え?」
「ぶい、ぶい」
 太腿の上でブータがぴょこぴょこ飛んでいる。前足がどこかを指している。
 さっき痛かったあたりだ。なんだろう。膝をもっと開いて、顔を下に向ける。
「あ」
 思わず、声が出てしまった。
 首をもっと曲げて、足の間を覗き込む。指で、その辺りを触る。
 あ、あった。軽く、引っ張ったら、またちくんと軽い痛みが走った。もう一回、今度はもう少し強く引っ張ってみる。
 間違いなく、ちくちく痛い。これって、やっぱり、あれかな。あれだよね。
「うわあ……」
 俺も、ちゃんと、オトナになってるんだ。アニキに一歩くらいは近づけた気がして、恥ずかしいような、くすぐったいような、でも嬉しいような気持ちになった。
 だって、俺とアニキは年がそんなに離れているわけでもないのに、ものすごく身長差がある。力もアニキの方が強いし、骨だって太い。それに、アニキは脇だって、足だって、もじゃっとしていて、もちろん、股間にだって立派なもじゃもじゃした毛が生えている。
 毛が生えたからって、アニキみたいに大きくなれるわけじゃないけど、いつまでも子どもっぽいまんまじゃ俺はいやだったから、まだ、一本くらいしかなくても、自分に生えてきたことが、恥ずかしくもあったけど、嬉しかった。
 もうちょっとしたら、もっと増えて、いつかアニキみたいにもじゃもじゃになるかな。
 思ったら、一人で笑ってしまって、ブータが不思議そうに見上げてきた。
 ブータの頭を撫でて、俺は、思い出した。
 初めて、アニキが俺の体をいっぱい触って、ふわふわして、どきどきして、じんじんした気持ちになったときのことだ。
「いいか、シモン」
 汗をいっぱいかいて、涙もいっぱい出てしまったから、すごく疲れていて、俺はアニキに抱っこされながら、うとうとしていた。
「これから、体になんか変なことが起きたり、不思議に思うことがあったら、俺に全部、話せ。いいな?」
 うん、とうなずいたら、アニキは唇をくっつけてきた。ブータにされても、そんなことはないのに、アニキの唇がくっつくと、ものすごくどきどきする。
「ちゃんと教えろよ」
 念を押すみたいにアニキはもう一回、言ったんだ。だから、俺、言うとおりにしたのに。
 ――どうしたのかな。
 アニキは自分の穴の中に入ってしまうと、俺を下ろした。隅っこから小さなライトを持ち出して、明かりをつけると、自分はあぐらを掻いて座り込み、俺を見上げる。アニキを見下ろすなんて、滅多にないから、なんだか新鮮だ。
 アニキは俺を見て、にこっと笑った。つられて、笑ってしまう。アニキは俺が笑うと、自分も嬉しくて笑う、って言うけど、俺だってアニキの笑顔を見てると嬉しくなって、笑ってしまう。ぎゅっと大きな手に手のひらを握られて、俺もぎゅっと握り返す。
 アニキの手のひらは、ちょっと固くてざらついているけど、大きくて、あったかい。なんだかもっともっと嬉しくなって、胸が落ち着かない。
「シモン、見せてみろ」
「え?」
「毛、生えたんだろ。俺に見せてみろ」
 後ずさろうとして、アニキに手を握られているのを思い出した。ず、ずるいよ。そんなつもりで握ってたなんて、アニキひどい。
「嫌なのか」
 うつむいても、アニキに見上げられているから、顔を隠せない。
 アニキはずるい。アニキはひどい。不満そう、っていうよりも、ちょっと寂しそうな悲しそうな顔になっていて、俺は困ってしまう。だって、そんな風に見られたら、俺はいやなこともいやじゃなくなってしまうし、どんな恥ずかしいことだって我慢できるから。
「……だけど」
「だけど?」
 我慢できるけど――できるけど、できるんだけど、やっぱり恥ずかしい。
 いいよ、って言いたいのに、言えなくて、俺は赤くなって、黙り込む。
「おーい、シモン」
 アニキが俺を見上げながら、歯を見せる。俺が真っ赤になっているのは絶対に、見えてるはずなのに、笑い方がからかうみたいなイタズラっぽいものになっているのに。
「いやなのか?」
 アニキはひどくて、ずるくて、いじわるだ。
「いやならちゃんと言え」
 そんな風に言いながら、アニキはやっぱり笑っている。アニキからはもちろん、俺の顔は全部、見えてるのは分かってるけど、視線を横にずらす。
 さっき、打ち明けた時みたいに、聞こえないくらいに思える小さい声が、なんとか出た。
「……いや、じゃ……ない、よ」
 アニキは、顔中で笑って、俺の手を握り直した。
「じゃあ、見せてくれや、シモン」



 シモンが最初に脱いだのはハーフパンツだった。ズボンを締めていた紐をほどいて、体の横に落とす。ゆるんだ腰の部分を指で押さえながら、膝の方へ下げて、まず左足からくぐらせるようにして、次に右足でまたぐようにして、脱いでしまったハーフパンツを足下に置いた。
 次に、しゅるり、とかすかな音を立てながら、サラシがほどかれていく。まだ肩から外していないポンチョの合わせ目からは、サラシの下の肌がちらちらのぞく。
 うつむいて、指を動かすシモンの頬は真っ赤だった。俺は黙って、シモンの動きにあわせて、裾を揺らし、表面を波立たせるポンチョとその向こうのシモンの体を見ている。
 軽口でも叩けば、少しはシモンの気も紛れるだろうと分かっていて、俺は口をきかない。実はそんな余裕もなく、情けないほどに俺は、シモンが体を覆う布を脱いでいくのに見入っていた。
 ほどけたサラシは、どこか未練そうにシモンの足首にからみついている。
 褌の右横紐の結び目をシモンが解いた。指が反対の横紐と前布とずらして、腰から下へ落とす。シモンの細く締まった足首に、それはサラシと共に絡まった。
 内側から押さえているのか、ポンチョは揺れず、裾が引っ張られたような形になっている。 腿の付け根を覆うか、覆わないかの丈だから、肉づきの薄い腿は、はっきり見えるが、それより上は隠されている。
 シモンが俺をうかがうように、こちらを見てきた。うながしもせず、俺は少しだけ視線を動かした。シモンはまばたきを繰り返し、唇を赤ん坊の口のような形に開く。
 そのまま、動かない。何をすればいいかを悟ってはいるが、恥ずかしさが、まだ強いのだろう。
 ああ、俺は、ひどい奴だと、改めて、思う。思いながら、俺は、自分で手を出さずに、シモンにやらせている。
 俺自身が、とっととポンチョとハーフパンツを脱がせ、サラシをほどいていけば、手っ取り早いし、シモンだってここまで恥ずかしがらないはずだ。
 でも、それじゃ、駄目だ。早く、見たい。見たくて、たまらねえ。それは本当だ。けど、俺が自分で、やるんじゃなく、シモンに見せてもらいたいのだ。
 言い訳がましく、理由をあれこれつけて、シモンに触れるようになって以来、俺がシモンに抱く欲望は激しくなり、しかもどこか歪んでいるようだ。
 恥ずかしがる様子が見たい。泣かせたいのに、笑う顔が見たい。ひどいことをしてやりたい、なのに、もっとうれしがらせたい。どうして、こいつといると落ち着かなくて、なのに、気持ちが穏やかになって、そのくせ、どきどきするんだろう。
 シモンが、少しかすれた声を出した。
「アニキ」
「ん?」
「く、暗いけど、ちゃんと、確かめてね……」
 ちくしょう。瞬間、シモンに思い切り、むしゃぶりつきたくなった衝動を、どうにか堪えた。
 シモンがポンチョの裾を、そろそろとあげていく。今の俺は、どれだけ、ぎらぎらした、卑しい顔をしているんだろう。
 つるりとしたシモンの下腹部には、毛があるどころか、野郎とは思えないほど、淡い色したちんこが下がっている。先っぽはまだ、皮をかぶっていて、剥けていない。実は、触るたび剥こうとしてはいるが、痛い、と言われて、結局、出来ないままだ。というよりも、腕の中で、いつになく、甘えた声でぐすぐす涙ぐまれながら、あにきいたいよ、と言われれば、どんな固い意思もとろけるってもんだ。
 シモンは臍の上ほどにまでポンチョをめくり、震えるほどに力を込めて、拳を握っていた。
 腹が減ったのと喉が渇いたのをごちゃ混ぜにしたような感覚が襲ってきて、いつになく、低い声が出た。
「……どこに生えたんだ?」
 こんな声は、あまり出したくない。シモンが怒られていると勘違いするからだ。分かっていて、出てしまうほど今の俺にはあまり余裕がない。
「あの……ここ」
 少し、身を竦ませながら、シモンが指を伸ばして、ちっこいちんこの根本のやや上あたりを指した。
 顔を近づければ、シモンの肌の匂いが鼻をくすぐる。村にはシモンと同い年の男のガキだって多いし、もちろん、女だっている。なのに、こいつの匂いだけが、どうにも他のやつとは違う。
 なんだ、この甘いような、乳臭いような、嗅いでいるとぼんやりして、同時に腹の底からむらむらと欲望が生まれてくるこの匂いは。
 思わず、舐めたくなる衝動を堪えながら、シモンのこれまた、ちっこい指先が示す場所をじっと見る。
 確かに何かくっついていた。ゴミでもついてるのかと見過ごしそうな、細っこいそれに指で触れる。
 たしかに、毛の感触だ。親指と人差し指の間に挟んで、ちょっと引っ張った。根本がくっついている手応えがある。どこもかしこもちいさいこいつが、ちゃんと成長してるのだ。
 それにしても、かわいい毛だぜ、まったく。
 思わず、笑いが漏れてしまう。
「やっと生えたか」
 まだ一本くらいしかないが、それでも生えたことには変わりない。きっと、シモンの髪の色と同じ色と思われるその毛をちょいちょい引っ張っていると、シモンが泣きそうな声を上げた。
「あ、アニキっ」
 まずい、やりすぎたか。ぎくりと指を引こうとすると、頭上から、恥ずかしそうな、困ったような、ふにゃんとした声が聞こえた。
「あんまり、引っ張っちゃやだ」
 抜けちゃう、とシモンが訴える。
「せっかく、生えたから、あんまり、そんな風にしないで、おねがい」
 俺の理性は、とっくにどこかに行っているのだが、さらにさらに、おそらくは、ガキの頃に一度、見た地上とやらのどこかに、ぶ厚い岩盤を突き抜けて、俺よりも先に行ってしまったらしい。
「……わかった。引っ張らねえよ」
 シモンの顔を見上げて言うと、安心したのか、さっき俺に話しかけてきたときに見せたような、ふんにゃりと口の端から溶けてしまいそうな柔らかい笑みを浮かべる。
 笑い返して、俺はシモンの臍の横を、ちょっとだけ噛む。いや、前歯で触った、というのが正しいだろう。
「ふ、やっ」
 驚いたシモンが、びくんと体を震わせる。
 そのまま舌で舐めて、肌を吸う。薄い皮膚は食いちぎれてしまいそうなくらいに柔らかく、とろけそうな舌触りだった。舐め上げ、吸いつきながら、指と顔を下げていく。
 舌先に小さな異物感を感じるそこが、俺の弟分の成長の証拠、ってところか。その辺の皮膚を吸ったり、噛んだりして遊んでいると、シモンの指が俺の頭に触れ、押しやろうとする。
「や、やだ、アニキ。だめ、抜けちゃう」
 シモンは、まだ毛を抜かれないかを、心配しているようだ。そのちっこい頭に、別の心配が浮かばないのが嬉しくもあり、不安でもある。お前、他の奴らにもこんな風に、されるがままになってるんじゃねえのか。
 俺が口を離すと、ほっとしたような表情を浮かべる。指でもう一回、引っ張ったりはせず、撫でてやる。
 はあっとシモンが長い息を吐く。頭を押さえていた指から力が抜けて、見上げた顔は少し、赤い。
「抜いちゃだめなんだな?」
「だめ」
 一生懸命、怖い顔をシモンは作ったらしい。ああ、こわいこわい。かわいいかわいい。
 ちっこい指が勢いのあまりか、俺の髪の毛をぎゅっと掴む。くそ、もう我慢できねえ。


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