つまり、太一がいつになく照れくさそうだったのは、口にした言葉がめったにないような事柄だったからに違いない。
最初、放課後の予定を訊ねられた時に、これからの話の展開が読めた。機嫌良く、今日はバンド仲間と会う約束はあるけれども、すぐに終わると太一に言う。
太一の顔が嬉しそうにほころんだので、ヤマトは早速、自宅の冷蔵庫の中身を思い出した。大丈夫だ。太一一人を家に泊めて、夕食と朝食を出せるくらいの食料は入っている。
では、と変にがっついた声にならないよう、ヤマトはまず咳払いをした。太一が言い出さないのなら、こちらから誘おう。何気なさを装って、ヤマトは太一の表情をうかがった。
確率は低いが、たまに不用意な一言で、楽しみがお流れになってしまうことだってあるので、まずは相手の様子をじっくり見なければいけない。
「――学校帰りに友達と会うけど、会うだけだから、俺はすぐ帰ってこられる」
少し、声が低くなったのは、太一が顔をあちらに傾けたからだ。横顔しか見えなくなって、ヤマトは窓の桟を強く掴んだ。
「太一、部活は?」
「六時前には終わる」
「……親父、帰り遅いんだ」
こんな時のヤマトの顔を太一が、気恥ずかしげに見ていることを、ヤマトは気づかなかった。
太一から家に行くとあっさり言い出さないのは、ヤマトの頬が赤くなるのを見たいからかもしれない。何十回となく同じ事を繰り返しても、太一がヤマトを見つめるのに飽かないように、ヤマトの頬は太一を誘うときにいつも赤くなる。
初々しさを残した駆け引きの中、ヤマトは自分でも感心するくらいの絶妙のタイミングで切り出した。
「家に寄っていかないか?」
太一がこちらを向いたときの目は、もちろんとうなずくときのものだった。だが、太一はまた顔を右に向けて、一言言った。
「……寄れない」
「え」
動揺を一字で見せて、ヤマトはすぐに普段通りの表情に戻した。そうかと物わかりの良さそうにうなずいているが、ヤマトの頬や眉の辺りに、拗ねた子供のようなものが漂っているのを太一は見逃さなかった。
太一はあわてて、ヤマトがむくれきってしまわない内に話を続けた。
「あのな、ヒカリが自然教室に行ってるの知ってるか?」
「知ってる。タケルも行ってるし」
それでは最大の障害はないのだから、大丈夫なはずだ。ヤマトはうつむいた。
太一は言葉を選ぶように、ゆっくり話す。
「でさ、お袋は同窓会に行くんだって。……今日だぞ」
ヤマトと目が合うと、太一は言葉のようにゆっくり目を伏せた。
「親父も遅いし……いっつもヤマトの家ばっかり行ってるから……」
太一が何を言いたいか、朧気に悟ったような気がした。
ヤマトはまばたきして、太一をじっと見つめる。やっと太一の耳が赤くなった。恥じらいというにふさわしい綺麗な赤い色をしていた。
「とにかく、今日は俺の家、俺だけしかいないし、別に……」
太一の言葉を聞くと、ヤマトは笑顔になった。太一に驚かされた不満は見せなかったが、やや人の悪い笑みだと言えなくもない。
「大きな声とか出しても平気って事か?」
「ああ」
ヤマトの笑顔につられて、言葉にうなずいた途端、その意味に気づいて、太一はヤマトをこづいた。
「お前、なに変なこと言ってんだよ」
「何がだ? 大事なことだろ」
太一に腕を掴まれても、ヤマトは素知らぬ顔だ。普通に太一の家に遊びに行くだけなら、太一がここまで照れることはない。今日、遊びに来いよの一言で、終わるはずだ。その裏に隠された意味に、太一は照れているのだろう。二人きりになるのなら、ただ遊ぶだけで、終わらせるつもりは、ヤマトにはまったくない。太一もそうらしかった。
「大事って……そりゃ、そうかもしれねえけど」
太一のうろたえぶりが面白いので、ヤマトは太一が一人で何かを納得してしまうまで、黙っていた。あわてている太一を見られるのは、そうそうにない。
太一が返事を聞きたそうに視線を投げてくるのに合わせて、ヤマトは太一に顔を近づけた。
「俺が太一の家に行ってもいいってことだよな」
「そうだ」
「へえ……」
ちょっと返事をもったいぶってやる。ついでにからかうように笑うと、太一に睨まれた。そのつり上がった目がおかしい。頬の赤みがなければ怖い顔だったろう。恥ずかしがっているだけで、この怖い顔が魅力的に見えるのだから、困ったものだ。
「来るのか、来ないのか、はっきりしろよ」
「俺が行った方がいいか?」
聞き返して、太一が本当に怒り出す前に、ヤマトは唇を押し当てた。言葉を封じれば、返事も言いやすい。
「行くに決まってるだろ」
――今日の駆け引きは、一時太一が優位を見せたが、最後の最後で、ヤマトが勝利を治めた。滅多にない太一の家への誘いだったから、滅多にないヤマトの勝利を呼んだのだろう。
※
待ち合わせの時間は六時だった。十分前にヤマトがギターを背負ってベンチに座る。
足を組み直し、ポケットに手を突っ込み、ギターの持ち手を替えるという落ち着かない五分間を過ごして、近づいてきた気配に顔を上げた。
鼻の頭に光る汗が太一の疾走ぶりを語っている。スポーツバッグからタオルがはみ出ていた。
息を弾ませたまま、太一は笑って見せた。
「時間、守れた」
「もっとゆっくり来いよ」
学校からずっと駆けてきたらしい太一の息が落ち着くまで、ベンチに座らせた。六時を二分ほど過ぎた頃、太一が大きく息をついた。
「自分の家に帰るのに、緊張するって変だなあ」
へへと笑った太一に、ヤマトはうつむいた。
早く太一の家に行きたい。この分では、ドアを閉めた途端に、太一に腕を伸ばしてしまいそうだ。太一の肌は、まだ塩辛いだろう。首筋に顔を埋めれば、汗の匂いが残っているに違いない。
自分がそう囁いたときの太一の表情を想像して、ヤマトは立ち上がった。三十分もしない内に自分のものになるはずの太一の腕を取る。
「もう、平気だろ。帰るぞ」
「ああ」
太一はヤマトに腕を引っ張られて、立ち上がった。急に無口になったヤマトを不思議そうに見てはいたが、耳たぶが赤いのに気づき、太一も黙り込んだ。
たまに触れ合う腕や肘を意識しながら、マンションまで戻る。エレベータに誰も乗っていないのを確かめると、ボタンを押して、手を繋いだ。
代わっていく階数表示の数字を眺めて、目的の階の一階下まで来ると、堪えきれないように、繋いでいた手を離して、相手の体に絡めた。
唇は迷わないで重なる。かくんとエレベータが止まっても、扉が開いても、離れきれない。扉が閉まりそうになるとき、やっと太一が足を伸ばして、扉を押さえた。
「で、出るぞ」
震え声で太一が言うと、こちらもぼんやりした顔のヤマトがうなずく。家の扉までの距離は、体を高ぶらせるにふさわしい距離だった。
荷物も服もうっとうしくなってくる。太一がポケットから、鍵を出した。鍵穴に差し込んで、回す。錠の音が響くと、ヤマトがドアを開けた。
荷物は玄関に放り投げて、まずは中断した口づけの再開、のはずだった。
「――お帰り、太一」
ヤマトと太一の体を冷やした父の声は、のんびりしていた。
「お、親父!」
驚きに太一の声が裏返った。靴を脱ぎ捨て、空耳ではないかと家に上がった。
居間のテレビがヘリからの中継の画面を映し出している。ソファに腰掛けて、新聞を読んでいた父親は、返事が返ってこないので、またお帰りと言った。
太一は父親の顔を呆然と見つめた。
「なんで、帰ってきてんだよ」
非難の調子が強い息子の言葉に父親は苦笑した。
「早かったら悪いのか」
「……遅いって言ったからさ」
「ああ。予定が変わったんだよ。来週になった」
父は取引先らしい、どこかの設計事務所の所長と食事すると言っていたはずだった。太一はそれを当て込んで、今日、ヤマトを誘ったのだが。
「所長の娘さんが、急に産気づいたって電話が来てなあ……」
それは結構なことだ。ついでに、こちらも結構なことになる予定だった。
太一は固い動きで、玄関を振り返った。残念ながら、明日は母親が在宅だ。その翌日はヒカリが帰ってくる。一度きりのチャンスは泡に消えたようだった。
「ヤマト……ごめん」
ヤマトは力無く笑い、太一の声を聞きとがめた父親は、誰かいるのかと立ち上がった。
「石田君か」
顔見知りの息子の友人の姿を玄関で見出して、父親は訳知り顔で笑って見せた。
「二人で騒ごうと思ってたんだな」
太一はぎこちなく笑い、それに合わせたようにヤマトも笑って見せた。
「そりゃ、悪かった」
父親は子供たちのイタズラを見つけた大人の楽しげな、そして人の悪い笑みをもらして、ヤマトを促した。
「まあ、邪魔はしないから、上がっていきなさい」
父親の言葉に、うなだれたのは太一だけでなくヤマトもだった。邪魔はしていないが、充分にそうなのである。
エレベータでのキスの余韻を引きずって、ヤマトと太一の家に上がった。立てていた予定とは違う礼儀正しい上がり方だった。
※
恨めしげなヤマトの視線が突き刺さる。太一も同じ様な視線でヤマトを見つめ返した。
「……ごめん」
体にわだかまる熱が消えきっていない。ヤマトに近づき、太一はつぶやいた。
「ヤマトの家、行けば良かったな」
「俺は太一の家に来たかった」
ヤマトはため息をついて、目の前に立つ太一の手を握った。
ヤマトが座っているのはベッドで、シーツの皺はきちんと伸ばされている。本当なら、ここをしわくちゃにする予定だったのだ。
「今から、お前の家に行こうか」
太一もヤマトの手を握り返した。ヤマトは顔を上げて、なんとも言えない笑いを見せた。
家を出る言い訳は幾らでも作れる。太一はそうっとヤマトに抱きついた。
「俺、我慢できねえよ」
「俺だって」
すぐ近くにある体が急に熱くなった。いけないと思いつつ、落ちてくる太一の唇をヤマトは受け止めた。
開いた太一の唇に舌を忍ばせる。太一が目を閉じていくのが見えた。キスだけのつもりだった。
太一がベッドとヤマトに体を預け、ふうっと長い息を吐く。唇を離す合図ではなく、もっと続けて欲しいとねだる吐息だった。
太一の腰を抱く手に力をこめ、ヤマトは溺れきらないよう、淡い口づけをした。不満げに太一がヤマトの頬を挟み、目を開けた。
「キス、いやなのか?」
太一の目を見た瞬間、いけないと分かった。少し伏し目がちの眼差しは、無意識の誘いだ。絶対に逆らえないとは知りつつも、ヤマトはわずかな抵抗を試みた。
「いやじゃない。だけど、おじさんが……」
「キスだけなら、平気だろ」
平気ではない。自分の体が、どのように変化し始めているか気づいて、太一はそんなことを言っているのだろうか。
「太一、だから……」
続きなら俺の家で、とヤマトは言いかけたが、太一に口を塞がれた。
好きなものに対する上達が早いように、最近の太一はキスが上手い。練習する相手は一人しかいないので、上達ぶりはその相手であるヤマトも同程度なのだが、このような場合に、気づく余裕もなかった。
太一の舌を追いかけている内に、いつもの癖で、太一のシャツをはだけようとしていた。
太一のシャツは、上から二番目のボタンが取れかけている。繕ってやると言うのも、このキスを止めさせる言い訳になるだろう。
「太一」
ボタンが、と続けようとしたのに、なぜ自分は太一の耳たぶを口に挟んでいるのだろうか。冷静になる暇もなく、手はしっかりとボタンを全て外した太一のシャツをはだけ、その下のTシャツを上げていた。
汗が冷えた肌に直接触れると、太一はヤマトの頭を抱えるようにして抱きついてきた。
肌のなめらかな感触を楽しみながら、指を上に上げていく。そこは、指先がかすめただけで、はっきりと固さが増し、浮き上がってくる。太一の体が開かれていくなら、ヤマトも太一が漏らした声で、心を溶かした。
首筋を舐めて、シャツから見え隠れしていた胸元へ顔を伏せた。膨らみなどを持つ性ではないのに、太一の胸は柔らかく思える。片方の乳首を口に含んで吸うと、太一が喉に引っかかるような声を上げた。
「やべえって……」
分かってはいるのだが、唇が離れない。執拗に太一の胸を吸い続け、ヤマトは指先でも、太一の肌をなぶった。
「ヤマ……ト」
声を封じるために、歯を立てる。周りを舐めて、自分だけのものと知らしめるように、きつく吸い上げた。
「……痕、つけたら」
耳元の太一の息が荒い。
「ここなら……大丈夫だ」
上がってきた息の合間にヤマトはささやいて、太一のベルトに手をかけた。
前をくつろげて、指先を忍ばせる。愛おしさに負けて、ヤマトは笑った。
「これじゃ、我慢できねえよな」
太一は途切れがちになる声で、ヤマトのからかいを怒ろうとはせずに、もっと効果的な方法に出た。
すぐ近くにあったヤマトの耳を子犬のように甘噛みすると、太一はヤマトよりも大胆に、自分の手をヤマトの下肢に伸ばした。
「た――!」
布越しにヤマトに触れると、太一はヤマトを睨んだ。
「……お前だって、同じだろ」
少し突き出た唇が、子供っぽい。
「悪い」
素直に謝ると、太一は顔を伏せた。
「……ヤマト、手」
太一の言葉に、ヤマトは迷った。このまま手を離すか、それとももっと深く指を絡めていくか。
ヤマトは太一を見つめた。太一は唇を噛んでいる。目尻が潤みかけていた。
ヤマトは手をそろそろと動かして、震えているような太一を包み込んだ。
太一があえぎを漏らして、しがみついてきた。ヤマトは唇を胸へ戻し、歯先でゆっくり転がすようにして、噛み始める。
「ヤマト……だめだって」
「嘘、つくな」
喉が乾いて、声がかすれる。ヤマトの声の具合に、太一の手がおずおずと伸び、ヤマトのズボンのチャックを下ろした。
「……手だけ?」
太一が耳元でささやく。
「――じゃないと、声が出るだろ」
「だよなあ……」
太一の悔しげな、それでいて艶のある表情に、壁の向こうにいる彼の父親を恨めしく思った。
太一と目が合う。最後の我慢をぐらぐらと揺らすような視線だったので、ヤマトは自分が濡らした胸元へと唇を寄せた。八神家への出入り禁止を生み出すような危険は、まだ侵したくなかった。
太一の指先が願いが叶えられなかった不満を表しながら、ヤマトに絡みついてきた。少し荒っぽいが、充分にヤマトを焦らす愛撫で、太一はヤマトを先に追いつめようとした。
意地の張り合いと快感が入り交じって、交わす口づけも熱くなる。
「だめだ……」
胸に触れるヤマトの舌と歯に太一が先に堪えきれなくなった。太一の指先から力が抜けていく。それが惜しくても、太一の顔が快楽だけを映し出していくのが見られるのだから、構わない。
「ヤマト……」
やっと自分だけが知る太一の顔になった。甘えるように額を肩に擦り付けてくる。ねだるような声も上げるので、ヤマトは太一の望みを叶えるため、指に力を込めようとした。
「おーい、太一」
太一とヤマトの身体が同時に震え、父親の次の言葉がかからない内に、身体中が冷えていった。
「夕飯、店屋物でいいか?」
壁向こうの艶っぽい様子を知らない父親の声は明るかった。
「――それでいい」
ヤマトの膝をまたいだまま、太一はがっくりと肩を落とした。
「石田君も食べていくだろ」
「は、はい……」
やり場に困った手を引いて、ヤマトはうなずいた。
「何が食いたい?」
高いものは止めろよと言う父親の声を遮って、太一は大声を上げた。
「寿司! 特上がいい」
「寿司? お前、贅沢なこと言って……」
「ヤマトも食いたいって言ってんだよ。それくらい、たまにはいいだろ!」
最後の一言には、やけに力がこもっていた。壁越しでも息子の迫力に押されたのか、父親はぶつぶつ呟きながら、ドアから離れた。
「太一、俺は寿司なんか……」
太一はまばたきして、呑気なことを言うヤマトを潤んだ目で見つめた。
「どっちがいい?」
続きかと一瞬、どきりとしたヤマトに太一はため息をついた。
「トイレと俺の部屋」
ヤマトはうつむき、気をそがれたとはいえ、まだ淡く熱を持ったそこを見つめた。
「……トイレ」
親父に見つかるなよと太一は言って、ヤマトから離れた。
前屈みになりながら、よろよろと部屋を出ていくヤマトを見送って、太一は深いため息をつきながら、ベッドに腰を下ろした。
「親父のバカやろう」
せめてもの一言を言わずにはいられなかった。
※
息子と友人の希望を入れつつも、財布と相談した結果、父親が取った寿司は特上から、上になった。言うことを聞いてやったというのに、息子の機嫌は悪い。せっかく男だけの気の置けない夕食だというのに、これではつまらないではないか。
父親はわざとらしくない明るい口調で、太一とヤマトに、学校での出来事や友人についてなどを訊ねてみた。
少しは盛り上がりかけたと思いきや、ぼんやりしていたヤマトが吸い物を一口飲んで、大きなため息をこぼした。
「す、すいません」
太一と父親の視線に気づき、ヤマトは顔を赤くした。
「考え事をしてたんで」
太一はゆっくりとイカを口に運んでいる。唇をきゅっと引き結んだのはワサビが利いていたかららしい。
うつむきがちの顔と濡れた唇には見覚えがあった。いつも恥ずかしげに、けれどそれを押し隠して、太一は顔を伏せてくる。その間中、髪を指先で梳いたり、耳に触れるのが、好きだった。
想像はとめようがなく、中途半端な形で吐き出した熱がまた戻ってくる。
「――若いからかな」
「えっ!」
的確に体の状態を指摘され、ヤマトは椀をひっくり返しそうになった。
「ヤマト、何やってんだよ」
太一が布巾を渡してくれる。あわてて、こぼれた汁を拭いて、ヤマトは太一の父親をちらりと眺めた。
ぴたりと視線が合う。やましさを見通される気がした。
「大丈夫か? 火傷は?」
「平気です。今、若いって……」
わかりにくいヤマトの問いかけを、太一の父は理解したようだった。
「ああ、考え事や悩み事が多いのは、若いからかと思ってな」
確かに今の悩みは、身体がなんとも正直な若さを見せることだ。
太一が指先に付いたご飯粒を、いささか行儀悪く唇で取っているのを見て、ヤマトはうなだれた。食事中にまで、こんな邪な考えを引きずっているとは――いや、違う。いつも、こんなことを考えているわけではないのだ。今日は、たまたま邪魔が多くて、すべて途中で止めなければいけなかったからで、いつもは普通に太一を見つめられる。そうだと思う。いや、そうでなくてはいけない。そうあるべきだ。
ヤマトが自分に言い聞かせている内に食卓の話題は移り変わっていた。
「――さい。太一がお世話になってばかりいるし。家の方は、大丈夫なんだろう?」
「はい」
戸締まりもしているし、火の元も大丈夫だ。それに太一の家族は、ヤマトの家庭の事情を知っている。父子家庭で、ほとんどの日にヤマトが一人きりなので、それを気にして太一がヤマトの家へ足繁く通っているのだと思っているらしい。それは正しいが、真実とはいつも、一般に知られている形とは微妙に異なるものだ。
曖昧に適当に、ヤマトはうなずいた。会話の意味はよく分からなかった。
ヤマトが話を聞いていなかったのを太一は気づいていたらしく、さりげなく教えてやった。
「着替えは俺の使えばいいってさ、ヤマト」
「え?」
とまどうヤマトが顔を上げると、拗ねた風の太一と父親の笑顔が目に入った。
「遠慮しなくていい。いつも太一が泊まってばかりだし、たまには、うちにも――」
父親の言葉を太一が継いだ。
「……泊まっていけってことだよ」
太一の表情の意味を悟り、ヤマトは引きつった笑いを浮かべた。では、一晩中一緒というわけだ。なんという、幸運だろう。たった一つを除けば、まさしくその通りだった。
断った方がいいと何かが――おそらくは、若さ溢れる身体の一部が――ささやいた。ヤマトが帰宅する際に太一は付いてくるだろうから、そうすれば誰はばかることなく、続きを楽しめる。
「俺は……」
そこで、太一を見るべきだったのだ。
だがヤマトは太一の父親の好意に満ち満ちた笑顔に、うなずいていた。なにしろ、太一の父親だ。これから長い付き合いになるはずだった。
言うではないか。まずは親から攻めろと。すでにして太一という城を落とした今、ヤマトにとっての難関はヒカリだが、そのためには父親という存在に自分をアピールしておくのも大切かもしれない。
「じゃあ、そうします……すみません」
ヤマトは、自ら、拷問の一夜を選んだ。
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