お泊まり会
3



 布団に入り、電気を消してしばらくは色々と話していたのだが、まずが大輔が、続いて光子郎、タケルの順で、寝息が聞こえ出す。
 ヤマトが静かに起きあがって、部屋に行く。
 太一は何度か寝返りをうって、誰も起きないのを確かめてから、そっとヤマトの部屋のドアを開けた。
 ヤマトは机に腰掛けて、太一を待っていたようで太一がドアを閉めてしまうと、手招きした。
 明かりはつけられていないが、外からの明かりが意外なほど眩しい。
 こうなることはなんとなく分かっていたのだが、ヤマトに抱きしめられると、一応抵抗してしまう太一だった。
「待てって」
「ん?」
 ヤマトの唇が額や頬に当てられるのを交わそうとしつつ、太一はヤマトの胸を押した。
「イヤか?」
「そ、そういう訳じゃない」
 イヤなわけがない。だが、壁一枚隔てた向こうに三人も客がいれば話は違う。
 太一がなんと言おうか考えている間に、素早く腰に手を回されて、唇を重ねられてしまった。
 その強引な口づけの後、ヤマトは濡れた唇をほほえませた。
「イヤじゃないんだろ?」
 ちゃんとキスに応えてきた太一を知っている上で、ヤマトは意地悪そうに言った。
「でも、ほら……あいつらいるし」
 押し切られそうになるのをなんとかこらえようと、太一は力の入らない体と口調で言ってみた。
 ヤマトに抱き寄せられたときの力の込め方や言葉のはしばしの熱っぽさにダメだとは知りつつも、言ってみる。
「……そうだなあ」
 ヤマトはうなずいてみたが、もちろん止める意志はこれっぽちもない。
「だったら、太一悪いけど今日は声ちょっと小さめにな」
「え……」
 太一の着ていたTシャツの隙間から手を差し込んで、ヤマトはささやいた。
「……」
 太一は何も言わなかったが、ヤマトを押し返そうとしていた太一の手から力が抜けたので、ヤマトは太一を抱く手に力を込めた。
 もう一度唇を重ねて、Tシャツをたくし上げる。ヤマトの手が胸をまさぐって、太一にため息をつかせた。
 指先にぷつりとした感触が感じられると、つまむようにしていじくってみる。
「……んっ」
 太一は声を上げかけたが、くちびるを噛んでこらえた。
 首筋に唇をつけて、ゆっくりそのまま動かしていく。
 たまに優しく噛むようにしてキスすると太一の体が震え、力が抜けていった。
 唇がはだけられた胸の方に下りていき、さきほどまで指先で愛撫していた箇所を舌でつつくと太一はたまらず目を閉じてしまった。
「ヤ、ヤマト……」
 ヤマトにしっかりしがみついて、太一は悲鳴のような声を出した。
「しっ」
「ダメだよ、俺……」
 太一はなんとか声を抑えようとしたが、ヤマトの手が足の間にまで伸びてきたのでたまらなくなってヤマトに訴えた。
「やっぱりやめよう、な?」
 ヤマトが笑った。
「やめるって、太一」
 そこで手は足の内側をゆっくり撫で上げて、辿り着いた先の熱をそっと握った。
「お前、これで寝るつもりなのか?」
「だって……あっ」
 ヤマトの手の動きと言ったら。
 太一の一番弱い、つまりは一番感じやすい場所を的確にそれも優しい手つきで攻めてくる。
 今も胸と同時にそこを撫でられて、太一は声を上げ、あわてて口を押さえた。
「な、無理だろ?」
「お前が無理なようにしてるんだろ」
 ほとんど涙目で太一はヤマトをにらみつけた。
「これでも控えめにしてるんだけどな」
 ヤマトは言葉とともにもっと手の動きを激しくした。
「……」
 太一は必死で声を上げまいと我慢している。こらえている表情がなんともたまらない。
 ちょっと趣味は悪いと思うが、めったにこんな機会もないことだし、とヤマトは太一に愛撫を加え続ける。
 太一の目から声の代わりとでも言うように涙がこぼれていく。
 「可愛い……」
 ヤマトの顔が思いきりほころんだ。嗜虐心をそそるとでも言うのだろうか。
 時間が進むにつれ、段々かすれていく声が聞けないのは残念だが、これはこれでヤマトには満足だった。
 太一は健気に声を抑えている。

「あっ!」
 大輔が声を上げかけて、タケルと光子郎の二人から口を押さえられた。
「静かに!」
「だ、だけどさあ……」
 大輔は声をひそめて、ドアの隙間に顔を当てる二人に話しかけた。
「のぞきはよくないんじゃないか……?」
「大輔君も覗いてたくせに」
「そ、それは――」
 だってトイレに起きたら、横の太一がいないのだ。ついでにヤマトも。二人を捜そうとしていると、ヤマトの部屋から人の話し声が聞こえてきたのだが……。
「一番先に見たのは確かに俺だけどさあ……」
 驚いて仰け反ったところをタケルに支えられたのである。その音で光子郎も起きてきたというわけだ。
「ああっ! ヤマトさん、あんなことまで!」
「ええっ!」
 大輔はあわてて隙間からヤマトの部屋を覗く。
 くやしいことに部屋が暗いのと、太一がこちらに背を向けているのとでよくは分からないが、合間のささやくようなヤマトの声と濡れたような音、太一の抑えようとしてたまに洩れる声で何が起きているかは充分すぎるほどよく分かる。
 太一はヤマトにしがみつき、時折いやいやするように首を振っている。ヤマトがなだめるような口づけを落とし、太一の肌にふたたび顔を寄せる。
「俺……寝ようかな」
「寝られますか?」
 大輔の言葉に光子郎が低い声で聞いた。
「僕、無理だと思う」
 タケルは正直に認めた。
「……それにしてもお兄ちゃん、けっこう強引かもしれない」
「……太一先輩、色っぽいなあ……」
 大輔がほうっとため息をついた。
「あんな顔するんだ」
「顔、見えないよ」
「今、見えなかったか?」
 光子郎とタケルがぐっと顔を寄せる。
「押すなって……!」
「――あっ!」
 誰が出した声だったのか。焦る間もなく、三人は折り重なって、取り込み中のヤマトと太一がいる部屋に雪崩のようにして入ることになった。
 太一を抱きしめて、反応や肌の感触を楽しんでいる真っ最中だったヤマトは突然の観客の乱入に、目を丸くした。
「おまえら――」
 それきり言葉を失って、ヤマトは固まっている三人を見下ろす。
「……ヤマト?」
 太一がそこでようやく顔を上げる。ヤマトに翻弄されていたので、太一の耳に三人が転がり込んでくる音は耳に入らなかった。
 今もヤマトの手が動かなくなったので、不思議に思って顔を上げ、ヤマトの視線に気づき、後ろを振り返る。
「……!」
 太一の顔が真っ赤になり、それから青くなった。
「な、なんで……」
 太一はあわててヤマトから離れようとして、腰に力が入らずその場にしゃがみ込んだ。
「太一」
 ヤマトが手伝おうと手を差し出したが、太一は首を振って、大輔たち三人をじっと見つめた。
「すみません」
「ごめんなさい」
「申し訳ありません」
 太一の視線に動くこともできず、大輔、タケル、光子郎は謝った。
「……おまえら、見てたんだな?」
 太一が静かに言った。
 沈黙が答えだった。
 太一は顔を伏せた。一瞬、泣き出したのかと全員は思ったが違った。顔を上げた太一の顔は穏やかなものだっただからだ。
 太一は乱れた服も直さず、立ち上がり、三人に近づいた。
「見てたなら仕方ねえな」
「え?」
 きょとんとした三人に太一はほほえんだが、今度のは笑みはちょっと違う。
 目が怖い。迫力が違う。姿が色っぽいだけに、いっそう怖さがあった。
「――いいか、子供はもう寝ろ」
 太一はぽんぽんと順番に大輔たちの頭を撫でるように叩いた。
「もう覗くんじゃないぞ? いい子だからおとなしく寝るんだぞ?」
 三人はうなずいた。うなずかされたと言ってもいい。背中しか見えないヤマトがたじろぐほど太一はすさまじい迫力があった。
「おやすみ」
 子供を寝かしつける母親のように太一は言うと、ドアを閉めた。
「――ヤマト」
 太一がドアノブを握ったまま、ヤマトを呼んだ。
 うつむいたままヤマトに近づいてくる。
 俺も怒られるのかなとヤマトは思ったが、ちょっと違った。
 太一はヤマトに抱きついてきたのだった。
「太一」
「ごめん、俺のせいだ」
「へ?」
 そろそろと太一を抱き返していたヤマトはまばたきした。
「俺の声で、あいつら起きたんだと思う」
「いや……」
 それを言うと責任の半分以上はヤマトにくるはずだが、太一はそうは思ってないらしい。
「もうばれちゃったしな」
 太一は顔を赤くして、ヤマトに言った。
「……もう一回最初から……やろっか」
「――!」
「イヤだったら、もういいけど」
 太一が体を離しかけるのをあわてて止めて、ヤマトは太一の顔をのぞいた。
「いいのか?」
「なんで同じこと言わせたがるんだよ」
「……もう手加減できないと思うぞ。さっきは邪魔が入ったし、それに――」
 ヤマトはごにょごにょとごまかした。太一の言葉とその表情で体に火がついたとはさすがに言いにくい。
「わかってる」
 太一はうなずいた。
「だって、俺も同じだしな」
「え?」
 ヤマトが聞き返そうとしたが、太一が目を閉じて顔を傾けたので、黙って唇を重ねた。
「目の毒に耳の毒ってことか」
 唇を離して、ヤマトはふとつぶやいた。
「何が?」
「いや、かわいそうな狼がちょっとな」
「?」
 太一の不審そうな表情も、ヤマトが体を探ってくるとすぐに消えた。
 さすがにヤマトもちらりと壁向こうの三人のことを思い出したが、それも太一の声を耳にするといつの間にか忘れてしまった。
 あとはいつもの二人だけの甘い時間であった。

「太一」
「うん……?」
 寝起きらしい声で太一は返事して、目を開けた。
「朝飯、できたぞ」
「ああ……」
 太一は身を起こして、大きく伸びをする。腰に痛みは走るが、これはしょうがない。
 太一は昨日脱ぎっぱなしになっていたままの衣服を手に取った。
「なあ」
 ヤマトはぎくりと――服を着ようとする太一を見つめていたので、あわてて目をそらした。
「あいつら、どうしてる?」
「飯食ったら、帰った」
「マジで?」
 太一はびっくりして、あわてて服を着てしまうとドアを開けてみた。
「――本当だ」             
 居間には誰もいない。家の中にもヤマトや太一以外の人の気配は全くなかった。
「と、いうわけで今日一日、二人きりってことか」
 ヤマトは嬉しそうに笑って、後ろから太一を抱いた。
「明日から、俺、どんな顔して大輔たちに会えばいいんだよ」
「普通にしてるのが一番いいだろ」
「そうかな……」
「あいつらもそんなに気にしてなかったしな」
「本当かよ」                               
 太一は疑わしげな口調だったが、黙ってヤマトにもたれかかった。
「眠い……」
「食べたらまた寝ろよ」
「そうだな」
 太一は微笑して、ヤマトを見上げた。
「一眠りしたら、どっか行くか?」
「俺は家で太一といる方がいい」
 太一の髪に口づけて、ヤマトはささやいた。
「なんだよ、爺くさい……」
 まんざらでもなく太一は返事して、近づいてきたヤマトの顔に目を閉じた。
 ようやく過ごせる二人だけの時間の最初のキスを終えて、太一とヤマトは微笑みあった。
「悪いことしたかな……」
 深い満足感と、これからの時間を太一と過ごせる喜びにだいぶ心が和らいだヤマトはぽそりとつぶやいた。
 目を真っ赤に腫らして朝食を摂る、大輔、光子郎、タケルの姿はまだ記憶に新しい。
「――眠れねえよなあ」
 フライパンに卵を落としながら、ヤマトはまたつぶやいた。
 ほぼ一晩中、太一の艶めいた声はいつもより控えめとはいえ、ヤマトの部屋に満ちていたのだから、三人の夢はさぞ苦いものだったにちがいない。
「なにが?」
 のほほんとトーストを囓る太一にヤマトは首を振った。
 なんだかんだ言って、太一が最強なのだなとしみじみ実感してヤマトはその頬のパンのかけらを手で取った。今度は太一も文句を言わない。
 ――幸せな一日が始まろうとしている。


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