(やれやれ。まさか、仕上げで待たされる事になるとはな……)

 予定よりも遅くなった帰還に、イグニスは手にした包みを見下ろす。
 若い娘が好みそうな可愛らしい包みの中身は、出来上がったばかりの耳飾りだった。クレアの誕生日にと用意したものだが、この分では今日のうちに彼女の手へと渡りそうだ。帰りが遅い、と拗ねる姫君を宥めるために。
 本来ならば、正午には出来上がっているはずだったのだが。
 イグニスが耳飾りを注文した細工師は評判が良く、先日カルバンが離宮へと呼んだ中にも含まれていた。そこで将来的に耳飾りの持ち主となる姫君の美貌を目の当たりにし、職人魂に火をつけられた結果として、仕上げに凝り、納品が遅れた。
 理由が理由なだけに怒ることも出来ず、イグニスが待たされることとなったのだ。
 クレアのためにより良い物が出来上がるのなら、イグニスとしても悪い気はしない。
 ただ一つ気がかりがあるとすれば、予定の一時間を大きく過ぎ、六時間も放置された姫君の我侭が噴火していないか、それだけだ。
 夕闇に沈みつつある城門を通り抜け、イグニスは早足に離宮へと続く小道を進む。いっそ森と呼んでも間違いではない林を抜け、夜に備えて明かりの灯されはじめた離宮の窓を見上げ、気がついた。
 誰かが離宮から出てくる。
 こんな時間に訪問客など珍しい。
 否、城主の偏愛のせいで、離宮には来客があること自体が稀だ。
 いったい誰が――? と目を凝らすと、離宮から供も連れずに出てきた人影は、城主その人だった。

「お館様!?」

 この数日間警戒し、見張り続けた人物との予期せぬ遭遇に、イグニスは目を見開く。
 背筋を嫌な予感が這い上がった。
 正面から来るカルバンとイグニスの目が合う。イグニスと目の合ったカルバンはにやりと相好を崩すと、何事もなかったかのように城へと続く小道を進んだ。
 にやにやと笑いながらすれ違ったカルバンを見送り、その背中が林の奥に消えるまでイグニスは見守る。
 そして、ここしばらくの懸念事項を思いだした。

「姫様!」

 予定より良い物が手に入ったと浮かれてしまい、失念していた。
 仕上がりが遅れるのなら、後日改めて受け取りにいけばよかったのだ。
 他の何を捨ててでも、自分はクレアの側を離れるべきではなかった。
 カルバンの笑みと、予定よりも五時間も帰りが遅れた自分。
 己の失態を悟り、イグニスは離宮の中へと駆け込んだ。

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