1メートル程の段差に森が切断され、の背後には森、前方にはぽっかりと広場が広がっている。
 否、森を抜けたと考えた方が良さそうだ。
 片や森を背景に立ち、もう一方は広原を背後に、盗賊と兵士が向かい合って陣を構えていた。

 そう、『陣』を。

 が想像した通り、街道まで聞こえてきた剣戟は、盗賊と軍隊とのものだった。
 はそっと木の幹に身を寄せ、盗賊対軍隊の戦いを覗き見る。

 戦況はやはり軍隊に分があるようだった。

 盗賊の数もそれなりに多いが、やはり軍隊には適わない。ぐるりと周囲を取り囲まれ逃げ場のない状況に追い詰められていた。遠めにも見てわかる。傷つき倒れている者、騎士に捕縛されている者、地に伏して動かない者……すでに勝敗は明らかだ。
 戦場の真ん中に赤いバンダナを巻いた金色の髪を見つけ、は視線を戦場から少し後方にある陣へと移動させた。
 白を基調とした鎧をまとう騎士達に囲まれ、指揮官らしき男が中央に見える。
 金色の髪に白銀の鎧と鷲を象った肩当て、豪奢なマントをまとったにとって『見覚えのある』男が。

「あれは……女盗賊ヒルダだな」

 ようやくに追いついたヒックスが、と同じように木の幹に身を隠しながら戦場を見渡す。
 さすがは元閃光騎士団。何度かヒルダ討伐に赴いた事があるのだろう。ヒルダを捕まえられこそしなかったが、顔ぐらいは見知っていたらしい。

「兵士の方は……トランバンの兵士じゃないな」

 ヒルダの姿を確認した後、ヒックスは戦場を見渡して騎士達を観察する。

「あっちの指揮官は……」

「ウェイン……ハイランドの王様です」

 木の幹に身を隠し、じっと騎士達の陣営を見つめるに、ヒックスは眉をひそめる。
 の口から出てきた人物の名前もおかしかったが、仮にそれが真実だとしてもが他国の王族を『見知って』いる事の方が不自然だった。

 不審気に自分を見つめるヒックスには気づかず、は『ウェイン』から視線を逸らさずに新たに飛び込んできた情報を整理する。
 ウェインが兵を引き連れ、ハイランド領のはずれにいる。ということは、すでにハイランド王は崩御し、彼が王位を継いだのだろう。そして今、目の前で彼はヒルダと対峙しており、その勝敗は最後まで見なくとも判る。
 ヒルダを取り囲んでいる兵士の数も、ウェインの後ろに控える兵士の数も10や20ではない。
 そして、ヒルダの仲間は今や立っている者の方が少なかった。
 こうなってしまえば、ヒルダの劣勢は覆らない。

「ありゃー。こりゃ、一方的だな。
 あのヒルダも、これで一巻の終わりか」

 どこか複雑そうな響きをもったヒックスの声音に、は眉をひそめる。
 すでに敗北を覆せない以上、ヒルダの取る道は一つしかない。
 まだ息のある仲間を生かすため、ハイランドに降伏をするべきだ。

「あ、おい! お嬢ちゃん、どうするつもりだっ!?」

 降伏する様子の見えないヒルダに、は森の切れ目である段差を駆け下りる。
 の行動に気がついたヒックスの声が頭上から聞こえてきたが、綺麗にそれを無視した。
 兵士と盗賊が混ざり合う戦場を遠巻きに、はハイランド陣営へと走り出す。

「……とんだじゃじゃ馬だぜ……」

 『孤児院を出る』という行動に出る前の煮え切らない態度―――今思えば、しおらしいとすら感じる―――が懐かしい。一度こうと物事を決めて動き出したは、弾丸のごとく行動を開始した。『ハイランドへ行く』と孤児院を出たかと思えば観光らしい観光もせず、まっすぐハイランドまでの強行軍。目当ての『ハイランド王を見つけた』となると、今度は戦場のすぐ隣を走り抜けて接近を図る。その旺盛すぎる行動力には、正直舌を巻かずにはいられない。

 街道で荷物をヒックスに押し付けたため、一人身軽なはヒックスが止めるのも聞かずに『ハイランド陣営』へとひた走る。その背中を見送る形になったヒックスは、逡巡したのち二人分の荷物を抱えて段差を駆け下りた。






「もう止めてください!」

 陣の中央に立ち、は年老いた神官と数人の護衛騎士に守られた『ウェイン』へと駆け寄る。
 白を基調とした天幕と軍旗の合間を縫うように走りながら、は走る速度を落とす。の姿に気がついた護衛騎士が剣の柄に手をかけたが、速度を落としながら緩やかに近づき来る娘が丸腰であることを認めると、剣を抜くことはなかった。――――――ただし、柄から手を離しもしなかったが。

「もう勝敗は着いているはずです。これ以上は……」

 護衛騎士の牽制を受け、はウェインまで残り5メートルといった距離で足を止める。会話をするには問題のない距離ではあったが、もう少し近づきたい気もした。
 走ってきたために乱れた呼吸を整えながら、はウェインを見上げる。
 先ほどよりも近くから見るウェインは、やはり『ウェイン』だ。
 金色の髪に緋色の瞳。白銀の鎧と鷲を象った肩当てに豪奢なマントをまとい、頬に赤い印―――なにか所以があるのだろうか?―――がある、意外にも精悍な顔立ちをしていた。のんびりとした『お坊ちゃま』な印象があったのだが、間近く見るウェインは『いかにも主人公』といったところか。それも『一昔前の』。

 が呼吸を整えている間、ウェインは一言も声を洩らさなかった。
 ただ突然の珍入者を見つめ、遅れて追いついてきた鎧姿の男に目を細める。が近づいた時は剣を抜かなかった護衛騎士も、鎧姿の男には剣を抜く。

「お嬢ちゃん、余計なことに首を突っ込むなよ。
 ハイランドの騎士様が盗賊退治をしているだけだ」

 剣を抜き警戒し始めた護衛騎士に気がつき、ヒックスは呼吸を整えているの肩に手を置く。そのままぐいっとを引き寄せ、まずは戦場から離れ、改めて―――それこそ、ハイランド軍が戦闘を行っていない時に―――陣を訪ねようと提案したいのだが、素直にヒックスの提案を汲むではなかった。
 はわずかに眉を寄せ、肩越しにヒックスを振り返る。

「でも、もう明らかに勝負は着いてるじゃないですか。
 これ以上の戦闘行為は、お互いに犠牲が増えるだけです」

「うん、そうだね」

 僕もそう思うよ。
 そう続いた涼やかな声に、とヒックスは瞬く。それから改めて声の主を振り返り――――――苦笑を浮かべている『ハイランド王』を見つけた。

「僕も、先ほどから降伏は勧めていたんだけどね」

 とヒックスを視界に収め、ウェインは視線を戦場へと戻す。
 一人、また一人と倒れていく盗賊に、微かに眉をひそめた。

「ノルン!」

「女盗賊を生け捕りにせよ!」

 王に名を呼ばれ、大きな丸い帽子をかぶった老神官が騎士に命じる。
 その命を受けた騎士は姿勢を正して答えると、戦場へと指示を出すために走り去った。