夜半の大雨に、の意識は眠りの底へは落ちず、浅い眠りを繰り返していた。
浮かんでは沈む意識と浅い夢の狭間に揺れ、がころりと寝返りをうつと、きしりと音を立ててベッドが軋む。
初めて目が覚めた朝は知らない香りのしたベッドであったが、すでに5ヶ月以上その上に身を横たえている。知らないはずの部屋もベッドもすっかり自分の匂いが移り、今では自然に『自分の部屋』『自分のベッド』と思うようになっていた。
(……エンドリューさんに屋根直してもらっておいて、良かった……)
止まない雨音に、はぼんやりと考える。
あの時エンドリューに雨漏りを直して貰わなければ、今頃少年達は部屋から飛び出して大騒ぎをしていたはずだ。まずは雨を受け止めるための桶を用意して、濡れた場所をキレイに拭く。改めて今夜の寝る場所を確保して――――――
(たまには礼拝堂で、みんなでお泊りってのも、いいかも)
ネノフが子ども達に男女の違いを教えている気配はまだないが、基本的に男女別々の部屋に割り振られている。ズィータや双子と請われて時々一緒に寝るのを、イオタがおもしろく思っていないのは知っていた。となれば、一度みんなで同じ部屋に寝るのも、良いガス抜きになるかもしれない――――――そんな事を考えながら、は寝返りを打つ。
なかなか寝付けない。
雨音のせいで寝付けないのだ。
そう思う。
思うのだが――――――それだけでないことは、解っていた。
(……トランバンを開放するのは、ハイランド……)
先日の集会を思い出し、気分が沈む。
もう一度眠りにつこうと目を閉じてはいるのだが、一向に睡魔はやってこなかった。
温かい褥で何度も寝返りを打ちながら、は古い記憶を探る。
が知る『ドラゴンフォース』というゲームで、『イグラシオ』という騎士が守る『自治領トランバン』を『領主ボルガノ』から開放したのは、『ハイランド王国』の若き王『ウェイン』だった。
つまり、『時』さえ来ればトランバンは達が何もしなくとも開放される。
イパの妻や村人達が犠牲にならなくても済むのだ。
その時さえくれば。
(待っていればいい。待っていれば……)
待っていればトランバンは開放される。村人の誰も犠牲にならずにすむ。
まさか、そう吹聴して村を回るわけにも行かず、は言葉を飲み込み口を閉ざす。にできることは、待つことだけだ。
ベッドの中で背筋を丸め、は自分にそう言い聞かせた。
今は我慢。今は待つ時――――――と自分に何度も言い聞かせるが、寝付けない。
待てばいいのは解っている。
が、待っている間は決してイグラシオの苦悩が晴れることはないと、は知っていた。
「……」
しばらくベッドの中で丸くなってはいたが、なかなか寝付けない。
は諦めて体を起すと、ベッドの横に置かれたミューの揺りかごを覗き込んだ。
眠っていたために闇に慣れている目が、濃紺に支配された世界でミューの白い肌を見つける。夜目とは不思議な物で、普段であれば顔の造作などわからない程の暗闇の中にあるはずなのに、すやすやと安らかに眠るミューの表情がはっきりと見えた。
大人であるですらも寝付けない雨音だというのに、ミューはぐっすりと眠っている。
それが少しだけ羨ましく――――――愛おしかった。
は眠るミューの髪をそっと撫で、微笑む。
不思議な気分だった。
自分が産んだ子どもではないのに、これほどまでに愛おしいと感じるとは思わなかった。始めは抱くことさえ戸惑ったというのに。今ではおしめを代える事も手馴れたし、背負ったままどんな仕事でもこなせる。
(……?)
不意に、雨音に混ざって別の音が聞こえた気がして、は首を傾げる。
耳を澄ますと雨粒が地面に落ち、地面に溢れた雨水とぶつかり合って弾ける水音、窓を叩く雨粒の音に混ざって、微かに規則的な音が聞こえた。
「……こんな時間に、お客様?」
トントンと扉を叩く音に気が付き、は瞬く。
雨音に掻き消されていて聞き取り難いが、微かに扉を叩く音が聞こえていた。
は扉を叩く音を不審に思いながらも、ベッドから足を下ろす。
盗賊か? とも思うが、盗賊であれば扉は叩かない。
ではミューが孤児院に来た夜のように、また捨て子か? だとしたら早く迎え入れてやらねばならない。
にとって、今一番『起こってほしくないこと』は盗賊の襲撃でも、新しい子どもが来ることでもない。
先日の『集会』に絡んだ内容で、何らかの動きがあることだけだった。
はそっとベッドを抜け出してショールを肩にかける。
眠るミューの額に一度唇を落としてから、は部屋を出た。
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