ぱたぱたと足音を立てて礼拝堂を出るの後姿を見送ってから、ヒックスは瞬く。
 少し、ぼんやりとしていた。

「……選ぶのは自分、か」

 が自分の悩みを知っているはずはないのだが、本質を貫いた言葉が耳に痛い。
 の言った言葉に、間違いはない。
 たとえどんなに悩もうと、選ぶのは自分だ。
 後悔しても、選択の自由があっただけましで、幸せなことである、と。

 再び女神像を見上げ、ヒックスは考える。

 傲慢な主人に仕え、弱き市民を踏みつけにする騎士の道か。
 心のままに弱き市民を守るため、剣を振るう人の道か。

 団長であるイグラシオは前者を選んだ。
 本来ならば、自分もその道を選ぶべきだ。

 選ぶべきだが――――――選べずにいる。トランバンから遠く離れた村の礼拝堂で、情けなくも未だに悩んでいた。

「……確かに、ここは考え事をするには最適な場所だな」

 年季のはいった神像は厳かで優しい微笑みを浮かべている。街特有の喧騒もなく、静か―――赤ん坊の泣き声も聞こえることは聞こえるが―――だ。
 イグラシオがわざわざここを選んで考え事をするのも、頷ける。
 ここには騎士が守るべき『弱き市民』の最たる者―――例えば、孤児、老女、若い娘―――も居る。彼女たちの存在を間近く感じることで、秤にかけているのだろう。騎士道と人道を。
 そして、今は騎士道を選んでいる。
 イグラシオの育ての親にあたるネノフが居る限り、孤児やが領主に歯向かうことはないと確信して。
 騎士道と人道を秤にかけることはあっても、板ばさみになることはないと。

「もしも、あのお嬢ちゃんが……」

 柳眉をよせながら懸命に言葉をつむいでいたの表情を思いだし、ヒックスは眉をひそめる。
 気が付いてはいけないことに気が付いてしまった。

 ネノフではだめだが、ならば――――――


 不穏な方向へとそれ始めた思考を遮るように、の出て行った裏口方向から新たな足音が聞こえた。決して軽くはない足音に、が戻ってきた訳ではないと知る。子ども達でもない。となれば、取り次ぐと言ったの言葉通りに、年老いた修道女が礼拝堂に来たのだろう。
 外側から開かれるドアに、ヒックスは『選択』した。