空が白々と明るみ始めた大平原に立ち、マグナは周囲を見渡す。
ルヴァイドに聞いた場所では何人もの人間が争った後があったが、平原にある異変はそれだけだ。今マグナが立っている場所にも、森からここまで歩いて来た獣道にも、何者かが争ったような形跡はなかった。――――――ということは、の身に何か異変があったわけではない。
少なくとも、野党や山賊に連れ攫われたわけではないだろう。
念のため、とハサハにの匂いを辿らせてみたが、森の中にはいなかった。
の匂いは真直ぐに大平原へ出て、そのまま消えているらしい。
少なくとも、ハサハはそう言った。
おかしな匂いがして、の匂いが追えない、と。
意味がわからず、詳しく説明を求めるマグナに、ハサハは困ったように言葉を探しながら答えた。おかしな匂いがするというのは正確な表現ではなく、逆に匂いがまったくしないのだ、と。
匂いが無いから、後を追い掛けることができない、とも。
ハサハの伝えたいことは理解できたが、マグナは首を傾げる。
まったく匂いがしないというのは、おかしな話しだ。
少なくとも、黒の旅団の野営地には何人もの怪我人が運び込まれてる。その血臭すら漂っていないとは、どういう事だろうか。
おかしな事だらけで首を傾げるしかないマグナの頭上に、白い雷光が降り注ぐのと、ハサハが背後を振り返るのは同時だった。
「……やっと捕まえた」
赤い目をした猫ほどのサイズしかない悪魔を捕まえ、マグナは一人ごちる。
召喚術発動の気配にいち早くハサハが気付き、それでも数発の雷撃を受けた後、マグナはこの悪魔を捕まえることに成功した。
「おまえだよな、の『呪い』の正体は」
猫の仔を持つように襟首を捕まえられ、ぷらりぷらりと揺すられるままにしている悪魔にマグナは目を細める。
おそらくは、これが赤い髪の悪魔がかけた呪いの正体。
突如上空から襲い掛かる雷撃で、に触れる男を追い払って来た者。プチデビルやイビルルの名で知られる、霊界サプレスでも下位に位置する悪魔。
あの赤い悪魔は自分がの護衛獣になることを拒んだが、素直に契約を破棄したに『呪い』と称して自分が使役する悪魔の一人を護衛として授けていたのだ。召喚主がではなく生粋の悪魔であるため、この小さな悪魔は特に制限もなく魔力による雷を連発することができた。
この悪魔が付いている間は、は多少の危険からは守られる。そうマグナは高を括っていたのだが――――――
「なんでおまえがここに居るんだ?
にくっついてなくていいのか?」
ゆらゆらと揺られたまま一向に口を開く様子のないプチデビルに、マグナは珍しくも焦れる。
なんとなく、がいないにも関わらず、悪魔が自分の頭上に雷を降らせて来た理由もわかった。
「おまえ、もしかしなくてもを見失ったな?」
確信をもって紡がれた言葉に、マグナに掴まったままの悪魔は小さく震えた。
召喚獣にとって、召喚主の命令は絶対である。
あの赤い髪の悪魔がの護衛を命じたのなら、護衛対象を見失い、こんな場所で一人彷徨っているのは明らかな命令違反だ。早急にを探し出して護衛を再開するか、召喚主の元へと戻り、次の指示を仰ぐしかない。
そして、彼の召喚主は霊界サプレスでも屈指の実力者だ。
彼の命令を守れず、護衛対象を見失ったなどと報告すれば、その制裁は想像するのも恐ろしい。
たまたま見つけただけの、本来と共にいるべきマグナに八つ当たりの一つもしたくなるだろう。
「で、おまえもがどこにいるか知らないんだな?」
体を揺らす手を止め、悪魔の赤い目を覗き込んでは見るが、反応はない。
護衛対象であるの行方は気になるが、人間であるマグナと手を組む気はない。
そうと判る悪魔の態度に、マグナは深くため息をはいた。
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(2011.08.03)
(2011.08.10UP)