繁華街から少し外れた場所にマグナはゼラムでの拠点―――と呼ぶのは正しくはない。妹を探して滞在するのなら『拠点』であっただろうが、現在は妹を探すどころか『腐っている』だけであった―――としての宿を取った。
 繁華街から離れている分だけ安く、そして少々古い。
 繁華街の中心であれば互いに客を取り合い新しくて綺麗な宿もあっただろうが、治安という一点のみに絞ってマグナは古くて少々汚れた宿を選んだ。
 自分一人であればさらに安くて汚く治安の悪い場所でも良かったのだが、今はとハサハという少女二人を連れている。となれば天井の染みをかぞえて眠る事になろうが、治安は良い方がいいに決まっていた。
 それに古い家も嫌いではない。1階は食堂を兼ねた酒場があり、2階と3階が宿の部屋となっている。マグナ達が泊まっている3階は窓からの眺めも良かったし、ちょっと階段を降りればすぐに食堂があるので食事に困ることもなく便利だった。

 古いスプリングの軋むソファーに寝転びながら、マグナは天井の染みを眺める。

 染みの数をかぞえることは諦めた。自分で選んだ宿ではあったが、大小様々とはいえ染みの数が多すぎる。それでも初日は数えてみたが、数えているうちにどこまで数えたかを忘れてしまった。現在は染みの数をかぞえるよりも点と点を結んで何か似た形を想像することにはまっている。
 今も、天井に広がる染みという名の星空に、ひとつの星座を見つけた。

(……双子座発見)

 天井で寄り添う染みで出来た双子に、マグナはそっとため息を漏らす。
 見聞の旅に出たという自分の双子の妹は、今頃どこで何をしているのか、と。
 聞けば、旅に出たのはほんの数日前だと言う。
 ということは、道を間違えてレルム村に行かなければストレートに再会できていたのかもしれない。
 レルムの村でなくとも、ファナンで補給がてら数日観光さえしなければ。
 あと一日、デグレアを旅立つのが早ければ。

 もう少し真面目に召喚術を習っていれば――――――






 天井を見上げたまま時折ため息を漏らすマグナに、向かいのソファーに座る護衛獣少女の二人は顔を見合わせた。それから意を決したように年長の少女が口を開く。

「……あの、ご主人様?」

 考えごとをしているのなら、それを遮るのは良くない。
 それは解っているが、すでに3日はこの状態が続いている。
 妹を追いかけて北に向かうにせよ、南に向かうにせよ、そう何日も王都に滞在するのはよろしくない。こちらが1ケ所に留まっている間にも、妹のトリスはどんどん先へと進んでいるのだ。

「どこか、体の調子が悪いんですか?」

 いつも元気の塊のようなマグナが、天井を眺めてため息ばかり吐いているとは。

「お医者さんに診てもらいますか?」

 意を決して話しかけてはみたが、マグナからの返事はない。
 困ったが眉を寄せて隣のハサハへと視線を向けると、ハサハも不安気に眉をひそめていた。

「……わたし、宿の御主人に――――――」

 医者の居場所を聞き、呼んでくる。
 そう提案しようとしたのだが、深いため息が部屋中に響いた後、マグナが重い口を開いた。

「……

「あ、はい!」

 ようやくの反応を見せたマグナに、とハサハは喜色を浮かべる。
 マグナの口からもれる言葉を一言も聞き漏らすまいと姿勢を正す少女二人に、マグナはソファーに寝転がったまま僅かに腰を浮かべてポケットを漁った。

「はい、財布」

「え?」

 ぽんっと投げ渡された財布を両手で器用に受け止め、は首を傾げる。
 掌にのった財布とマグナの顔を見比べるに、いち早くマグナの意図を悟ったハサハは両手で自分の口を塞いだ。
 隣の少女の仕種に気を引かれたがハサハの方へと視線を向けると、再びソファーへと腰を降ろしたマグナが口を開く。

「いつでも出立できるように、携帯食料と消毒液……
 あとガーゼの追加を買って来てくれるかな?」

 つまり、思考の邪魔をするのなら部屋から出て行け、と。

「……はい」

 やんわりとだが自分を遠ざけるマグナの言葉に、はしゅんっと肩を落とす。
 元気のないマグナが気になって声をかけたのだが、逆効果だったらしい。
 主人の不興を買ってしまうなど、大失敗だ。

 マグナから預かった財布を自分のポケットにいれ、はハサハへと視線を向ける。一人で初めての街を歩くのは心細い。せめて一緒にと誘おうと思ったのだが、唇を真一文字に結んだハサハの姿にそれを諦める。
 物音を立てて思考の邪魔をしないから、自分だけは追い出さないでくれ。
 そう体で表現するハサハには、がどんなに懇願し誘った所で無駄だろう。

 息さえ潜めるハサハに、は諦めて一人腰をあげた。





 

(2009.12.17)
(2010.02.01UP)