煌びやかなシャンデリアで飾られた大ホール。
立食形式ということで、片手にグラスを持った人々が様々な食材を口に運びながら談笑している。
「まぁろ、ドリンク貰ってきたよ。飲むでしょう?」
引き摺る程に長いドレスを着た辰巳が、鮮やかなピンクのグラスを差し出した。
「うむ、ありがとうなのら」
壁の花になり周囲を傍観していたまろが、引き攣り笑いをしながらそれを受け取る。
そして独特の甘さを持つドリンクを一口だけ飲むと、小さく溜息を付いた。


***


剣術武道会3日目。午前の部を見終えて帰宅すると、何故か辰巳がフリルたっぷりのドレスを着ていた。
しかも見れば架愁や羅庵、桂嗣までが女装をしている。
架愁は時々、女装姿で栗杷と姉妹ごっこをしているので、其処までの衝撃はないが。
さすがに成人男性3人が揃って、しかもごく当然のように女装をしていたなら、幼いまろとしてはショックを隠し切れる筈はなく。
「……さ、三人とも。何か辛いことでもあったか……?」
思わずそう尋ねてしまった。

しかし残念なことに、今現在のまろは濃い蒼のプリーツスカートを履いている。しかも膝上。
ラメ入りのロングブーツは、勿論女の子用だ。シャツも襟にタップリとしたフリルが付き、裾の方には赤い花の刺繍。
悲しいかな。未だ幼さを残し捲くっているまろは、何処からどう見ても可愛い女の子にしか過ぎなかった。
と、言うのも。
実は剣術武道会3日目の夜には、交換舞踏会が開かれるのだ。しかも武道会出場者は強制参加で他は自由参加。
内容は単純で、男なら女装を、女なら男装をして舞踏会に出席しダンスを披露するというものだ。
相模の長たるもの、遊ぶときには激しく遊べ……ということらしいが。
強制参加を決められている羅庵が、1人では絶対に嫌だと駄々を捏ね……現在に至る。


***


「ど〜した、まろ様。浮かない顔して、楽しくないのか?」
ドリンクを持ってきてくれた辰巳は、早々に際どいスリットの入ったチャイナ服姿の桂嗣の元に戻ってゆき。
やはり壁に寄りかかり動こうともしないまろに、振袖姿の羅庵が声を掛けた。薄化粧を施された顔で、艶やかに微笑む。
「いや、そこそこ楽しんでおるぞ」
虚ろな返答をして、まろはジッと羅庵の格好を見つめた。
桃色の地に桜の花弁の刺繍。ソノ中をパールピンクで描かれた蝶が舞う、という、若い女性に似合いそうな着物。
この姿を見てもう2時間は過ぎただろうか。あまり違和感を感じなくなった己の感覚に、少々身震いする。
だがホール全体を見ていたわけだから、羅庵如きに驚かなくなったのも仕方がないと、自分に言い聞かせた。

「人生観変わりそうか?」
身震いの意味が判ったらしい羅庵が、喉の奥で笑った。虚ろな表情のまろは、視線の先をホール中央にと向ける。
テーブルを退かされ空いたスペースで、数人のペアがスローペースな音楽に合わせて踊っているのだ。
脛毛が剃られていることが唯一の救いの、ミニスカートを履いた筋肉流流男と、タキシードを着た女性とのペアばかり。
女性の中ではうっとりするほどにタキシードを着こなしている人も居るが、踊る相手がこれでは夢を見る暇もない。
「……まろ、頭が固いと罵られても良いのら」
どの位かそれを見ていたまろが、悲しげに呟いた。つまりは人生観は変えられなかったらしい。
「そりゃ残念」
隣でまろ同様に壁に寄りかかり、ホール中央を見ていた羅庵が声を挙げて笑う。
まろより2歳上の栗杷や、1歳下の辰巳などは全く気にする様子もなく楽しんでいるのだが。

「踊らないの?」
自分とは異なり柔軟に状況を受け入れた従姉弟を見ていると、その中で談笑していた鴛がこちら側にやって来た。
染みが付くと二度と着れなくなりそうな真白なパンツスーツは、長身の鴛に良く似合っている。
「食後直ぐに運動するのは、体に良くないのらよ」
そんな言葉に気を悪くした様子もない鴛が、ニッコリと微笑み右手を差し出した。暇そうなまろを、誘いにきてくれたらしい。
少しだけ考える素振りを見せたまろは、結局空のグラスを羅庵に渡し、差し出された手に己の手を重ねた。
ゆったりとした足取りで中央までエスコートされ、互いに向き合って音楽に合わせて体を動かす。
流石はお坊ちゃまなだけあり、まろも基本だけは身に付けてあるのだが、何せ身長差が30cmもあるのでまともには踊れない。
しかも女役は初めて。まろはこの時間の全てを、鴛のリードに任せることにした。
ついでにすれ違う人々の、鍛えすぎた太腿や剃り忘れた脇毛は出来るだけ目に映さないようにもする。

「そういえば昨日、鴛ちゃんの道場に行って来たのらが……」
始めは無言のままで踊っていたのだが、あまりのスローペースさに軽い余裕を覚えたまろが口を開いた。
「地の力を持つ子は、大人に混じって稽古させた方が良いのではないか?」
ムードに酔い過ぎている周囲の方々の邪魔にならないよう、鴛だけに聞えるくらいの小さな声で話す。
「あら、困ったところを見られちゃったみたいね」
眉を寄せているまろに、鴛が片眉をひょいと挙げて、その後で小さく微笑んだ。
この様子からすると、子供達の関係に気がついていなかった、と言うことはないようだ。まぁ師範である以上、当たり前かもしれないが。
では何故に対処しない? とまろが疑問に思うより早く、鴛が判り安い答えをくれた。
「あの子自身が、他の子供達と一緒に稽古をしたいと言って来たから、変える気はないわ」
優しげな微笑。けどその奥にあるのは悲しみか、喜びか。

「羅庵も、あんな扱いを受けていたのらか?」
誇らしげにも、困っているようにも見える鴛の表情を見つめていたまろだが、ふと思い出したように羅庵の名前を出した。
昨日の時点で持っていた疑問だが、流石に羅庵自身に尋ねることが出来なかったのだ。
とはいっても、タイミングさえ合えば本人に聞くつもりだが。
「昔はもっと酷かったわよ」
少し間を置いた後で、鴛がそう言った。その声は低く、目線は遠くを見ている。
「特に羅庵は痣は目立つところにあるし……ね」
擦れたように呟き、表情を曇らせる。きっと遠すぎる昔を思い出しているのだろう。
「でもっ、鴛ちゃんは友達だったのらね」
悲しげな鴛に何かを言わなければならない気がして、どうにか口を開いた。
そんな慰めの言葉、いらないかもしれないけれど。
しかしまろの意図に気がついた鴛は、小さな声でありがとうと言い、軽く微笑んだ。

「えぇ。私にとって羅庵は、憧れの存在でもあったからね」
「ほぅ?」
「生まれながらに強力な力を持ち、逆境にも負けない謙虚で優しい子なんて、痣持ちといって嫌悪するには勿体無いでしょう?」

今の羅庵を考えると、あまりに似つかわしくない誉め言葉だが。
穏やかなその口調からすると、冗談で言っている訳でもなさそうだ。
何処かで聞いたことのある台詞だな……などと思いつつも、まろは取りあえず頷いておいた。




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