白で統一された部屋。
ベットの淵に腰を掛けていた巽は、窓からの気配に目線だけを移動させた。
「おや、気が付かれてしまいましたか」
などといいつつも全く気にした様子のない鬱灯が、窓枠を乗り越えて部屋にと入る。
とはいっても此処は白桜院の最上階。窓の外から入るには、少々不釣合いな場所だ。
「早かったな。相模から戻るには、あと1日ほど掛かるはずだが」
無礼過ぎる部下の登場を嗜めることさえせずに、巽が問うた。
「途中で振り切られましてね」
大きく肩を竦めて見せる。別に本気で落ち込んでいる訳でもないが。
「成る程な」
口元だけで、クスリと笑う。そしてまた視線を壁にと戻した。
「ところで……桂嗣は気が付いたのですか?」
開け放した窓の外を見つめながら、鬱灯が含みを込めた声をだした。
ナニに? 何て考えなくとも判る巽が、静かな声で答える。
「だからこそ、架秋の話を出したのだろうな」
「へぇ、そんな話をされたのですか」
まさか其処までとは。鬱灯が嬉しそうに驚きの表情を作った。
そう、此処は以前の架愁の部屋。
両親の手により殺された架秋の、身代りの部屋。
気が遠くなるほど昔に、出て行ってしまったのだけれども。
……いや、追い出したと言うべきか。
「それで桂嗣はなんと?」
その会話の様子を想像しているのか、鬱灯が軽く目を閉じた。
「架秋は架愁とは違うのだと」
音を乱すこともせずに答える巽。それとは逆に、鬱灯が声をあげて笑った。
壊れた玩具のような笑い声が、部屋に響く。
そしてどうにか笑いを止め、今度はうっとりとした表情で口を開いた。
「自分も身代りを求めているくせに?」
誰に問うでもない疑問。低音で囁かれたソレは、窓から吹く風に流される。
「そういえば、仕事に戻られたのでは?」
確か昨日この部屋を訪れた時には、巽は仕事に戻ると出て行った後であったはずだが。
望んでもいなかったが、やはり回答をくれなかった巽。
今度は答えられることを前提とした疑問を、鬱灯は投げつけた。
「昨日は仕事に戻ったさ。今日は仕事に行く前だ」
そう言われて気がつく。今の時刻が早朝であったことに。
「……年ですね」
まだ登り切ってはいない朝日の方を見つめ、鬱灯が小さく漏らす。
ただコレは己が呆けた、などという意味ではない。
早朝から、自室のある桜花寮ではなく白桜院で物思いに耽っていた巽に対しての言葉だ。
「長く生き過ぎているからな」
先程から続く部下の無礼すぎる発言と行為に、一切表情を曇らせる様子のない巽が小さく笑う。
そう、俺達は長く生き過ぎた。
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