「おい、おい、起きろ」
声が、聞こえる。
うっすらと目を開けると、男の顔が目の前にあった。
近い。
茶色い髪。
ばさばさと、固そうな髪が、の顔に触れそうな位置にある。
ぱちり、ぱちりとゆっくりと瞬きをして、それからは眠い目をこすった。
…眠い。
「いま、何時?」
「五時五十分だ」
「あぁ…」
そろそろ起床時間だ。
だから起こされたのだなと考えながらも、いつもよりも十分早い時間に
冬の布団の暖かさを楽しんでいると、目の前の男が
「しかしあんた動じないな」と言う。
その言葉にようやく、は男が政宗であることと
それから距離が近すぎることに気が付いて、「あら」と言葉を零した。
寝起きの頭には、どうでも良いことだったので。
頭の中で言い訳をしながら、政宗をどかそうと手を伸ばすその前に
いきなり政宗が遠のく。
政宗が自主的に離れたのかと思ったが、それにしては本人の表情が違う。
視線を上に上げると、そこには政宗の肩を掴んで、険しい顔をした幸村の姿があった。
「政宗殿。あまり破廉恥な真似はつつしんで下され」
口を尖らせた幸村に、政宗はおやおやぁと言う表情を浮かべた。
から頼まれての、先の行動だがこれはどうも、面白いことになっているような。
「お姉ちゃんおはよう」
「あぁ、。おはよう………」
その光景を朝から元気だと眺めていると、後ろからがべったりとくっついてくる。
………なんなの。
昨夜、幸村と話しているときに寝室で行われた会話など、知る由もないは
のこの行動の理由が分からない。
「ちゃん、そんな拗ねてても、ちゃんの行動の結果でしょ。あれは」
「猿飛の言う通りだな。自分の行動の結果ぐらい受け止めろ。
しかも政宗様まで使いやがって」
おまけに保護者組みに、は窘められてふくれているし。
………なんなの。
は思ったが、よくよく考えればどうでもいいことだ。
それよりも、さっさと行動しないと朝のテンポが崩れる。
はの手をそっと外して、立ち上がり、伸びをしてから三人の横をすり抜ける。
「じゃあ、朝ご飯作ってきます」
出る間際に、の頭をとりあえず撫でておくことも忘れずに。
は寝室の扉を開けて、二階の台所へと向かうのだった。
今日で、家に彼らを招き入れて、十三日。
明日で、十四日。
二週間。
…同じだけの日数だけ、化け物は現れていない。
「………長期戦、長期戦、ね」
焦りも、絶望も未だ武将達には顕在化していないが
それもいつまでのことか。
現れる兆候すら見せない化け物に、は車を家の駐車場に停めながら目を細める。
仕事を終えて帰るまでの夜道は、最近常にこういうことを考えている。
図書館に、行ってみるべきだろうか。
違ったアプローチの仕方を模索するべきなのかもしれない。
考えながら、玄関を開けて「ただいま」と誰にでもなく言うと
仕事から帰って来たという感じがする。
「お帰り、お姉ちゃん!」
二階に上がると、妹に出迎えられてはにっこりと彼女に笑いかける。
「ただいま………あれ、今日いる日だっけ?」
「ううん。今日は会社から電話かかってきて、シフトチェンジ。
パートの児島さんが、明後日子供のことで学校に呼び出されたから
出勤無理になった代わりの代わりで」
「あぁ、なるほどね」
頷きながら、ソファーに鞄を置いて台所に行ってエプロンを手に取った。
つけて紐を蝶々結びにしていると、が後ろにやってくる。
「ところでさぁ、今日ご飯何?」
「鶏のカレー風味。サラダ、味噌汁、ご飯、ポテトサラダ」
「…洋風!」
ぱっと、の顔が輝いて、はくすりと思わず笑ってしまったのを手で隠した。
子供じゃないんだから。
「最近洋風もちょくちょく入れてるでしょ」
「え、でもやっぱり和風のほうが多いじゃん。
……そのうちグラタン出る?」
「く…ふ、ふふふ…そうね…あ、明日作ってあげる…」
小さく聞かれて、耐え切れない声を漏らしながら、はに向かって頷いた。
そう、そうね。
洋風料理にもそろそろ慣れてきた頃だから、グラタンも作って差し上げましょうとも、えぇ。
「、皆呼んで来てくれる?」
「はーい。ごーはんだよー」
「………………呼んできてって、言ったのに…」
階段から身を乗り出して、階下へ叫ぶに手を抜くなと
言いたい気分では呟いた。
しかし、ガラガラと戸が開くのが続けて聞こえてくるのだから
あれはあれで効率的なのだろうか。
真似は、あまりしたくないが。
その間にも食事の配膳を行い、六人分の食事の用意を済ませたところで
エプロンを脱ぐ。
コップにお茶を注いでいたところで、まず幸村が現れ、続いて政宗。
小十郎がその後から続いて、最後に佐助が現れたところで、全員が食卓につく。
「じゃ、いただきます」
手を合わせて、ご飯を食べ始める。
と、政宗とが新聞を覗き込み、それからリモコンを操作した。
…食事時のテレビ権は、主にこの二人にある。
というか、流すテレビにこだわりがあるのは、この二人ぐらいだと言ったほうがいい。
たまに意見が分かれているようだが、そういうときには大体政宗の方が譲る。
……………良いお兄ちゃんと妹…。
仲の良い二人に、の実の姉でありながらそう思って、はつけられたテレビを見た。
今日は特に政宗もも熱烈に見たい番組はなかったらしく、
ぱっぱと数度チャンネルが替えられた後、ものまね歌番組にチャンネルが合わされる。
カレー風味に味付けした鶏を味わいながら見ていると、
何度か人が入れ替わったところで、ものまねしている人間の後ろから本物が登場した。
「あー時々本物出てくるんだ、こういうの」
「出てこない奴もありますけど、今日のは出てくる奴ですねー」
答えながらテレビ画面を見るが、顔もそっくり歌もそっくりというふれこみで
出ているものまねのほうは、並んでみると本物とちっとも似ていない。
この後この人、仕事来るのかしら…。
いらぬ世話の考えを抱いていると、幸村が不思議そうに顔を傾けて
テレビ画面を一生懸命に見だす。
その真剣さに、幸村のほうへ視線を向けると彼は、
「某…後から出てきたほうと、最初から出てきたほうの見分けがつかぬでござる」
「………なんだと!?」
幸村の発言に、食卓がざわつく。
は思わずテレビ画面に視線を戻した。
…似てない。どう考えても似てない…。
これの見分けが付かないってどういうことなの…。
は佐助を見た。
佐助はこっちを見るなというような顔をする。
そんなこと言ったって、幸村さんの保護者はあなたでしょう。
そんなこと言われても、旦那がこんななのは俺様のせいじゃないって。
アイコンタクトで会話をして、再度幸村に視線を戻すと
彼は犬っころのような顔をしてを見た。
…………。
「……あー……まぁ、似てるかもしれないですよね」
…その表情に心が折れたを、誰が責められよう。
誰も責められるわ!というのは言いっこなしで。
穏やかに微笑むに、幸村が顔を輝かせる。
そのほかが駄目だこいつら、という表情を浮かべていたのには、
は気が付かないふりをした。
―とぷり。
薄暗い、灰色のなかに、混沌色が一つ。
溶けて混ざって、そうして…。
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