夜。
がちゃんっと玄関で音がしたのに、は顔を上げた。
続いて、足音が聞こえる。
走っている風なのに、こののろさは。
は、寝室のカーテンを開けた。
薄暗い闇夜の中、走ってゆく女の後姿が一つ、暗闇に紛れて見える。
「………」
その先にある竹林に、赤い光を見つけて、は目を細める。
なんだ、あれは。
は額をかいて、それから姉を追いかけようと立ち上がり
「野暮は止めといてくれる?ちゃん」
いつの間にか背後に立っていた佐助が、そんなを押し止める。
「……野暮?」
「野暮でしょ。折角ギクシャクしてた二人が、元に戻ろうって
お話し合いしにいくところに踏み込むってのはさ」
「…あれ、幸村?」
赤い光を指して言うと、佐助は頷く。
ふぅんっとが声を漏らしたところで、また急に背後に人の気配がして
ずしっと頭の上が重くなった。
「…なるほどな。節介を焼く必要もなく自力解決か。
The hand doesn't hang(手のかからないことだ)」
「…………うん、分かった分かったから。腕を人の上に乗っけるな、政宗」
「お前の頭が丁度いい位置にあるんだ。諦めな、」
「好き勝手言ってくれる…!」
「仲がいいね、二人とも。そして右目の旦那は苦労してそう」
「……放っておけ」
「いやいや、他人事ながら同情するよ。
俺様のところが、手が空いてきた分よけいにね」
「…表に出るか、猿飛…」
「やだなー。喧嘩売ってるつもりはないって」
ほんと同情してるんだよ俺様と、続ける佐助の言葉に
政宗とは、顔を見合わせて素知らぬ顔をする。
…そんな、心労をかけるつもりじゃないんだって。
かけている自覚はあれど、つもりはない両者はごほんっと、同時に咳払いをして誤魔化しながら
すっかり見えなくなった姉と、それから消えた赤い光のほうへと視線を戻す。
鬱蒼とした竹林に遮られ、その姿は見えないが、
佐助の言葉どおりならば、今あそこで二人は話し合っているはずだ。
「えーところで政宗君。あすこでどのようなお話し合いがもたれているか、気になりませんか。
いや、話を誤魔化す意図でなく」
「…まぁ、そりゃあ気にならねぇと言えば嘘になるが」
「あ、そうなの?」
「はどうでもいいが、話し合いの相手が真田幸村。
しかもこういう話し合い。何を話すのか興味のわかねぇ奴の方が少ねぇだろ」
「……もうちょっと別のとこで興味持ってほしいんだけどね、伊達の旦那」
「じゃあ、あんたは気にならねぇってのか?そんなわけねぇよな」
政宗がそう言うと、佐助は嫌そうな表情を浮かべる。
「断定系で言わないでくんない?まぁ、部下としては
主の士気が下がるってのは避けたい…と答えとくよ」
「優等生な答えだな」
「俺様、一応優秀な忍びですから」
「自分で言うな」
小十郎が佐助の発言に突っ込む。
非常に会話がリズミカルだ。
案外こいつら普段会話しないだけで、気が合うんじゃないの。
とは思ったが、そこには触れずにあえて幸村の話題を続ける。
「っていうか、全員幸村が女の子苦手。こういう話も苦手。
なのは意見の一致をみてるんだ…政宗も小十郎さんも国違うのに」
「有名だからな。あいつのあれは。この間、前田のとこの夫婦が一緒に戦ってるの見ただけで
Shameless(破廉恥)呼ばわりしたんだろ」
「あー南蛮の言葉はわかんないけど、何言ったかはわかる…
そうそう、叫んじゃったんだよね、旦那ってば」
はぁあ。とため息が重い。
前田夫婦、というのはには分からないが、夫婦で揃って戦場に居ただけで
『破廉恥!!』ならば、よほどの重症だ。
お姉ちゃん、ちゃんと説得できるのかな。
その重症相手に、全裸を披露してしまった姉を心配して、
はちらりと竹林に視線を向けたが、ここでやきもきしていても仕方が無い。
いつになったら…と、主を心配しているというか、胃を痛めている佐助の様子を見て
はフォローの言葉をかけてやる。
「でもあれだよね。ああいうタイプは開き直ると強そうだよね。色々」
「強いってか、惚れたら一直線だろ。多分。開き直れば。の条件は付きそうだが」
「あるある」
「あー…そうならいいんだけどね…旦那の年だとそろそろ結婚も視野に入ってくるし…」
「もう結婚なんだ?」
まだ十七だろう?!と思ったが、よくよく考えてみれば
幸村たちの時代は戦国時代で、その頃というのは婚期が早い。
しかし、まぁ…。
二十一だが結婚など夢のまた夢のとしては、遠い話であるが
佐助は大真面目にの言葉に頷く。
「そろそろ、そういう話も出てきてもおかしくないかなって感じ」
「…想像付かないな…どんな人がお嫁さんに…」
「みたいな。か?」
なるのかな、と続けようとしたは、政宗の発言に目をむいて嫌がる。
「ちょ、止めてよ!なんでおねえちゃんがくるの!」
「そりゃあ、今の状況からして…なぁ小十郎」
「振らないで下さい政宗様。下世話な話は、この小十郎好きませぬ」
「…………話し変えて。変えよう。話を変えよう」
小十郎の言葉に乗って、は話のチェンジを要求する。
姉が結婚だと。
冗談じゃない。
いやでもあの人ももう二十三だし、幸村じゃないけど
そういうの視野に入ってきちゃったりすんの?
そ、それは嫌だ。
いつまでもお姉ちゃんは、お姉ちゃんで居て欲しい。
などという、シスコン思考がこれ以上広がってゆくのはごめんだ。
シスコンであるのは分かっているが、認めたくない。
人にはそういうことの、一つや二つあるものだ。
…格好よく言ってもシスコンなのだが。
しかし、その切実な思いが通じたのか、佐助がため息をついて
話を百八十度方向転換させる。
「………そういえば、前田って言ったらさ。あの夫婦もう見えないんだっけ?」
「Ah?」
「あ?って、伊達の旦那が討ち取ったんでしょ。そしたらあの夫婦揃って
戦場に立つ名物のあれも、もう見えないじゃない」
最初のとき言ってたでしょうがと、佐助が言う。
その言葉に、ようやくは、前田とは政宗たちが最初に現れた時に言っていた
戦の相手だと思い出した。
なんとなく政宗の方を見ると、彼は一瞬何のことかわらかない表情を見せて、それから
「Ahーそういうことか。首は獲ってねぇ」
「はぁ?」
「今の状況で前田まで面倒みきれるか。領地が飛び地になるだろうが。
前田利家は生かしておいて、恭順を誓わせてきただけだ」
「………紛らわしい言い方しないでくれる、ちょっと」
「大将に勝って、恭順を誓わせてきてその帰り…なんて長いだろうが。
大将を討ち取った。Simplicityだ」
悪びれる様子もなく言う政宗に、佐助はやれやれと首を振る。
「………いやだねぇ。情報は正確に。基本だよ」
「教えてやる必要がどこにある」
「今、教えてもらったけどねぇ?」
うっすらと笑いながら、しかし佐助の目は笑っていない。
「真田から貰った情報の対価だ」
そうして、返す政宗の目も。
一瞬、ばちりと両者の間で火花が散った気がした。
「いやいや、馬鹿言っちゃいけないよ。伊達の旦那。
あんたが情報を貰ったのは俺じゃない、真田の旦那さ。
俺に情報を教えたからって、旦那に俺が喋んなきゃ、対価にはならないよ」
「詭弁だな」
「そうでもないと思うけどね。貰ったものは、貰った人のところに返しましょう。
これも基本だよ。大体、そんな情報貰わなくたって、帰ればいくらでも手に入るし
武田からすれば特別そこまでのもんじゃない。
あげた情報からしてみると、対価にはなりえない。そうだろ?
大体、独眼竜の旦那、あんた別に本気でそんなこと言ってるわけじゃない、そうだろ」
「何のことだ?」
政宗がそらとぼける。
その政宗の態度に、真田の忍びは肩をすくめた。
まったくやれやれ。
「素直じゃないねぇ。情報の礼のつもりだって、言っちゃった方がいいんじゃないの」
「よく喋る忍びだ。だが、余計なお喋りは忍びにゃ似合わねぇ」
「そりゃごもっともで」
小十郎の皮肉に、佐助がにやりと笑う。
その空気に、一人取り残されているは、黙って額に手を当てた。
…………なんか、物凄い変な空気になってるんですけど。
全員ぶん殴るってのは、どうかな。帰ってからやれ、お前ら。
しかしそれはあまりにも芸が無いので
は、家の中で冷戦というか、情報戦を繰り広げる(かける)彼らに、黙って枕を投げつけた。
「いてっ!?」
「っ!」
「いた!」
枕は、の事など眼中になかった三人の頭に、見事クリティカルヒット。
上がった短い悲鳴に、はよっしとガッツポーズをするのだった。
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