家の空気が変です。
家っていうか、姉と幸村の様子が変です。
「あの、幸村さん、今日のご飯は美味しい、ですか?」
「………いや、まこと、美味に、ござる」
「……あ、そうですか。それならいいんですけどね」
真っ赤になって切れ切れに喋る幸村。
微笑みながらも分かりづらく沈む。
の帰りを待ってからの、少し遅めの夕食での光景である。
何これ。
幸村は自分にはああいう態度であったが、姉にはごく普通に接していたはずだ。
それが何故。
昨日は昨日で居なかったし、それを姉に聞いてもちょっとねで済まされてしまうし
なんなの、これは。
ご飯を食べ進めながら、はぐっと眉間に皺を寄せた。
幸村のぎこちない態度は、食事の後も続いた。
姉が風呂だと声をかければ飛び上がり、勉強のときも姉が近くに寄ろうとすれば固まる。
その間ずっと彼の顔は真っ赤で、姉が女だというのはあまり感じていなかったはずの
幸村のその態度に、いらつきと、それからいくばくかの疑問をは抱いていた。
「………あのさ、お姉ちゃんと幸村って何かあったの」
ので、畑仕事をしているときに、小十郎に面と向かって聞いてみる。
彼はその言葉に何故俺に聞くという顔をしたが、仕方ないだろう。
だって姉には聞きにくいし、幸村は逃げる上に沈んでるし
佐助は見つけられないし、丁度良いのは政宗と小十郎しか居なくて
そのうちの片方が目の前に居るのだから、そりゃあ、聞くだろう。
スコップを片手に、で?と再度問うと、小十郎は鍬を片手に無言でを見た。
「……どうも」
「うん」
「テメェに言うと、怒りそうな気がするんだが」
「なにが。っていうか、怒るようなことしたの、幸村が?」
もしそうなら、ぶん殴る。
スコップを握る手に力を込めて、思わず地面を叩いていると、
小十郎が落ち着けとを宥める。
「そういうんじゃねぇが…まぁ、ちょっとした勘違いと騒動が重なっただけだ」
「…さっぱりわからないんだけど」
「……………が風呂に入って出たら、虫が出たらしい。
で、大声を上げたんだと」
「はぁ」
答える彼に、相槌を打って先を促すと、一瞬、小十郎は躊躇いの表情を見せた後
「それで、何かあったと勘違いした真田の奴が…思いっきり風呂場の扉を開けて」
「あ、あ、あ、ああああーーー!!!なるほど………」
は小十郎の答えに大声を上げて、それから額に手を当てた。
あちゃー。
それはそれは、ご愁傷様なことで。
女が苦手な幸村に、それはそれは刺激が強かろう。
なるほど、だからあんななのか…と、姉を意識しまくっている幸村の様子を思い返して
はふと気がつく。
「……え、ちょっと待って。あのさ、それ、聞きたいんだけど
お姉ちゃんさすがに下着ぐらいは………」
「…………」
小十郎は無言だった。
も、無言で彼の顔を見て、返答が返ってこないのに、答えを察す。
お、お姉ちゃんもなんつータイミングで…そして幸村…哀れなり…。
そりゃあ、ああいう態度にもなる。
姉からちょっと小耳に挟んだが、真田幸村は十七歳なのだそうで。
お多感な時期に、一糸纏わぬ異性の裸を思いっきり目にすれば、女が苦手じゃなくても
暫くはああいう態度になるだろうよ。
しかもそれが免疫のない幸村相手なら、なおさらひどくもなるだろう。
彼に同情を覚えて、は思わず目頭を押さえた。
「でも、家の中の空気が悪いのは、すごーくいやなんですけど」
…………が、それとこれとは話が別。
家の中で、不協和音が生まれるのはは嫌だ。
姉と幸村との間に流れる、なんとも言い難いぎこちない空気を思い出して
は顔をしかめる。
受け入れたのは自分たちで、それは分かっているけれども
それでも嫌なものは嫌。
多分それは姉も同じはずで、おそらく解決に向けてなにかしらの
努力はそのうち始めるのだろうが。
「いつになったら、元に戻ると思う?」
「さぁ、な。男と女のことは、他人にはわからねぇ」
小さく聞いた問に、きっぱりと首を振られ、はだよねぇと珍しく苦い笑みを浮かべた。
男と女のことばかりは、本当に他人には分からない。
分からないものだ。
苦みばしった笑みを浮かべたままでいると、頭の上に手が置かれて
は今度は別の意味で苦笑いを浮かべた。
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