目が覚めると、寝室の天井が目に飛び込んできた。
続いて、耳にぺらりと紙のめくれる音が飛び込んでくる。
がそちらに目をやると、小十郎が座って本を読んでいた。
姉の所有の、多分推理小説。
楽しいのかなと、どうともつかない表情の小十郎に思ったが
本を読むその姿は、凄まじく様になっていた。
落ち着いた大人の男と言う風情のその姿を見ながら
起き上がっては挨拶をする。
「おはよー……」
「起きたのか」
「いまなんじ…?」
「十一時だ。………もう少し寝ててもいいんじゃねぇのか?」
「いやぁ…起きる起きる」
これ以上小十郎をつき合わせるのも忍びない。
多分彼はトイレにも行ってないのだろうし
そろそろ解放してあげなければ。
「ふぁあ……」
漏れる欠伸をそのまま零すと、小十郎が眉間に皺を寄せる。
「手で隠すぐらいはしろ」
「しつれい」
「失礼じゃねぇだろうが」
ひらひらと手を振って、小十郎の小言を軽く受け流す。
だって外ではやらない。
家だからやるのだ。
家の中でのことぐらい、好きにさせて欲しい。
目をこすって、それからは「ありがとね」と小十郎に礼を言った。
五時半に帰って来て、それから十一時まで五時間半。
ずぅっと傍にいてくれたのだ。
礼ぐらい言わねばなるまい。
と言っても、政宗だったり小十郎だったり、はたまたたまーに佐助だったり
夜勤から帰って来た後、見守ってくれる人間には起きたら
必ず礼を言っているのだから、小十郎も慣れきっていて、
彼はの礼に、ただ黙って頷いた。
「起きるんなら、顔洗ってしゃっきりさせて来い」
「そうする」
寝室を出て洗面所で顔を洗う。
冷水で顔を洗うと、頭の中が小十郎が言ったとおりしゃっきりとした。
「ごはんごはーん」
「なんだ、起きたのか」
「あ、おはよ。政宗」
ご飯を食べようと二階に上がると、政宗が座ってやはり読書をしていた。
手に持っている装丁からすると、多分小十郎が持っていた小説の続きだ。
何故分かるか?
あのシリーズは、やたらめったら分厚いからだ。
多分人が撲殺できる太さの本は、とても読みにくいと思うのだが。
「Good morning。温めなおしてやるから、そこで座ってな」
「え、」
姉に薦められ、ぱらっと読んだときもひどく読みにくかったことを
思い出して、読みにくくないと?聞こうとすると
その前に政宗が挨拶し返して立ち上がった。
それに思わず声を上げると、キッチンへ向かおうとしていた政宗がこちらを見る。
「なんだ」
「いや、まず一番に悪い。そして電子レンジの使い方知ってたっけ?」
「昨日の夜に、に教えてもらった」
「あー」
その言葉に、納得をする。
そういえば、料理をしていいといっていたな、姉は。
そして抜かりなく使い方を教えていったわけだ。
時折うっかりはあるものの、基本的に抜かりない人だからなぁと思っている隙に
政宗が冷蔵庫から料理を取り出し、手際よく電子レンジを操作して
温めをスタートする。
そこまでされては、もうがすることもないし、好意に甘えることにして
素直に頭を下げる。
「ありがとう、政宗」
「どういたしまして、だな」
で、素直に礼を言ったが、しかし政宗は電子レンジを手際よく操作しすぎじゃないだろうか。
普通に躊躇いなく、ごく当たり前のように電子レンジを扱った彼に
は首を傾げる。
「っていうか、戦国時代に電子レンジなんてないよね。
それにしちゃ手馴れてる感が…」
「説明なんざ、一回聞きゃあ十分だろ?」
「頭良い人の発言をする」
「要領が良いんだろ、どっちかっていうと」
「自分で訂正する?」
「いいだろうが、別に」
後ろ頭をかいた彼に、まぁそれはそうだとも返す。
しかし、見た目器用そうだが、本当に器用なのか。
出来ないことの方が少なそうだと、政宗を黙ってみていると
彼は温めなおしたおにぎりとアジの開きを、の前においた。
それにもう一度礼を言い、茶を持ってきて食べ進めていると
ふと政宗が口を開く。
「そうだ。出かけてることだし、今日料理を作っといてやろうかと思ってたんだが
、お前も手伝うか?」
「いや、いい。料理苦手だから。遠慮する」
誘いを即座には蹴った。
料理だと?冗談じゃない。
しかし、即座に否定された政宗は、なおも誘ってくる。
「なんでだ。教えてやるぜ?」
「いや、ちょっと問題があるっていうか」
「Problem(問題)?」
「いやーなんていったらいいのか。そのー」
「?」
「言い様が無いんだけど、問題があるんだってば」
とてもじゃないけど、信じてもらえるとは思えなかった。
だって、あれは自分でも信じられない。
…普通に料理作ってると、料理が爆散します、だなんて。
自分でも何を言っているのか正気を疑うが、本当のことだ。
はゆで卵を作ろうが、カレーを作ろうが何を作ろうが爆発する。
姉に心底驚かれ、学校の調理実習では爆笑された、の特技だ。
こんな特技いらなかった!!
料理テロリストという、心底いらないあだ名をつけられた不名誉は忘れない。
できれば、知られたくない事柄に口ごもるに
政宗は不可思議そうな顔をしながら
「何が問題なのかしらねぇが、とりあえず手順だけでも見てれば
ましにはなるだろ」
「え、あーんーそういう問題でもなくて………………
あの、あたしが料理作ると爆発すんの」
やはり勘違いをしているらしい政宗に、しかたなくは真実を喋る。
そのの言葉に政宗が、わけが分からないといった顔をしながら
目を瞬かせる。
「What?」
「だから、あたしが料理を作ると、爆発するんだってば!」
「なにが」
「料理が」
「…………………」
「………」
政宗は押し黙り、はむっつりと口を噤む。
これで、諦めると良いんだけど。
最後の一口を頬張って、ごくんっと嚥下したところで政宗がゆっくりと口を開く。
「逆に見てみてぇな」
「はい?」
「見たい。手伝え」
その言葉に、半ば予想されていた展開とはいえ
は狼狽しながら政宗の顔を見る。
彼はどことなく、わくわくとした表情を浮かべていた。
…まぁ、そりゃあ、好奇心がうずくのも分からなくは無いが。
「こ、後悔しても知らないよ」
「いい」
きっぱりと、政宗が言う。
まぁ、今日から、夜勤でもなく十六時出勤、二十時退勤の
超変則スケジュールだから、別に付き合ったって良いけど。
「……………………ほんと、後悔すると思うんだけどなぁ…」
呟いて、は食べ終えた食器類を重ねる。
………まぁ、今日やってみれば、案外爆発癖も直ってたりするかもしれないし。
微かな淡い期待を抱いて、は結局政宗の誘いに是と言うのだった。
……………ただし、世の中そう上手く運ぶことは無い。
無論の淡い期待など、はかなく崩れ去る夢幻である。
爆発癖は、全く直っていなかった。
結果だけ告げると、が料理を手伝ったせいで、煮込む作業に入った政宗の料理は
どんっだのばんだの大きい破裂音の後に、びしゃっとかいう水音を
キッチンの中に響かせて、爆散し、キッチンは見るも無残な有様になった。
その音に驚いた小十郎が慌てて飛んできて、呆然と立ち尽くす政宗と
頭を抱えているを見て、口元を引きつらせたり
三人で後片付けしたり、政宗が結局一人で料理作ったり
まぁ、うん。語りたくない。主にキッチンの惨状だとか、そのあたりは余計に。
だって好きで料理を爆散させているわけじゃないのだ。へこむ。
気軽に見たいと言った政宗は、がへこんでいるのに気がついて
散々謝ってくれたが、どうにも気分が浮上しない。
その気分のまま、帰ってきた姉が買ってきてくれた、団子とシュークリームを
もそもそと食べていると、ふと、団子がにゅっと差し出された。
「おい、やる」
小十郎の声に顔を上げると、彼はどうでも良さそうな顔をして
こちらに団子を差し出している。
がのろのろと手を伸ばして、団子を受け取ると
政宗からも、団子がパックごとの膝の上に置かれた。
「へへ」
食べ物で釣るなんて、子供じゃないんだから。
思いながらも、それが面白くては思わず笑ってしまった。
それに二人ともほっとした顔をしたものだから、はなんだかほっこりした気分になる。
そんなに必死に、慰めてくれなくても良いのに。
寝て起きたら大丈夫になるような出来事に、真剣になってくれるのに
はふふっともう一度笑った。
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