さて、夜勤で日中自由になるときに、が何をしているかといえば
大抵の場合庭弄りである。
客人が来るまでは、掃除をしたり風呂を洗ったり、細々とした家事も
やっていたのだが、しかし今では彼らに(主に佐助に)すっかり仕事を奪われてしまった。
…ようするに、暇だ。
とりあえず、庭弄り以外の趣味見つけたほうがいいのかなぁ。
軍手を嵌めて、ちまちまと生えた雑草を抜きながら、は地面を見つめた。
その後ろでは小十郎が、芽を出したほうれん草に水をやっている。
「もうちょっとしたら、お酢を薄めてまこうか」
「酢?虫除けか」
「そうそう。気休め程度だけど」
は横に倒れかけているプリムラを、元に戻しながら
小十郎はほうれん草が植えられた場所の、土の具合を見ながら
それぞれ背を向けたまま会話する。
あと二ヶ月したら、春の花が咲き始める。
秋に植えたスノーフレークやチューリップが、そのうち蕾を綻ばせるのだろうと
少し離れた場所に目をやると、水を溜めたポリタンクの上に腰掛けた政宗が目に入る。
めずらしくも真田主従が一階に篭もっているので、外に出てきたらしい。
日の下で見る彼は久しぶりで、は不健康だと素直に思った。
「毎日日光浴でもしたらいいのに」
「俺は毛利じゃねぇよ」
………意味が分からない。
話しかけて返ってきた毛利が何か分からず(多分人名)
は眉間に皺を寄せる。
おそらく政宗の世界の人物名称を、さらっとに言わないで欲しい。
不親切だ。
しかしそれにしても、と小十郎が土いじりをするのを
黙ってみているだけの政宗は、はたして楽しいのだろうか。
思っては政宗の顔を見るが、やはり彼はどこか退屈そうだった。
「政宗もやる?」
二階に篭もっているのも暇で、降りてきたのはいいものの
やることが無いのか、小十郎が空くのを待っているのか。
そんな政宗が不憫になって声をかけると、政宗はほんの一瞬。
瞬きする間もない僅かな間だけ、躊躇った表情を見せた。
しかし、彼から答えを聞く前に
「、政宗様にそんなことをさせるな」
即座に小十郎から横槍が入る。
その声に小十郎の顔を見ると、彼は言いたくもないことを言っているかのように
酷く苦々しい顔をしていて、は思わず押し黙る。
そんなことって、自分だってしていることでしょうとは
とても言ってはいけないような表情だった。
場に気まずい沈黙が落ちる。
その間際に小十郎は、自分が使っていたじょうろを持ち上げた。
「片付けてくる」
そういい残して、くるりと背を向けた彼の姿が見えなくなると、
やはり、気まずい沈黙が残る。
「……………あー」
ついつい、政宗の顔を見ながら、何か声をかけようと
無意味に口を開くと、政宗もを見た。
「なんか言いたそうだな」
「言いたそうっていうか。言いたいことわかるっしょ?」
「言わないぐらいの頭はあるって信じてるぜ、」
「言っちゃだめなわけ。だめだね」
は首を横に振った。
なぜ、彼はあんな、政宗の行動を制限するようなことを言うのか。
答え、小十郎が政宗の部下だから。そして政宗はお殿様だから。
政宗と小十郎には彼らの世界があって、にはの世界がある。
その領域に踏み込むのは「ルール違反」だろうと、彼は言っているし
自分も分かっている。
は言わないよと、政宗に言った。
政宗もそれに頷き
「小十郎にも小十郎の立場があるってことだ」
「それはさぁ、政宗がお殿様だからだよね」
「YES」
「……それはさぁ」
「ああ」
「つまんないねぇ」
は言った。
政宗は少し、驚いた表情を見せる。
そんな驚かなくても、つまらないものはつまらないでしょう。
お殿様だからって、いろんなことやれないのは。
土いじりは農民のお仕事。
だから政宗は極力そういうことをしちゃいけない。
なぜってお殿様だから。
小十郎が制限をかけたのはそういうこと。
別に、小十郎が農業を馬鹿にしてるって事は無いから
(それどころか彼は農民に敬意を払いそうだ)
それはそれでそれなりに、体面とかそういうものの問題なのだと思うけど。
でもそれはやっぱり、つまらないとは思う。
「………trivial(つまらない)と言われたのは初めてだな」
「つまんないでしょー。でもわきまえるんだよねぇ」
「まあな」
「根本的なところ真面目よね?」
「それなりにな」
にやりと笑う彼は、ヤンキー風なくせに
羽目を外していいところと、外してはいけないところを弁えている。
これで十九歳。
思わずため息をつきたいような気分で、素直には感嘆した。
「政宗ってば格好良いなー」
「もっと褒めてくれてもかまわねぇぜ?」
「きゃーかっこいい、すごい、すてき!!政宗ってば最高!!」
「頭悪いな、」
掌を返し、語彙が少なすくなすぎんだろと言われて、は政宗につめよる。
「ちょ、どういう意味だっての!?褒めてって言うから褒めたのに!!」
「そのままの意味だろ。foolだfool」
「英語で言われると、すんごいむかつくんだけど。しかも発音がいいってどういうこと?!」
詰め寄った勢いでほっぺたを引っ張ろうと手を伸ばすと
政宗にそれは阻まれる。
からかう彼と、そうやってじゃれあっていると、…ふいに、手が滑った。
指先が政宗の眼帯に触れて、ぽとりと、眼帯が地面に落ちる。
「あ、ごめ」
「いや」
短く言う政宗にもう一度謝りながら、は屈んで眼帯を拾った。
ついた土を払いながら、政宗の顔を見る。
露出した右目部分は、もはや瞼は下の皮膚と癒着しまつげもなかった。
そのつるりとした表面は、一部色が違っていて、傷跡が右目があった場所全体に残っている。
「………痛い?」
すっかり塞がっている様子の傷跡を見ながら、はそれでも尋ねた。
政宗の返答は分かりきっていたけれど、それでも尋ねずにはいられないほど
右目のあった場所の様子は痛々しい。
そして、政宗の返答はやはり分かりきったもので、彼は左右に首を振って
の問いに否定を示す。
「痛くねぇよ。何年前に失くしたと思ってんだ」
「いや、知らないよ。何年前なの」
「俺がまだガキの頃だ。疱瘡でな」
「………疱瘡」
名前を聞いても、どういう病気か良く分からなかった。
そのせいで、よほどバカみたいな顔をしたのか
政宗の表情が少し和らぐ。
「………………触るか?」
続いて言われた言葉に、ぱちくりと目を瞬かせて
それからは、前に車中で聞いた言葉を思い出す。
『俺の母親が、俺が右目が無いのを気味悪がったもんでね』
………は、少し自分の指の爪が長いのを気にしながら、
そろそろと政宗の顔へと手を伸ばした。
そぅっと右目に触れる。
傷をおって塞がった場所特有の、あのつるりとした感触が
指先に触った。
「………」
「随分、恐々と触るな」
「押すと、破れそうで怖い」
「ぶはっ…!!」
「ちょ、笑わないで、動くでしょ!?突いたらどうすんの!」
の言葉に、一瞬間をおいて、それから政宗が噴出した。
そのせいで、の指に政宗の右目のあった場所が刺さりそうになって
は慌てて手を引く。
こわっ!!
しかし政宗はが心臓をばくつかせているにも関わらず
はははと笑い転げている。
「よりにもよって、破れそう!!そんな簡単に千切れるもんでもねぇよ」
「笑い転げるな!こー皮膚の薄くなってるところって、触ると破れそうで怖いじゃん!
分かんない?この感覚が」
「Ha、分からんでもないが、普通は思わないだろ」
笑いながら政宗が、の肩に頭を乗せた。
首筋に、硬い髪の感触が触れる。
「You are really a real card.
Such a person likes me」
「……………日本語でいえば良いのに」
「意味がわからねぇか?」
「馬鹿いわないで、英語は得意なのよ」
正確に言うなら、英語だけは得意、だが。
肩の頭を平手で、べしっと叩く。
しかし、くっくと、肩を震わせて笑う政宗は罪作りだ。
そんな顔をしてる人に、そんなことを言われちゃ
LikeではなくLoveだと勘違いする人も出てくるだろうに。
幸いにもは、政宗がに全く気がないのを分かっているが。
政宗からのへの感情は、同病相哀れむであり、また友情であり
更にいえば、非常にむかつくことに、出来の悪い妹を見ているようなものも
最近多少含まれているというのをは感じている。
「………くらえ」
「っ!」
なんだか考えてむかついたので、は政宗の頬をつねった。
無言で政宗が、の肩から顔を上げる。
顔を上げてしまえば、無論政宗の方が大分背が高い。
高い視点から見下ろした政宗がHaっと鼻でを笑い
「い、いにゃああ!いたいいたいたい!!」
のほっぺたを左右に思いっきり引っ張った。
地味に痛い。
「さっきからぽんぽん暴力を振るいやがって。
人をなんだと思っていやがんだ、お前は?Ah?」
「ちょ、い、いひゃいいひゃいっまひゃふめいひゃい」
「日本語喋れ、」
「ひゃっへちょ、あんひゃ、ほっひぇひゃよひょにひひゃっひゃまま
ひょんひゃひよーにひゃへへふはへはいへひょ」
「…………わりぃ、さすがにほんとに何言ってんだかわかんねぇな」
「ふー!!!」
ほっぺたを横に思いっきり引っ張ったまま、喋った人間の言う事を
その状態で理解しようとするんじゃない。
はやり返してやろうと手を伸ばすが、悲しいかな政宗が
少し頭をそらしてしまうと、の手は政宗の頬には届かない。
「うー!うー!!」
「Ha!いいざまだな、!」
「ふーー!!」
もう完璧いじめっ子になっている政宗を、涙目で睨みつける。
その場面で丁度帰ってきた小十郎は、一瞬このまま家の中に入ってしまおうかと思った。
いい年をして、何をやっているのだ、二人とも。
しかし、声をかけないわけにもいかず、小十郎は嫌々ながらに、窘めの言葉をかける。
「なにをやっていらっしゃる政宗様…」
「こ、こ、こじゅうろうさんたふけへぇえええ」
「わははははは!言えてねぇよ、!」
兄にいじめられる妹の図をそのまま形にしたような二人の姿に
小十郎はため息をつき、はそんな小十郎に泣きつき、政宗は小十郎に怒られ
なんだか更に保護者じみている自分に、もう一度小十郎は深い深いため息をつくのだった。
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