とりあえず、今日は休みである。と自覚すると
どうにも暇を持て余しているのが勿体無い。
土いじりをしていてもいいのだが、
土いじりも、あまりしすぎると植えている植物に良くない。
適度に放っておいてやることも肝要だ。
…もう一つの趣味である空手は、道場に行くには時間がなさ過ぎるし
行くと疲れて明日の仕事に支障が出る。
他、他、他にやること。
はとりあえず時計を見て、日没までにはまだ時間があることを確認して、よっしと頷く。
とりあえず、布団でも干すか。
こういう時のは、無意味にアクティブだ。
ぱちんと手を打って、気合を入れるとたーっと階段を駆け下りて、寝室に駆け込む。
部屋の端に積まれた布団を持ち上げ、やはりたーっと走って玄関へ向かい
適当に靴を引っ掛けて、は外に出た。
冬の空気は冷たいが、陽の光は十分に大地に降り注いでいる。
日向ぼっこは出来そうにないけど。
できるようになるのは、あと三ヶ月ぐらい先かな、と思いながら
は物干し台の陰に隠れた布団干しを足で引っ張り出して
手に持った布団をとりあえずそこに置いた。
「んっしょ」
いちいち声に出すのはあれだ。
声をかけると、どっかの筋肉が動く準備をして
腰などにいいからであって、断じて年なわけじゃない。
誰でもない誰かに言い訳しながら、は布団干しを広げる。
それから、置いた布団を綺麗に干して、は玄関へと帰った。
布団は六つ。残り五つ。
折角だから、押入れの中にしまってある布団も干してしまおうか。
あと一つ二つあったはずだと、使う当てもないのに仕舞われている
布団の存在を思い出しつつ、寝室へと戻って布団を運び出す。
最初を含めて六往復して、とりあえず寝室の布団は運び終えた。
よしよしと頷いて、考えたように、仕舞っている布団も干してしまおうと
は二階へと上がる。
「あれ、居ない」
すると、小十郎も政宗もその姿を居間から消していた。
…どこにいったのだろう。
陽に当たりに行ったのだとしたら、それは健康的なことだ。
引きこもってるのは良くないよねぇ。
それこそ要らないお世話といわれそうなことを考えつつ、
は両親の寝室へと入る。
「…………」
誰も居ない寝室に、は今でも一瞬息が止まる。
もうここに、あの二人は居ないのだ。
ごく平然としている姉との違い、なんて未練がましい。
最初からこちらなど、見てはいなかった二人。
途中から、ご飯を作るのも、掃除をするのも、洗濯をするのも
全て姉に任せきりだった母。
仕事をして、母とは話しても、自分と姉には目もくれなかった父。
クリスマスも誕生日も、意味のない代物だった家で
それなのに、どうしてこんなに焦がれるのだろう。
「二十一にもなって」
ぼそりと呟いて、は部屋の中を進む。
苛烈さも、直情さも、全て心弱いのを誤魔化すための裏返しに過ぎないのは
自分でも良く分かっている。
だから、年よりも低く見られるのだと自嘲しながら、は押入れを開けて
布団を取り出した。
「…よいしょ」
声を出して持ち上げる。
長い間押入れの中にしまわれていた布団は、湿気を吸ってずしりと重い。
しかも水分を含んでいるせいで、しっとりと湿っていて
は顔をしかめながら布団を運ぶ。
「やだな、落ちそう」
布団で視界がふさがれて、足元が見えない。
階段の前で危惧しながら、そろそろと下に降りて
「きゃ!?」
階段の踊り場を過ぎたところで、は自分の言葉どおり階段から落ちた。
つるりと足が滑り、手から布団が離れて、白が空を舞ったのを見る。
滑り落ちればまだ良かったのに、身体は完全に階段を離れて
ぽーんと放りだされてしまった。
「あ」
小さく声を上げて、は目を見開き、空中でとっさに受身の姿勢をとろうとして
―どさりと、地面ではなくてなにかに抱きとめられる。
「なにを、やってんだ、テメェは」
「あ、小十郎さん」
初めに視界に入ったのは天井で、そこからそろりと視線を向けると
焦った表情の小十郎の顔が、すぐ傍にあった。
抱きかかえられているのだと、気が付くのにはそう時間は要らなかった。
小十郎に受け止められて、助かったのだと気付くのにも。
「あーあーあー…ごめん、ありがと」
「ありがとじゃねぇだろうが…庭から帰って来て
手を洗ってくりゃ、上からテメェが降って来るなんざ…何の冗談なんだ」
はぁっとため息をつかれてしまう。
仕方ないが。
上から人が降ってきた彼の心境を考えると、はいたたまれなくなる。
いやぁ、我ながら…。
ありがと、ともう一度繰り返して表面上は明るく、しかし内心ずどんと落ち込んでいると
小十郎がもう一度ため息をついて
「…怪我はねぇか?」
に向かって問いかける。
その声の優しさに、一瞬固まって、それからこくんと頷くと
小十郎が見た目にそぐわぬ、そろっとした静かな動作でを床に下ろした。
「まったく。気を付けろ」
それから、駄目押しのように呆れと優しさを含んだ声で言う小十郎の顔を、無言では見つめる。
なんていうか、意外なことに。
「小十郎さんってもてそう」
「藪から棒になんだ」
「ちょっと思っただけ」
そう、思ったとおりのことを、口に出しただけだ。
反則だろう、それは。
怒られると思っていた場面で、優しくするなど。
そして状況を弁えてときめくようになりたい。
今のは全面的にが悪かった。
もうちょっと気をつけるべきだと、階段に投げ捨てられている布団を見ながら思って
は以後気をつけます、とぺこりと小十郎に頭を下げる。
しかし、そんなの思考の動きなど分かるはずもない小十郎は
眉間に皺を寄せてを見下ろす。
「…………テメェはよくわからねぇ」
「そうかなぁ、分かりやすいよ?」
「分かりやすいことあるか」
突っ込まれて、はとりあえず、にへらっと笑っておいた。
いやぁ、特別分かりにくいつもりもないんだけど。