「あの、幸村さん、今日のご飯は美味しい、ですか?」
「………いや、まこと、美味に、ござる」
「……あ、そうですか。それならいいんですけどね」
真っ赤になって切れ切れに喋る幸村。
微笑みながらも分かりづらく沈む
お風呂事件から二日後の食卓の風景である。
幸村の態度に改善は見られない。
全く見られない。
真っ赤になってぎこちなく、と同じ、いやより激しいかもしれない態度で
彼はに接してくる。
追いかければ逃げ、追いかけなくても逃げる相手に
は途方にくれていた。
出来れば元の様に仲良く、甘いものの話がしたい。
いや、別に甘いものじゃなくても良いのだけれど
とりあえず、この態度は傷つく。
元々こうならば、別になんとも思わなかっただろうが
こうじゃない、ごく普通に喋ってくれる幸村を知っている
たまらなく寂しかった。
もそりと、ご飯を口に運ぶ。
美味しいと、幸村は言ったけれども、は全然美味しくなかった。






もう一日たっても、幸村の態度は変わらなかった。
何もしていない。あたり前だ。
政宗と小十郎辺りから、窺われているのは気がついていたが
は黙って何も語らない事を選んだ。
こういうのは、当人同士の問題だ。
幸村がを避けるのも勝手。
が幸村の態度に傷つくのも勝手。
「だって他人だもの」
思うとおりに動いてくれるわけなんてない。
両親からそれを十二分に学んだはずなのに、どうしてこうも傷つくのか。
夕食を作りながら、は考える。
しかし答えなど、明確に出る問ではない。
は誰もいないのを確認してから、大きなため息をついて
がっくりと肩を落とした。
男とか、女とか消えてしまえばよいのに。




一方で、その頃。
自室として与えられた部屋で、幸村はカキトリドリルを開いて
そこに書かれた文字を無心でなぞっていた。
本当は、鍛錬をするだとか、走るだとか、そういうことの方が良かったが
万一それをやっていて、食事に呼びに来たのがだったらと考えると、無理だった。
自分が、真っ赤になって固まるたびに、笑顔の下で彼女が傷ついているのに
幸村は気がついている。
それに気が付いているというのに、わざわざそんな機会を作りたくはない。
しかし、どうしようも出来ない。
何を話していいのか、わからないのだ。
どういう態度をとっていて、どういう話をしていたのか。
それがさっぱり分からない。
「精進が足りぬ」
思わず強く握りすぎて、手の中で、ばきりと鉛筆が折れた。
「…………」
幸村は無言で、替えの鉛筆を取り出すと、また無心で書き始める。
………無心でいい。無心がいい。無心にならねばならぬ。
ひたすらに幸村は、無心であることを心がける。
でなければ、あの脱衣所で見たの白い肌が脳裏に浮んでくるのだ。
それと同時に、山を走り回って帰ってきた後の
彼女のあの飛び出してきたときの表情も。
それもまた、幸村には良く分からない話だった。
自分の心が理解できない。
…佐助に相談しようかと、思わなかったといえば嘘になる。
年が上な自分の忍びは、大抵のことを良く知っている。
けれども、それは卑怯で弱い行為だと幸村は思った。
自分の行動が原因で、自分が悪くて、それをひたすらにに許してもらって
その上佐助に相談して解決するなど、馬鹿な話だ。
そんなことをしては、幸村は自分で自分を許せなくなる。
大体、いつまでもそう佐助にばかり頼ってはおれぬ。
多少のところ佐助に依存している自覚のある幸村は、
きつく眉間に皺を寄せた。
これは、幸村が自分で解決するべき問題だ。
今しばらく待ってくだされと、幸村はここに居ないに呟いて
無心でドリルを進める。
しかし、気を抜いた瞬間。
の白い肌が頭に思い浮かんで、幸村はまた一本鉛筆をばきりと折った。