結局、幸村が帰ってきたのは、日の出の頃だった。
ご飯を食べても、他の人をお風呂に入らせても、帰ってこない幸村を
玄関口で待つのはさすがに他の人が気を使うだろうから
布団の中で待っていたは、がちゃりと玄関が開く音に
慌てて布団を飛び出した。
「幸村さん!!」
「な、殿」
そろそろと入ってきていた幸村は、飛び出してきたに驚いた顔を見せる。
しかし、のほうも幸村の有様に言葉を失った。
茶色い髪の毛はぐちゃぐちゃで、来ていた服もなんだか
よれよれしていて落ち葉がくっつきまくっている。
どこで何をしてきたのと問いただしたくなるのを堪えて、は気が付かれないように
小さく小さく息をはいた。
とりあえず、帰って来てくれてよかった。
そうして、が安堵に胸を撫で下ろしている一方
幸村は酷く固い顔をして、玄関を閉めた。
そのガチャリという音に、そちらにが視線を向けた瞬間
「申し訳ござりませぬ!!」
幸村がガバっっと土下座する。
その勢いの良さには気おされ、一瞬後に我に返って慌てる。
何をしているの、この子は。
「幸村さん、何してるんですか。土下座するようなことじゃ」
「何を仰られるか!嫁入り前の女子の、あ、あ、あ、あのような姿を見ておきながら
某、何も言わずに家を飛び出し、今まで山を走っておったでござる。
しかもそれに今気がついたこの身の未熟。
お館様がおられたのなら、決して某を許しはしますまい!」
「いえ、あの、お館様はここには居ませんから。
それに私、別に怒ってないですし。とりあえず頭上げてください」
駆け寄って、頭を上げさせようと幸村の身体に触れた瞬間。
ざっと、幸村が飛びのいた。
見ると、真っ赤な顔をしてを見ている。
今まで、そんな反応なかったのに。
その反応に、は幸村の中で起こったに対する
認識の変化を察知して、はっと身体を強張らせた。
今まで幸村がに対して平然とした態度で居たのは、
幸村がを女だと認識していなかったからに過ぎない。
それが、その認識が変わればどうなるか。
結果は今の幸村の態度が示している。
そして、はその幸村の態度に対して
確かに傷ついている自分がいることに気がついた。
誰だって、そうだろう。
仲良くしていた相手に、こんな態度を取られたら誰だって傷つく。
だけど、そう。
一昨日デパートで出会った少女との会話を思い出して、
は無理矢理に笑顔を作った。
「いいんですよ、幸村さん。大丈夫ですから。
とりあえず、ご飯食べましょう?
幸村さんがご飯食べてくれないと、片付かないし洗い物も出来ないんですよ」
、殿」
どうしていいのか分からない顔で、幸村が言う。
怒った方が、彼にとっては楽だったんだろうか。
けれども、一旦出た言葉は取り消せない。
は立ち上がって、ご飯の用意をするために、階段をとんとんと上がって
それから幸村を手招く。
躊躇った後、立ち上がってついて来る幸村に
は出来るだけ平然と振舞った。
………だって、六つも離れた子に、こんなことでエゴを押し付けるような
人間でありたくないんだもの。





まんじりとしないまま、朝を迎えても会社というものには出勤しなくてはならない。
そして仕事もしなければならない。
帰ったら、問題が解決していればいいのに。
馬鹿なことを思いながら、は席に座って、ぱちぱちとキーボードを打つ。
本当は、今までが順調すぎたのかもしれない。
見知らぬ人間四人と同居するのだ。
一波乱、二波乱おきてしかるべきだ。
頭の中で、そういうが言うのも確かだが、
そんなしかるべきは欲しくなかった。
というか、一波乱二波乱というのならば、おそらく佐助との間で起きるだろうなと、
は思っていたのだ。
いや、こういう類の話ではなく、もっとシリアスな感じで。
それを回避したと思ったら、幸村なのか。
考えてため息をつく。
どこで間違えて、バグったのか。
原因を取り除いたら、スムーズに処理が流れる。
そんな風に人とも付き合えたらいいのにと、
バグを取り除いて、順調に動くようになったプログラムを見ながらは考える。
ただ、この場合の原因というのは、幸村が女性が苦手であるということ。
そしてが女であることである。
それを対処しようと思ったら、幸村のそれをどうにかするのは困難に思えるので
が女であることを止めねばならず……
「やっぱり駄目か」
「え、駄目なの?!」
上司が突然に大声を出した。
何事かと思ってみてみると、彼はまっすぐに自分のほうを向いている。
「……あの?」
「え、なに、何か駄目なの、さん」
焦った様子の上司に、はやっと自分の独り言が原因であると気がついて
首を振って否定する。
「いえ、私事です。お気になさらないでください。申し訳ありません」
「なんだ、驚いた。でも珍しいね、さんが悩むなんて。……彼氏?」
「いいえ、全く」
下世話な表情をする上司に、きっぱりと首を横に振り
は仕事へと戻った。
くだらないことを言っている暇があるのなら、仕事をすればいいのに。
決して口には出さないことを考えて、はひたすら無心にプログラムをデバッグする。
しかし。就業時間を終えて、なるたけ考えないようにしながら
家に戻ったを待ち受けていたのは
「ただいま」
「お、お、おかえりでござる…」
油の切れた、ロボットのような。
ぜんまいの切れかけた、人形のような。
そういう物凄くぎこちない態度の幸村で、はなんだか蹲ってしまいたくなった。
そういう態度は、すごく寂しい。